第42話
魔女の争いは目を見張るくらい激しくて圧倒的で青い炎を操る彼女達の殺しあいはどちらも引けを取らない凄まじさだった。炎で炎を消して、熱風がとてつもない風のように吹いていている。
私にも容赦なく飛んでくる炎は目で追うのがやっとで当たれば貫通する。私はビレアを守りながら泉に近寄ろうとするもミシェルカに火柱を立てられて近寄れなかった。しかしそれを焼失させるのはカベロだった。
「そこまでしてそれを甦らせたいの?それはただの死体だわ。ビレアじゃない」
攻撃が一瞬止んで二人は殺しあいながら相容れない想いを口にした。
「ビレアよ。この子はビレアだわ。死んでなんかない。ビレアはずっと生き続けてる。ビレアの心が戻ればあなたも分かるわ」
「死者は甦らない。生きているように見せるのはやめなさい。ビレアは死んだ。焼かれて死んだの。あの子は一人で私達の帰りを待ちながら死んだのよ…!」
「だから…!私が治したと言っているでしょう!心臓は動いて身体の傷だって治っているのよ?!あとは心が手に入ればもうすぐ目を覚ましてあげられる!あなたは…目が覚めたら同じ事が言えるの?!ビレアが心を取り戻して、目を開けて…話したら…!死んでいると言うの?!!……私が証明してやるわ…!死んでいるなんて言わせない!!もうビレアは誰にも否定させない!!」
焼失させられても泉の回りにはすぐに火柱が立つ。
炎からビレアを守りながら避けていたら足に砂が縄のように絡まって動きを抑制された。
これじゃ避けれない。力任せにほどいて逃げようとすると物凄い衝撃波のような熱風が吹いた。
まずい。瞬時に悟った私はビレアを守るように風に背を向ける。背中は鋭い痛みと共にざっくりと切れてしまった。
あまりの衝撃と痛みに倒れそうになるのをなんとか堪える。まだ倒れない。倒れていけない。
ビレアに怪我がないのを確認すると炎に当たらないように状況を見極めた。
私を守りながらでは彼女にも無理がある。加勢をしたいがビレアを放置はできないし、この子を泉に入れてしまえばこちらのものなのに炎は邪魔をする。
カベロもミシェルカもお互いに傷つきながら接戦をしている時だった。ビレアを守るために炎が素早く肩を貫通した。体制を治さないともう一撃受ける。
すぐに避けようにも踏ん張りきれなくて連続で攻撃を受けそうになった時、炎は青い炎によって相殺された。そこではっとした。
「なんでここに……」
相殺させたのはジゼルだった。彼女の姿を見て息が止まりそうになる。彼女の目は青く澄んでいた。
「……どうして……?」
なぜだ。言わなくてももう目が物語っている。信じられなかった。彼女を守ったはずなのに、私はジゼルを魔女にしてしまっていた。
「自分で望んだの。どうしても……譲れないのよ」
私を守るように背を向けて立つ彼女はカベロに向き直った。
「ふふふ、健気ね?私からそうまでして奪いたの?」
「……」
「奪いたいなら奪ってみなさい。私はなにもしないから」
攻撃をしようと構えるジゼルに私は焦って声をかけた。
「やめろジゼル。やめてくれ……」
「……私もあなたと同じように自分で決めたのよ……」
強い言葉で否定して、彼女は一瞬にして斬撃のような切り傷をカベロに与えていた。左肩から胸にかけて致命傷を追ったカベロは笑っている。
「…恵まれた人間のくせに貪欲なのね?力も何もかも持っているはずなのにまだ欲しいの?」
「やめろ!!」
私はビレアをおいて駆け出していた。彼女の道を終わらせたくなかった。もうすぐなんだ。もうすぐ叶うのにここで消させない。愛を終わらせたくなかった。
私はカベロを庇うようにカベロの前に立った。
「退いて。あなたは傷つけたくない」
「嫌だ。やるなら私を先にやれ」
「……」
ジゼルは引く気がないようだった。掌に青い炎を携えてこちらをじっと見つめる彼女の決意は固かった。
「……私はもう決めているの。あなたを自分のために手にいれると。あなたの意見ももう聞かない。失くすくらいなら……手足を取ってでも私のものにする。あなたが死を受け入れていても……私はあなたを死なせない。あなたは、あなただけは失くしたくないの。あなたにどう思われようと、もう覚悟はできてる」
「ジゼル……ぐっ!」
一瞬だった。地面から出てきた鋭い氷塊に貫かれてなす術もなかった。血が滴って息をするだけでも苦痛を感じる。ジゼルは私を見つめながら近づいてくる。だけどもう動けなくてカベロを守れない。せめて盾になろうと思ったのに私は弱すぎた。ジゼルは掌の炎をカベロに向けた。
「あなたは奪い過ぎているわ。人から何もかも」
「ふふふ。奪い過ぎようが私は終わらないわ。あの子のために私はその道を選んだの。家族のためなら……私はなんだってやる」
カベロも掌に出現させた炎をジゼルに向けた。互いに大きくなっていく炎の塊をぶつける気だ。
あれじゃどちらも傷を負う。
「ジゼル……」
声を出すのも苦しいが彼女を呼んだ。やめてくれ。
私は彼女を助けられて等いなかった。
形だけ助けても心は落としてしまっていた。
「ジゼル……」
「…ローレン」
彼女は炎を放つその時に私を一瞬見てくれた。
悲しそうに笑っていた。
それに苦しみを感じて、それでも手を伸ばそうとしたら猛烈な爆風が私の身体を吹き飛ばした。焼けるような熱風は直接炎で焼かれてるかのように感じる。熱さを感じながら地面に叩きつけられた私は爆風が止んでどうにか身体を起こした。
「……カベロ…」
カベロは眠っているビレアを背に守るようにミシェルカの青い炎の槍に貫かれていた。
彼女の愛が終わる瞬間だった。
「これで終わりよ……。もう、もう終わりなのよ」
「……愛に終わりなんかないわ。死んだって、ビレアへの想いは失くならない。私は終わらないわ……。ビレアへの想いは……終わらせたくない……。この子はもう……ひとりにしない……」
心臓を射抜かれたカベロはミシェルカに凭れるように倒れた。それは彼女の終わりを示していた。
あぁ、どうしてだ。最後まで私は何も守れなかった。
何も守れなくて、最愛の彼女の道まで歪ませてしまった。
なんて罪を犯したんだろう。身体中の痛みはそれの罰なのだろうか?もう私は死ぬ。死ねば罪は失くなるだろうか。
「ローレン」
愛しい声が聞こえた。その声にすら罪の意識を感じる。
彼女は私の身体を抱き起こしてくれた。ジゼルの額からは青い血が滲んでいる。彼女がもう人じゃない現れにまた涙が出た。
「ローレン。許してとは言わないわ。分かってとも言わない……。そしてこれからする事も……完全に私の自己満足になる。あなたが死ぬつもりでも私が身を差し出して覆すわ。そして、生きる理由をあげる。……死では償えない代償を」
私の涙を拭う彼女は自身の掌から血を滴らせていた。青い血が、とても幻想的に見えた。
「……あなたには罰をあげる。私があなたの命を繋ぐから、あなたは私に対して罪の意識を感じながら後悔して生きて。死ねない身体となって、私に一生負い目を感じて……それでも私を愛して生きて。そうしてあなたが感じる罪を生きて償って。私は死にたいと願っても絶対にあなたを死なせないから……私と永遠に共にいて、消せない記憶に永遠に苦しんで……。嫌がっても、これは強制的にあなたにあげるわ」
何の想いも感じさせないジゼルは掌から溢れている血を飲み込むように口にすると私に口付けをしてきた。
それは抗う事ができなかった。
血の味がする。彼女の血が私に流れてくる。
唇を離した彼女は無表情のままだった。
でも、私を見つめる彼女の優しい目から気持ちを感じ取ってしまってまた涙が溢れた。
私じゃないのか。それは、私じゃないんだ。
「ごめん……ジゼル」
「え……」
「私のせいで……君は永遠に苦しむ。死ぬまで罪の意識を感じるのは……私よりも君でしょう」
「……」
ジゼルは一瞬にして表情を歪ませた。
ジゼルを愛してるのにそれが分からないほど君を理解していない訳じゃない。
君は私よりもそれを感じるはずだ。
残酷な仕打ちをしたのは私だった。
「そんな想いをしてまで……私なんか……助けなくても良かったのに……。君には……違う道もあったはずだ……」
「………そんなものないわ。私はあなたじゃないと嫌。どんな想いをしようがあなたしか信じられない。私を信じさせてくれるのは……あなただけなの」
「…こんなに弱くて、君に辛い想いをさせてるのに?私は君を……愛せていたのか分からない……」
本心にジゼルはぐっと歯を食いしばって涙を溢した。
君を愛してるけど、私は弱くて不甲斐なくて愛してあげられた試しがない。私の愛なんかよりも辛い想いの方が勝っているはずだ。私は愛しているくせに彼女を死なせてしまいそうになった愚か者なんだから。
「……そんな事ないわ。私は辛くなかった。あなたの愛を感じて幸せだった。私はずっと嬉しかったわ」
気丈に笑う彼女が切なくて涙が止まらなかった。
「あなたはただ私を受け入れて愛してくれたわ。私の気持ちを聞いてくれて、願いまで叶えてくれた。いつも私に寄り添って……何も信じられない私を信じさせてくれた。それがいつも……嬉しかったの。嬉しくて、嬉しくて……私を受け入れてくれるあなたが愛しかった。ローレン、ごめんなさい。……私の方があなたに辛い想いをさせてるわ。あなたの命をあなたから奪って、自分のものにして……それでも愛してるの。それでもあなたからの愛を望んでる。…こんなに自分の事しか考えていないのに…私の方が、あなたを愛せているなんて言えるのか分からない……」
「……ジゼル……」
「……許されないわよね。……分かってるの。全部分かってる。でも、あなたは離せない。死んでほしくない……。私のために生きてほしい……。ごめんなさい。身勝手で、傲慢で……それでも、あなたを想っていて……本当に、ごめんなさい……」
懺悔のような想いは聞いていて胸が締め付けられた。
でもそれと同時に嬉しさが込み上げた。
本当に良かった。自分のために生きて望んでいる彼女がちゃんと気持ちを言葉にした。ジゼルは何も言わないようにして自分の道等進んでいなかったのに、君の変わりようが嬉しかった。
身勝手と想っても、ちゃんと自分の道を歩くのは間違っていない。綺麗事だけでなんて生きられないのだから。
「生きるよ……。君のために生きるから……愛してるから……生かしてくれてありがとう」
一生罪の意識に囚われて償うのが運命なら受け入れる。彼女を見る度に罪悪感を感じて後悔して、人を殺したのを思い出して生きたい。
長い時の中で償いながら君と生きるのが私の道だ。
「……ありがとう。ローレン。…私も愛しているわ」
ジゼルは私を泣きながら抱き締めてくれた。
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