第28話



「あなたは狙われているようなものなのよ?ミシェルカだってやられてるのに……」


「危険は承知の上だよ。ブレイクも最善を尽くすって言っていたし、私も気を付ける。今はカベロの足取りを掴めてないけどラナディスの残党の足取りは掴めてるらしいんだ。カベロはラナディスの残党と手を組んでいるみたいだからそこで情報を掴みたいんだよ。このままじゃもっと死者が出るだろうし…」


「じゃあ!そこであなたが死んだらどうするの?!何も情報が得られないまま死んだらどうするのよ?!それこそ無駄死にじゃない!…自分を大切にしてって言ってるでしょう!」


ジゼルは険しい表情のまま怒鳴り出した。普段の彼女からは考えられないくらい感情的にジゼルは詰め寄ってきた。


「人は呆気なく死ぬのよ?気を付けてても、大丈夫って思っていても、少しでも力に差が生まれれば死ぬの!力に差がなかったとしても囲まれたら終わりなのよ。魔術師なら何とかなるかもしれないけれど、例え魔術師でも死ぬ時は死ぬわ。あなたは、……それを分かってるの?」


「……分かってはいるつもりだよ。私は戦争にも参加していたし、人が死ぬのは見ている。それに…」


「だったらやめて!!」


強く手首を握られる。彼女の真摯な瞳が急に悲しげに揺れた。


「……私、あなたが大切だって言ってるでしょう?もう大切な人が死ぬのを見たくないの。私の大切な人は皆死んだわ。母も父も……そして姉も。皆、呆気なく死んでいった。大丈夫と言っていたのに……皆死んだのよ…!あんな思い……もうしたくないの……!」


必死な物言いだった。彼女の心の声に胸が苦しくなった。彼女が何時も約束をくれて、私を大切にしてくれていたのは彼女の生い立ちにも関係していた。大切なものを失って慈しむ心は次第に強くなったのだ。より大切に、より思いやりを持っているのは失くす事への恐怖を消すように。


「ジゼル」


「………」


君はどれだけ苦しい思いをしてきたの?ジゼルを抱き締めてそう思った。皆死んで、医者としての使命だけが残って、それを全うしていたとしたら哀しすぎる。彼女は誰よりも人のために生きてるのに孤独でいたんだ。私は強くジゼルを抱き締めた。


「ジゼルは絶対に一人にしないよ。私はずっとジゼルのそばにいる。ジゼルと一緒に生きてたいんだ。君と一緒にやりたい事が沢山ある。約束も沢山してるから死なないよ。君を残して死ねない」


「……そんなの……分からないじゃない。あなたにそういう想いがあったって……人の生死は分からないのよ」


抱き付いてくるジゼルの言う通りだった。でも、だからって私達は信じられない繋がりじゃない。

抱き締める腕を緩めて愛しいジゼルの顔を覗き込んだ。美しい顔は不安に満ちていて私は安心させるように頬に優しくキスをした。


「確かに分からないけど今までちゃんとジゼルとの約束は守ってるよ。信用できない?」


「信用はしてるわ。……でも……」


「ん?」


言い淀むジゼルを間近で見つめる。ジゼルは一瞬目を逸らすも私を弱々しく見つめた。


「……私は恐いの。信じているけど恐くてたまらない。私は弱いのよ。医者としては信じて突き進む事ができるけど、医者の名がなくなれば信じ続けるのすら難しくなってしまう。…すぐに恐怖に負けて……意気地無しなの…」


「それでもいいよジゼル。それに、私はそんな風には思わない」


恐いのも信じるのが難しいのも当たり前だ。だって大切なんだから。失くしたくないんだから誰だって思うに決まっている。ジゼルは他人に優しくあり続けているから敏感にそれを感じているだけだ。


「私もあの襲撃の後、君に会うまで心配だったよ。怪我をしてたのに驚いてすごく動揺した。だからそうやって思うのは悪い事じゃないよ。君は優しいからそういう気持ちが強いだけだよ」


「……そうじゃないわ。…私は…」


「ジゼル。君か最初に私に大切だって言って約束してくれたのはなんで?」


否定しようとするジゼルを遮る。

君の思いやりは忘れない。君の想いには愛情を乗せて返したい。


「約束があれば希望になるからよ。お互いに心に希望が生まれれば死を少しでも回避できる。信じられる言葉には力があるの」


「…そっか。じゃあ、沢山希望をくれてありがとう。私は君のそういう所がとても好きだよ」


……本当は愛している。君をとても愛しく感じて、苦しいくらいなんだ。君はやっぱり優しくて、それが本当に嬉しい。私はジゼルを抱き締めて込み上げてきた愛しさを噛み締めた。

君に言ってしまいたいけれど、言って良いのか躊躇われた。ジゼルの使命も苦しみも知っている、だから余計躊躇ってしまう。私の想い等邪魔なのではないか、君が余計苦しんでしまうのではないかと。


「……」


ジゼルは何も言わずに私にすがるように強く抱き付いてきた。言いたい事が他にも沢山あるんだろう。でも、言えないんじゃなくて言わないのは君の優しさからなんだろう。まるで離さないかのように力を込めるジゼルを私は優しく抱き締め返した。本当に優しく背中を撫でて彼女の存在を確かめる。私の気持ちより今はジゼルを安心させたい。不安や恐怖を感じさせたくない。君が心配するのはそれらからなんだろうから。



ジゼルとしばらく抱き合って身体を離すと彼女は落ち着きを取り戻したようだった。顔色がさっきよりだいぶましになった。


「…取り乱してごめんなさい」


「ううん。私のせいだよ。君が怒るのも無理はない」


「……」


ジゼルは納得した訳じゃない。悩ましい顔に片手を添えて頬を撫でた。どう言っても納得なんてしてくれなさそうなジゼルに何といえば良いか考えているとジゼルは撫でていた手に自分の手を添えてきた。


「ローレン。私はあなたの帰る場所になるから必ず帰ってきて」


「帰る場所?」


「ええ。あなたは、あなたを想う私の元に必ず帰って来ないとダメよ。私はあなたが帰ってくるのを待ってるから。ずっとあなたを待ってるから……私を大切に想うならちゃんと帰ってきて。帰ってきて私を安心させて」


その約束はジゼルらしかった。また私のために希望をくれるのか。賛成なんかできていないくせに、君はきっと行かせたくないくせに、思いやりが嬉しかった。


「うん。分かった。帰ってくるよ必ず。ジゼルのために帰ってくる。帰ってきて君を抱き締めて安心させる」


「ええ。私が待っているのを忘れないで」


「絶対忘れないよ。私は約束を破らないから」


「…ええ。そうね」


やっとくすりと笑ってくれたジゼルは綺麗な手で私の手を両手で優しく握る。視線は手に向けながら彼女は口を開いた。


「ローレン」


「ん?」


「……」


何かを言おうとしているのにジゼルは黙ってしまった。笑みを浮かべているのに目が切なそうで私は屈んで顔を寄せる。


「ジゼル?」


目を合わせるように彼女の顔を覗き込んだ。ジゼルはすぐに私を見てくれたけれど、ただ微笑むだけだった。一体何を飲み込んだのか分からない。それを聞こうとした時、彼女は私の首に腕を回すと頬にキスをしてきた。


「ローレン、抱き締めてくれる?あなたを感じていたいの」


またジゼルは言ってくれなかった。君は何時も言ってくれない。他に言いたい事があった筈なのに、ジゼルは言う気はないみたいだった。何か苦しませてしまったのかもしれないそれに切なく感じる。いつか君が言いたい事を全部聞けるのだろうか。ジゼルの気持ちは知ってあげたいが今は聞いても答えてくれないだろう。


「……うん」


「ありがとう。ローレン」


抱き寄せて温もりを感じる。気持ちを知れなくてもこの温もりは離さない。ジゼルは私にとって愛しい存在なんだ。だから君が言わなくても私は平気だ。君は言わなくてもこうして触れて伝えてくれる。暖かくて柔らかい温もりが本当に愛しく感じた。




私達はそれから身を寄せ合っていた。ジゼルは何も言わないけれど私に身体を預けるように身を寄せるから私は彼女が安心できるように抱き寄せた。

それでも彼女の穏やかな表情は幾分哀しげに見えたからファドムが買った菓子をあげた。ジゼルは菓子を見ただけでファドムの差し金だと理解して笑ってくれた。

ファドムは何かと理由を付けてジゼルに買ってあげてるみたいで、ジゼルはいつも強引に渡されているようだ。


笑うジゼルはこうも言っていた。ファドムは優しいのよ、少し理解されにくいだけで…と。それはそうなんだろうが優しい対象はジゼルだけだろう。ジゼルの忠犬のようなやつだし、私のような扱いを受けた人もいるに違いない。まぁ、でも、ジゼルを守ってくれるのはありがたい話だ。彼はジゼルを不器用なりに気遣っている。

ジゼルもそれを分かっているのならそれはそれで良い。



それから私はブレイクからの接触を待ちながら街の復興や医術師会の雑用を手伝った。傷もしっかりと治ったしもう身体も問題ない。そしてジゼルは忙しそうにしているが彼女はあれから二人きりになると私に触れてくるようになった。私の存在を確かめるようなそれに私はしっかりと応えてあげた。少しでもジゼルの心が軋まないように、安らげるように。



そして数日が経ったある日、私は馬を走らせてフィナに会いに来ていた。ジゼルが時間が取れたからフィナと出掛けようと言い出したのだ。フィナはあれから人狼病の症状が落ち着いてるらしいから外に出ても問題ないようだ。それでジゼルにフィナを馬に乗せて医術師会に連れてきてほしいと言われたのだが、フィナは初めて会った時と同様に無言だった。


「フィナ、おはよう。元気だった?」


「……」


「今日は馬に乗せてあげるよ。ディータまで私と一緒に馬に乗って行こう。医術師会でジゼルが待ってるんだ」


「……」


「フィナ、準備はできてる?」


フィナは出掛ける装いだが私を見つめたまま何の反応も見せない。私はちゃんとフィナを連れていけるのか不安になった。ジゼルからはフィナは緊張してると思うから優しくね、と言われているがフィナは本当に緊張しているのだろうか?顔に表情が無くて分からない。


「フィナ、外に馬がいるから行こうか」


無言のフィナにそう言って歩きだすとフィナは遅れて後を付いてきた。隣を歩けばいいのに、私は何だかそれに落ち着かなくてすぐに足を止めてしまった。振り向くと少し後ろの方でフィナも足を止める。私は嫌われてはいないんだよな、と不安に感じながらフィナに近寄った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る