第43話



倒れそうになった姉を支えながら横にした。

やっと殺せたのに安心と悲しみが押し寄せた。

何年も前に殺せなかった姉さんを私が殺した。

愛している家族を、唯一の姉を私は殺した。


「……あなたも……ちゃんと決めたのね……」


「……」


「……もう、少しだったのに。……目を覚まさせてあげて……、してあげたい事が……沢山あったのに」


姉さんは死を受け入れているようだった。この人のビレアへの想いは妹としてとてもよく理解している。死んでいるビレアを庇ったくらいだ。姉さんは家族を誰よりも愛してた。私達を守るために魔女になってくれて、特に病気だったビレアには何時も気遣って、惜しみ無い愛情を与えていた。


だからビレアが死んだ時誰よりも悲しんだ。

そしてあまりに強い悲しみは姉さんを変えた。

死を受け入れず、怒りに我を忘れて家族も罪のない人も殺してビレアのためだけに生きだした。

焼かれて死んでしまったのに傍らに生前と何も変わらないビレアが姉さんの生きた証のようだった。


「……ビレア……今度は守れて良かったわ。…無事で、良かった…。……本当にあなたを…愛しているわ。死んでも……あなたを愛してる……」


傍らにいるビレアに手を伸ばして触れる手付きは昔のままで、見ているのが苦しかった。


「もうやめて。ビレアは……死んだわ。とっくの昔に死んだでしょう」


私は変わらない事実を述べた。悲しいけれど、辛いけれどもうあの子は死んだ。血なんか繋がっていなくても、皆を愛して愛されていたあの子は無惨にも私達のいない場所で一人で死んだ。それは私達の罪として今も鮮明に覚えている。守って生かすために闘っていたのに、人を一人生かすのも戦争の前では難しかった。


「……現実というのは何時も残酷ね。見たくないものまで見せてくる。目を開けているだけで……嫌なものばかり見えてしまう……。ミシェルカ、ごめんなさい。……この嫌な現実に生きていても……期待せずにはいられなかった」


姉さんは私に顔を向けて少し笑った。優しくて、大好きな姉さんの顔だった。


「戻りたかった訳じゃないのよ?ただ、あの幸せをもう一度感じたかった……。可能性があるならこの現実から逃れたかった。……だから無様にも期待していたの。あの頃の幸せが……見えるから。恋しくて目を閉じると、ビレアが笑うのよ。もうあの子の声すら思い出せないのに……あの子が笑ってくれるのよ…」


「……姉さん。もう、いいわ。もういいの。私は知ってるから……姉さんの気持ちは知ってるから……もういいわ」



長い時を生きていたせいであの子の思い出は失くなりつつある。それなのに姉さんはずっとビレアを想っている。一番愛していて、一番あの子の死に責任を感じていたから。姉さんの罪はちゃんと止められなかった私にある。一番そばにいたのに私はなにもしてあげられなかった。唯一の姉妹なのに、私はこの人を一人にしてしまっていた。


「……ミシェルカ、覚えてる?ビレアが……最後に……言っていた…こと…」


生気がなくなってきた目はもう終わりが近づいているのが分かった。流れ続けている青い血は返している途中なのだ。魔女は死ぬ時に炎で身体の全てを差し出すか、全ての血を返さなければならない。力を借りた代償はその死を持って清算される。人を凌駕する力を精霊に返すために。


「覚えてるわ。皆で綺麗な花畑を見に行く事でしょう?あの子が、ビレアが沢山咲いてたらいいなって言ってたじゃない。青いビレアは……姉さんの目みたいで綺麗だって言っていたのに……忘れる訳ないじゃない…」


「ふふ……そう、よね。楽しみにしてたのに……そんな簡単な願いも……叶えてあげられなかった。病気も治してあげられなくて……あの子が好きなのに、もうビレアの花にも触れられない……。私……ビレアに何もしてあげられなかった……。もう一度、笑った顔が見たかったけど……もう、終わりね。……私は、家族としても、姉としても……失格だったわ」


あの小さな約束さえも姉さんの生きる全てになっていた。それでも姉さんのした事は許されない。

どんなに愛していても、どんな理由があろうと人を殺しすぎている。災厄の魔女とまで呼ばれてしまったくらい奪っていた。許されるべきではない。

だけど、私は姉さんの手を握った。


「姉さん。私、姉さんの妹で良かったわ。災厄の魔女と言われても……私にはただ一人の家族よ。許されない事をしたけれど、許してはいけないけれど……それでも姉さんは家族よ。私の……私達の家族よ」


姉さんを殺したのは私だ。殺すために生きていた。

だけどそこに憎しみがあった訳じゃない。恨みがあった訳じゃない。ただ姉さんは私の家族で唯一の姉だから殺すしかなかった。


優しい人だからもう一人で生きさせたくなかった。


「……ミシェルカ。ずっと一人にして……あなたにも……辛い想いをさせたわ……」


「そんなのいいわ。私の方が姉さんを一人にしてごめんなさい。でも、最後は一緒よ。ずっと一緒にいられなかったから……最後だけは一緒にいさせて姉さん」


最初から決めていた。

最後は、終わりは姉さんと一緒にいると。

苦しんでいたのは分かるから、最後だけはそばにいる。

もう離れない。離れたくない。私の想いはずっと変わらない。


「ミシェルカ……ごめん……ね……」


「もういいわ……。…知っているからもういいの…」



そんな想いはずっと前から知っていた。だって姉さんはとても優しくて、家族皆を愛してた。だから良かった。もう良かった。そんな言葉はいらなかった。

苦しみに想いが溢れて姉さんに抱きつくと姉さんは昔みたいに頭を撫でてくれた。それが私の想いを強くする。


「……私の愛も……これで報われる…」


もっと言いたい事があったのに何も言えなかった。

姉さんの手が動かなくなって私は顔を上げた。

ビレアは死んでいるけど二度も辛い想いはさせない。


「ブレイク。ビレアを埋めてあげてくれる?この子はもう苦しめられないわ」


そばに来てくれたブレイクに私は言った。

ずっとそばにいてくれたブレイクには感謝しかない。彼女は私の決断を最後まで反対してきた。


「……ええ」


「ごめんねブレイク。今までありがとう……」


「いいわ。私の方こそありがとうミシェルカ……。あなたを忘れないわ。カベロも……私は忘れない。あなた達は……私の掛け替えのない家族よ」


ブレイクは傷だらけなのに笑って泣いていた。彼女も姉さんのように愛情深い人だった。ビレアを抱き上げたブレイクに私は言った。


「ローレン達を守ってあげて。あの子達は私達のように永遠に生き続けるわ。二人では生きづらいだろうから家族としてそばにいてあげて」


「ええ。分かってるわ。大丈夫だから……あとは私に任せて」


「ええ……」


ジゼルに抱かれているローレンを見つめた。上手くいくかは分からなかったがちゃんとローレンからジゼルの魔力を感じて安心する。

あの子を魔女にするのは勿論反対だった。最初は断ったが、あの子の意思が強くて姉さんを思い出した。

この子も愛がゆえに譲れない想いがあるのを感じてしまったから魔女にしてしまったけれど、二人は大丈夫だろう。


この二人を見ていると姉さんとビレアのような強い絆を感じる。死なないというのは苦しみが終わらない過酷な運命だが、想いがあれば強く生きる事はできる。


「あの子はよく似てるわね。ブレイクが気にかけていたのも頷けるわ」


ブレイクはローレンをビレアを見るように見ていた。それほどまでに気にかけている理由がローレンを見ていたら理解した。あの子は外見だけじゃなくて中身もよく似ている。


「そうでしょう?この子が大人になっていたらあの子みたいになったわ。…ちゃんと相手を思いやれる子に」


「ええ。そうね」


腕に抱いているビレアを見てからブレイクは私を見つめた。涙を溢すブレイクに申し訳なくなる。彼女には最後まで酷な想いをさせる。


「ミシェルカ。本当に……いいのね?」


最後の確認に私は頷いた。


「ええ。私は姉さんと一緒にいくわ。もう一人にしたくないの」


「……分かったわ」


未練がない訳じゃなかった。

ブレイクも家族達をおいていくのも何も想わないはずがないけれど、姉さんは私にとって譲れない。

ブレイクはビレアを抱きながら私達に手をかざした。


「愛してるわ。あなたも、カベロも……私は愛してる。死んだって忘れない。絶対に私は忘れない」


ブレイクは泣きながら姉さんに火をつけた。青い炎は一瞬にして姉さんを包むように燃え上がった。


「私もよブレイク。あなたのような家族を持てて私は幸せだったわ。あなたは私の誇りよ」


最愛の家族と笑い合って私は姉さんを抱き締めた。炎が私の身体も包み込む。こんな痛みに比べたら生きている時の苦痛の方が酷かった。でも、もうそんな想いも失くなる。この炎が私達を終わりにしてくれる。


姉さん。今までごめんなさい。でも、もうずっと一緒よ。もう一人にしない。だって私達姉妹だもの。

私はずっとそばにいるわ。


私は姉さんの家族で妹なんだから。


私はもう離さないように姉さんをしっかりと抱き締めた。




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