第27話


「ローレン」


「ブレイク?!怪我は大丈夫なの?」


私を呼び止めたのは男の姿をしたブレイクだった。何時ものサスペンダー姿で傷は見受けられないがあれから会えなかったから心配だった。


「平気だ。ローレンも大丈夫そうだな」


「私はもう大丈夫だよ。それよりミシェルカは?」


「その事だが、また薬草を取ってきてくれないか?命に問題はないが傷の手当てにまだ時間が掛かる。傷が深すぎてな……」


渋い顔をするブレイクに即座に頷いた。あんな酷い傷だったんだ、できる事は何でも手伝いたい。


「うん。分かったよ。すぐに集めてくる」


「助かるよローレン。こないだと同じような薬草だができるだけ多く集めてきてくれ。集め終わったら私の診療所まで来い」


「うん。分かった。じゃあ、後で」


「ああ。すまないが気を付けろよ」


「うん」


メモを貰って返事を返すとすぐに医術師会に戻って馬を出した。以前取りに行った所に行けば事が足りるだろうが早く集めた方がいい。私は馬を急がせてディータを出ると薬草集めに勤しんだ。

目的の薬草を多く集めるのは以前よりもすんなりできた。狼に遭遇する事もなく賊等にも出くわさなかった。ただ、多めに取るのを意識していたからブレイクの診療所に着いた時には日が傾き始めていた。


ブレイクにしっかり薬草を渡すとミシェルカが心配なので一緒に城まで向かう。ブレイクは今までずっと同じ魔女達の治療に勤しんでいたようだがミシェルカは未だに目を覚ましていないようだった。


「身体はまだ時間が掛かりそうだけど問題ないわ」


ブレイクはベッドで眠っているミシェルカを見つめながら言った。点滴をされて静かに眠っているミシェルカに近寄る。あの時よりも顔色は良いがあんな傷を負わされている。私はミシェルカの手を優しく握った。


「ちゃんと目は覚める?」


「大丈夫よ。魔女は身体の傷の修復の為に深く眠る事があるの。酷い傷だったけれど時期に目を覚ますだろうし、傷も良くなる」


「うん……」


手はひんやりと冷たかった。あんな傷、人間だったら助からなかっただろう。死んでいてもおかしくない傷ならまだ目を覚まさなくて当然なのかもしれない。ミシェルカの様子にどうしても不安が募る。あの時の光景とカベロの言った言葉が蘇った。


「カベロは……契約したからラナディスの残党と手を組んでるって言ってたよ。ベシャメルを襲ったのもそれだって」


「そのようね。でなければあんなやつらと行動を共になんてしない。カベロに関しては私達も痕跡を追っていたけど上手く撒かれたわ。でも、ラナディスの残党の方は仮の拠点かもしれないけれど居所を突き止めた。まだ調査はしているけれどカベロの魔力は感じないから常に一緒には行動していないのでしょう。調査をある程度して私達も動けるようになったら拠点を制圧するわ。これは私達の問題でもあるの」


話ながらミシェルカの頬に触れるブレイクは複雑な表情をした。また戦いが起きるのか。ラナディスの残党から情報を聞き出せたら良いが奴らは妄信的な思想を強く持っている。情報は得られない可能性が高いが普通の人間では魔術が掛かっている者は殺せない。ブレイク達は本格的にカベロを殺すために動き出すんだろう。


「私も協力したい。ブレイク達もディータの人達もやられて何もしないなんてできない」


「何を言ってるの?魔女でもないのに危険だわ」


決意を反対されるのは当然だった。私は人間だし、あのナイフを持っていても何もできなかった。でも、放ってはおけない。それに私がいればあいつは現れる可能性が高い。


「確かにそうだけど、ブレイク達はカベロを殺したいんでしょう?それなら私がいればカベロは現れる可能性が高い。ディータの襲撃で会った時もまた会いに来ると言ってた。だから、私を囮に使えばいい」


「……賛成し難いわ。確かに私達には利益があるかもしれない。でも、あなたの命を保証できないのよ?カベロもそうだけどラナディスの残党は話が通じるような相手じゃない。絶対に守れるとは言えないわ」


「そんなの百も承知だよ。あの襲撃で魔術が掛かった奴とも戦った。油断はしないし、簡単に死んでやるつもりなんかない。ディータや私を助けてくれたブレイク達の役に立てるなら役に立ちたいんだ。ブレイクだって怪我をさせられたのに何もしないなんて嫌だ」


「……ローレン」


ブレイクは複雑な眼差しを向けた。しかめられた顔からはせめぎあう思いが感じられる。思えばブレイクはいつだって私を心配していた。怪我をするなと言いながら怪我をした私に怒りながらちゃんと手当てをしてくれて治してくれた。だから私の身をとても案じてくれているのは知っている。今でさえもその気持ちがひしひしと感じる。でも、皆がやられたのに自分の命が大切だから黙っているなんてしたくなかった。


「分かった。でも、少し時間をちょうだい。そのままではあまりにも危険すぎるわ」


苦渋の思いで承諾してくれたブレイクはすんなり受け入れてくれている訳ではない。だから彼女の気持ちには感謝を述べた。


「うん。ありがとうブレイク」


「……お礼を言うのは止めて。私はあなたを死なせてしまうかもしれないのよ」


「死んでもブレイク達の役に立てるならいいよ。死なないように気を付けるけど」


「ローレン。軽々しくそう言う事を言わないで…!」


つり上がった眼差しは私をしっかりと捉えてくる。どうやら怒らせてしまったようだ。本当にそう思っただけなのにブレイクにこう言ってしまったのは軽率だった。


「ごめんブレイ……ク?」


すぐに謝った私は予期せぬ事態に動揺した。だってあのブレイクが私に凭れるように身体を預けてきたのだ。突然の事に驚きながらブレイクを支えるも首元に顔を埋められて顔が見えない分動揺が増す。


「役に立ったって死ねば悲しむ者がいるのよ。残された者の気持ちも考えなさい」


「う、うん…。ごめん」


「あなたを守る努力は最大限にするからあなたも身を守る努力をしなさい。いいわね?」


「うん。分かったよ」


言い聞かせるような怒気の含まれるものだった。怒らせたけどそれと同じくらい心配させている。ブレイクはそれから言葉とは裏腹に背中に腕を回して優しい手付きで抱き締めてきた。


「怪我をしたら私がいくらでも治してあげるけど、怪我もしないように気を付けないとダメよ。人間は治すのに限界があるのよ。だから前に出すぎてもダメ。あなたは無理をする傾向があるのだから」


「……分かったよ」


何時も怒っていて怖かったのにブレイクはこうやって昔も今も心配してくれていたのだろう。こんなに大切に思われていたのに今さら気づく私は自分に呆れながらもブレイクの背に片手を回した。背を擦りながら何時もは威圧感がある彼女の小ささを実感する。ブレイクは魔女だけど他は何も変わらないただの女性だ。

しばらく抱き締めあってからブレイクは身体を離した。



「ローレン。剣を貸して。これからの闘いのために準備をするから」


私は彼女に言われた通り腰に携えていた剣を渡した。




ブレイクはそれから準備が整ったら此方から会いに行くと言って剣を預かった。剣に何かを施すのだろうがブレイクに任せて間違う事はない。

私は安心して任せるとブレイクと少し話してから別れた。

ミシェルカの事も他の魔女や子供達、それとカベロについての調査もしなくてはならないブレイクはなるべく早くにどうにかすると言っていた。ミシェルカやカベロについてはとても気掛かりだが今は待つしかない。

私はそれからカベロに会った時の事を話しといた。身体に異常はないが何かされたかもしれないと。ブレイクは一応私の身体を調べてくれたが異常は見られなかった。身体に何もないならないに越した事はないが違和感等があればすぐに知らせるようにとブレイクは言った。



そうして医術師会に戻るともう日は暮れていた。襲撃直後に比べたら医術師会の人の出入りは落ち着いている。あの時に比べたら静かな室内を歩いて部屋に向かった。扉を開けるとジゼルはもう帰ってきていた。


「おかえりなさい。ローレン」


「うん。ただいま」


「怪我はしてない?」


「うん。大丈夫だよ」


書斎に座って分厚い本を開きながら何か資料を見ていたジゼルは何時ものように私を迎えた。今日はミサだとファドムが言っていたがあの陰りは見えない。でも、何時もより表情が暗い気がする。私はとりあえず今日の出来事を話した。


「今日はブレイクに会ってきたんだ。ブレイクは大丈夫そうだったけどミシェルカがまだ目を覚まさないみたいで…」


「そう、心配ね。容態は悪いの?」


「大丈夫だって言ってたよ。ただ傷が深いから治すにはまだ時間が掛かるって」


「そう。医術師会の方は落ち着いているから私も顔を見に行こうかしら。ブレイクにもミシェルカにも今回の件では民衆共々助けられたわ。…あぁ、だったら薬も持って行った方が良いわね」


資料から手を離すとジゼルは戸棚に向かって何やら考えながら瓶に入った薬や薬剤を物色する。もう仕事は終わった筈なのに真面目な顔をするジゼルに近寄った。あと一つ言っていない。


「それと、カベロを探すのに協力する事にしたんだ。あいつとは今回も遭遇したし、また会いに来ると言っていたから誘き出せたらと思って」


「……ブレイクは許したの?」


ジゼルは手を止めて私に振り替える。彼女の顔色は一瞬にして曇った。ジゼルならそうだろうと思っていた。


「うん。止められたけど皆やられてるのに黙って見てるのは嫌だからせめてカベロが自分から現れるように囮としてでも力になりたいって言ったら渋々ね。今のままじゃ危険過ぎるから策も考えてくれてる。勿論、私も死ぬつもりはない。昔は軍人だったし、簡単には死なないよ」


「……そう言って死んでいった人を何人も見てきたわ。ラナディスとの戦争の時より部が悪いのよ。普通の人間で、魔術師でもないのに協力するだなんて死にに行くようなものじゃない。確かにカベロはあなたに目をつけているかもしれないけれど危険過ぎる。カベロの事はブレイク達に任せた方が良いわ」


険しい表情でジゼルははっきりと否定してきた。


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