第41話


泣いていたジゼルは泣き止んでからもずっと私に抱き付いていた。彼女はその間何も言わなかった。

ただ私から離れないように身体を密着させるジゼルは目を赤くしている。


もう離れないと彼女を苦しめる。

そもそも彼女を守る使命はもう終わりだろう。

ラナディスの脅威がなくなった今、ジゼルの安全は保証されたようなものだ。

ならばあとはカベロと共に生きればいい。

ジゼルのための、私の道のための代償はちゃんと支払わないとならない。



私の居場所はここじゃなかった。



「……愛してくれるのに、あなたは私の望みも受け入れてくれないのね」


彼女はそう呟いて私を見据える。そして何も言えない私にキスをしてきて言葉とは裏腹に微笑んだ。


「私と生きるのはいや?」


「……そんな訳ない。ただ私は、した事が大きすぎた」


「じゃあ、この運命じゃなかったら私と共に生きてくれた?」


その問いには自然と笑っていた。

もう君のために差し出さないのは不可能だ。


「いや。生きられないよきっと。私は君のために必ず命をかけるはずだから」


「……ローレン」


目線を下げてしまう彼女が黙ってしまうのは必然だった。彼女の想いを聞き入れないくせに都合のいい事を言っているんだから。でも、彼女には生きてほしくて私は顔を寄せてキスをした。


もうこれで終わりにする。


「ジゼル。ずっと愛してるよ」


「ローレン……」


ジゼルの目を見つめて私は彼女の意識を奪った。

ぐったりと凭れる彼女を私は優しくベッドに寝かせた。悔いはもうなかった。彼女を愛せて幸せだった。

ジゼルの命があって本当に嬉しかった。


安らかな顔をするジゼルにキスをして言おうとした言葉を飲み込む。応えないくせにもう言うべきじゃない。



想うだけに止めておかないと。

人でなしは私なのだから。



私はカベロがくれた指輪に触れた。

それで瞬時に場所は変わる。

見慣れた無機質な室内に彼女はビレアと共にいた。


「あら、帰ってきてしまったの?」


「……私の居場所はここしかない」


「ふふふ。いいのよ別に。あの子といたいなら構わないわ」


「……」


「いらっしゃいローレン」


変わらない笑顔に傷一つない彼女は私を手招いた。車椅子に座らされているビレアとお茶をしていただろう彼女の元に近寄るとカベロは私の見えなくなった目に触れる。


「道を貫いた気分はどう?」


「これだけで守れて良かった」


「そう。ちゃんと覚悟を決めて己を捨てたのは偉いわ。それができる人は中々いないもの。彼は惜しかったけどあなたの道のためなら仕方無いわ」


「次は……何をするの?」


もうジェイドに加担する理由がなくなった今、それは重要だった。


「集めた人の魂を形にするわ。幽鬼に喰らわせていたのが差し出すのに相応しくなったの。もうすぐビレアの心を取り戻してあげられる」


「本当にできるの?」


「ええ。心というのは複雑な想いの塊でもあるから一筋縄ではいかないでしょうけど……考えがない訳じゃない。でも、その前にやる事があるわ」


人の心を手に入れる気でいたカベロはにっこりと笑った。


「あの子達を殺すわ。ビレアの邪魔になる。彼等と取引したせいであの子達はここに気付き始めているからビレアのためにも殺さないとダメだわ。この子に何かあったら困るのよ」


ビレアの頭を優しく撫でるカベロは至って穏やかだった。避けられないと思っていたけれどもう彼女はやる気のようだ。家族をこんなに愛しているのに家族を殺す決意をした彼女に揺らぎはない。


「また……家族を殺すの?」


「ええ。この子を何よりも愛しているから仕方無いわ。それにビレアと約束してるのよ。この子が願ったのはそれだけだったから叶えてあげたいの。何をしてでもね」


「……じゃあ、私も闘う」


その気持ちが、想いの強さが伝わった。

希望を持つのがどういう事か私は理解している。

望むなら私は契約したのだからどんな事でもする。


「そう。じゃあ、こちらから出向きましょうか?ビレアの心を取り戻すためにもちょうどいいわ。精霊の泉で魂を人の形として差し出してビレアの心を取り戻す。上手くいけば……この子は目が覚めるはず」


「そこは魔女の儀式の場所なんじゃないの?」


「ええ。あそこは唯一、捧げれば精霊を呼び出せる場所よ。魔女になるためにしか使われていないけれど充分な対価を払えば応える可能性がある」


「応えなかったらどうするの?」


「別の方法を探すだけよ。時間だけはあるのだからないなら探せばいい」


言葉から伝わる意思は強かった。精霊の泉はブレイク達の城がある霧の樹海の中だ。カベロはここで本当に終わらせるようだ。


「ふふふ。あなたはビレアを守るだけでいいわ。私がすぐに終わりにするから……あぁ、でもまずはあなたの怪我をちゃんと治さないといけないわね。あの子に治してもらったら良かったのに」


カベロは完治していない私の身体に触れる。

肩に触れた彼女の手から魔力が流れてくるのを感じた。


「その目と腕はすぐに代わりのものを用意しましょうか?望むならより良いものを作ってあげるわ」


「いらない」


身体なんかどうでも良かった。欲しいものはもうない。私はカベロと共にあればいい。失うものはもうなかった。彼女はそう、と言って笑った。



「じゃあ、ここを出ましょうか。外にもういるわ。ブレイクが来てるの。まずはブレイクから殺しましょう。ローレン、ビレアを運んであげてくれる?車椅子は置いていくわ」


「分かった」


狼に姿を変えて私はビレアを腕に抱くとカベロと共に魔術で移動した。移動した先はいつかジゼルと行った湖だった。


「ブレイク。怪我はどう?その身体でよく来たわね」


湖の傍らには頭に包帯を巻いたブレイクがいた。

彼女は私達を見て顔を一層険しくする。


「殺すと言ったでしょう。ここ一体に魔術をかけるなんてあなたらしいわね?ここに湖じゃなくて家があるなんて誰も気付かないわ」


「そうでしょう?ビレアが好きだったから湖に扮したの。でも、もういらないわ。あなた達にばれたんじゃビレアが危ないもの」


カベロはくすりと笑うと湖に手をかざす。綺麗な湖が合った場所は綺麗な外観の家に変わった。湖等最初から無かったかのように。


「……あの子を作ったのね」


ブレイクは私が腕に抱いているビレアを見つめる。複雑な表情だった。


「作る?何を言ってるの?この子を治してあげたのよ」


「ビレアはあの時死んだわ。それはもうビレアじゃない」


「何を言っているの?……不愉快な事を言わないでくれる?殺すわよ?」


そしてカベロから笑みが消えた。でもブレイクは動じてもいなかった。


「あなたも分かっているでしょう?そんな事に意味がないのは。もうビレアは死んだ。あの子は焼かれて死んだのよ。死体を見たでしょうあの時。もう息もしていなかったでしょう」


「……死んでないわ。ビレアは死んでない。ビレアを見なさい。今だって心臓が動いてる。この子には人肌の温もりがある」


「それはあなたがそうしているからでしょう。機械のように動かしてビレアに似せているだけよ。それはビレアなんかじゃないわ」


「……不愉快だと言っているでしょう……!!」


はっきりとしたブレイクの否定にカベロは一瞬で彼女に迫った。ブレイクは素早く青い炎でカベロを身体を射抜くも彼女は全く怯まずに鋭利な氷の槍でブレイクを串刺しにして大樹に張り付けた。


「ビレアは死んでないわ……!死ぬはずがない!あの子は今も息をしているのよ?否定するのは許さない…」


「……何度だって否定するわ!……ビレアは死んだ!死んだのよ!あの子は…!あの子は…私達が守れなかったから死んだじゃない!!」


炎で止めを刺そうとしていたカベロの動きが止まる。ブレイクは血だらけになりながら泣いていた。


「私達のせいで死んだのよ!?守れるはずだったのに!あの子を守ろうとしてたのに……!あの子のそばにいなかったから……!!だから死んだじゃない!あなただって…!カベロだって……覚えているでしょう?」


「……違う!違う!やめて…!…あの子は、あの子は私が治した!あの子は生きてる!!私が治して、あとは心を取り戻せば…!あの子は…!」


「もうやめてカベロ……。無理よ……。人は甦らない。ビレアはそんな事望んでないわ……。あなたに人殺しをさせてまで自分が生きたいなんてあの子は思わない……。あの子を愛してたなら分かるでしょう」


「……それでも私はやるわ。もうなんでもやると決めた。私はビレアのためなら何でもする。ビレアを取り戻すまで……私は終われないのよ…!」


同様を露にしたカベロはブレイクに止めを刺さなかった。泣いているブレイクをそのままに彼女は私の元までやってきた。


「行くわよ。この子を取り戻してあげないと」


「……うん」


彼女はそれでもまだ揺らがない眼差しをしていた。カベロの確固たる道は家族にも止められなかったのだ。私は彼女と共にあるべきなのにカベロはこのままでいいのか疑問を感じた。

ブレイクの想いもビレアの事も本当は分かっている。分かっているのに突き進んでいる。

カベロは最初から全て分かっていて言い聞かせながら道を歩いていたのではないか。

邪魔なものは排除する考えだったのにブレイクに止めを刺さなかったのはそういう意味があるからだろう。



カベロの魔術でまたしても場所が変わる。

森林に囲まれた神秘的な泉の前に来たけれど先客がいた。カベロによく似た彼女の実の妹だった。


「……いると思ったわ。ミシェルカ。あなたもブレイクのように私を否定するのね」


「ええ。私は家族だもの。家族だから今ここで殺すわ」


「そう。じゃあ、その前に私が殺してあげる。私にはあなたよりも大切なものがあるの」


前に一歩出たカベロはミシェルカを見据えながら言った。


「ローレン。ビレアを泉の中に入れてあげてくれる?そしたらすぐに儀式を始めるから…頼むわね」


「分かった」


しっかりとビレアを抱えた。

もうここまで来ている。あとはミシェルカを殺してビレアを取り戻せば彼女の願いが叶う。

ここまで来てカベロが迷わないなら私は疑問を捨てた。彼女が意思を貫くなら私は従う。

私に道を教えてくれて力までくれたんだ。


強く生きるのがどういう事か教えてくれて私の道を尊重してくれた。

そんな彼女のためなら最後まで共にある。

彼女の道もまた尊重したいから。


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