第40話
眩しい。
眩しさを感じて目が覚めた。
身体中にはまだ痛みを感じる。
ここはジゼルの部屋か。彼女の見慣れた部屋には私以外に人はいない。どうやら彼女が私を助けてくれたようだ。
私が生きているという事はカベロも生きているが彼女は大丈夫だろうか。私なんかより強いから何ともないかもしれないが力を貰ったのに私はこの様だ。左目は見えないし左腕は感覚がないから失くなっているだろう。包帯だらけの自分の弱さを思い知った。
ジゼルのために生きているのに無様な有り様だ。あの気持ちも失くならないし、私はなんでこんなに弱いんだ。
ジェイドを手にかけて振り払えた筈なのに私は動揺してこんな怪我まで負った。そして守ろうとした彼女に助けられるなんて不甲斐ない他なかった。
ジゼルはもう知っているんだ。知っているのにここまでしてくれる。
私は彼女の気持ちを踏みにじっているのだろうか。
ずっと気づかないふりをしていた。だって守りたくて失いたくなかったから。彼女は私の光だから何だってやりたかった。
だけど、君のためと思っても本人からしたらそれは違うに決まっている。愛しているから分かっていた。
「ローレン……?目が覚めたのね。よかった」
部屋の扉が開いてジゼルが入って来た。
彼女は私のそばまで来ると傷だらけの手を握ってくれた。もうそれだけで涙が出そうだった。
「……ごめん。ジゼル……」
「謝らなくていいのよ。あなたが無事ならそれでいいの」
彼女の言葉は優しいけれど彼女にはいろんな思いをさせている。その中に良い事なんてないのが分かっているから謝っていた。想われるのさえ罪に感じた。
「私は……君に辛い思いばかりさせてるね。ジゼルは私のした事全て良くは思ってないでしょう?」
「……ローレン…」
「本当にごめんねジゼル。君の気持ちは知ってたけど……そうしたかったんだ。私は弱いからそれしかなくて……本当にごめん」
また思い詰めさせている。彼女の目をみれば分かってしまってまた罪の意識が沸いてしまう。本当に不甲斐ないやつだ私は。
「……いいのよ」
それでも彼女は泣きながら笑った。
「そんなのいいの。だって、私を愛してくれているんでしょう?私を愛してるからそうしてくれたんでしょう。……だったらいいの。愛してくれるだけで……私はそれだけでいいのよ」
「……ごめん。本当に、ごめん」
いろんな思いがあるのに、受け入れて許してくれる彼女の愛に涙が出た。彼女はそういう人だった。
「泣かないでローレン。もう謝らなくていいから」
ジゼルは私の涙を拭うと優しげに笑ってキスをしてきた。触れた唇から彼女の深い愛を感じる。彼女は唇を離すと私の身体に気を使いながら胸に抱き付いてきた。そんな行為がすがるように感じて気丈な彼女の心を見ているみたいだった。
「ローレン。まだ……今だけは、そばにいてくれる……?」
「…うん。いるよ。ジゼルのそばにいる」
「……よかった。ありがとうローレン…」
弱々しい彼女の抱擁に腕を回して応えた。私を受け入れて愛してくれる彼女を今は置いて行けなかった。
ここまで受け入れて許してくれる彼女の願いを受け入れたかった。
私はそれから身体の傷が癒えるまで彼女のそばにいた。ジェイドに刺された左目はもう機能しないし、左腕はあの爆発のせいで腕の付け根辺りからないけどその他の身体の傷は問題なかった。
ジゼルは甲斐甲斐しく私の身体の治療をしてくれて、時間がある時は私のそばにずっといた。
特に彼女は話したりしなかったけどベッドの傍らに座って私の様子を見ながら手を握ったり本を読んだりしていて、彼女のそばにいるのが何だが懐かしく感じた。
そしてそれと同時にとても幸せを感じた。
ただそばにいるだけで私は嬉しくて彼女がとても愛しかった。
そんな束の間の幸せに浸って身体も順調に回復してきた頃、彼女は眼帯をくれた。腕に関しては義手を用意してくれるようだが私の身体の事をとても気にしている。実際これだけの怪我で済んだのが私には救いではあるので気にしないように促した。
不自由にはなったが動けない訳じゃないからいいのだ。
「ありがとうジゼル」
眼帯をつけてからお礼を言うと彼女はいいえと言いなが首を振る。
「左側は死角になっているのだから気を付けて」
「うん。分かってる。もう慣れてきてるから大丈夫だよ」
「それでもちゃんと確認する癖をつけないとダメよ。腕だって片腕しかないのだから」
「うん。分かったよ」
ベッドの縁に座って心配そうな顔をするジゼルを私は優しく片手で引き寄せて抱き締めた。ずっと心配そうに私を見てくるから今は彼女を安心させたかった。
「大丈夫だよ。本当に」
「本当に酷い怪我だったのよ?骨も肉も抉れていて……あなたは事切れそうで不安で堪らなかったわ」
「……うん。ごめんねジゼル。でも君のおかげでこの通りだから。助けてくれてありがとう」
「それでも……もうあんな無茶はやめて」
「……うん。分かったよ」
私に擦り寄るように抱き付いてきたジゼルをしっかり抱き締めて身を寄せる。守れたけれど辛い思いをさせて後ろめたくなった。
「……ローレン。私を助けてくれてありがとう」
「あぁ……。別にいいよ」
そうだ、彼女は全て知っていた。私は抱き締める腕を緩めてジゼルの手を優しく握りながら今までの事を言っているのだなと悟る。
「あなたが倒れた時、……ラナを思い出したわ。何も伝えられてないのにあなたまで失くしてしまうかと思った…」
「……どんなに酷い怪我をしても私はカベロが死なない限り死なないから平気だよ」
「それでもカベロが死んだらあなたも死んでしまうのでしょう?」
顔を上げるジゼルは私を見つめた。それは逃れられない宿命だった。カベロが死んだらジゼルを置いていく事になる。だが、最後は彼女のそばで終わるのを決めている。約束したから、最後は必ずジゼルの元に帰るんだ。
「……うん。でも、最後は君のそばにいるよ。最後は、君のそばで死にたいんだ…」
「……そんな事言うのはやめて。ブレイク達はもうカベロを殺す気でいるのよ?彼女の拠点に見当がついてる。カベロは強いかもしれないけれどここ迄で来たらもう時間の問題だわ」
「……そうか。……でも、いいよそれでも。私は最後までカベロと一緒に闘って彼女が死ぬ時に死んでいい。ジゼルは生きてるなら別にいいんだそれで」
ジゼルを一人残すのが唯一の心残りだけれど自分が死ぬのは受け入れていた。殺人に加担して、人の生死を操った。その代償がこの命なら安いものだった。元々大したものじゃなかったんだからジゼルのために使えるならくれてやっていい。それにカベロは私に生きる事を教えてくれて力までくれた。彼女には恩義はあるがそれとはまた違う想いがあるから今さら契約をどうにかしようとは思っていなかった。
「あなたは……やっぱり私のそばにはいてくれないのね」
「……」
ジゼルの言葉に何も言えなかった。
一人にしないと言って、そばにいるとも約束したくせに私はそんなもの忘れたかのように破ってしまっているからだ。
「私、嬉しかったの。あなたがそばにいてくれてあなたが約束をしてくれて、私を受け入れてくれる事が。あなたは何時も私を受け入れてくれたから。だから……ずっとそばにいてほしかった……」
私の手を強く握る彼女は静かに涙を溢す。でも、と続けるジゼルは私の胸に顔を寄せた。
「全部、私のせいだわ……。本当は言わないつもりだったの。でも……死ぬのが怖かった。いつ死んでもいいとすら思っていたのに、あなたを愛してるから……死にたくなかった。私があの時死を受け入れなかったから、あなたに背負わなくいい宿命を背負わせてしまって本当にごめんなさい……」
「ジゼル……私はきっと君が言わなくても契約したはずだよ。私は……自分なんかどうでもいいんだ」
ジゼルに顔を寄せてキスをして彼女の温もりを感じる。もう言えなくなるかもしれないから本心を語ろうと思った。私にとっては彼女だけが全てだから自分は既に捨てているのだ。
「ジゼルが生きていてくれるなら私は苦しんで死んでも構わないんだ。一生苦痛を味わったっていい。それで君が生きているなら……私はもういいんだよ。君が生きてるだけで私はもう充分なんだ」
「どうして……?私は、あなたがいてくれないと生きていたくない。あなたを犠牲にしないと生きられないなんて……そんなの嫌。そうしないとならないなら私も死にたい。もう一人の世界でなんて生きられない……」
「大丈夫だよジゼル。私は死んでもジゼルを愛してる。私の愛は君が私を忘れない限りずっとあり続けるよ。絶対に終わらない。私は死んだって君を忘れないから」
死んだ後の事なんて分からないのに私は確信していた。彼女を愛してるのは勿論、カベロとビレアの間に愛がないとは想えなかった。
ビレアは死んでいるけれど、二人を見ていたら愛を感じた。見えないけれど確かに繋がりがあった。じゃなければ私は彼女の元を離れていた。
「……そこまで愛してくれるなら……私と生きてローレン。……私もあなたと同じように、あなたを愛してるから……」
「……」
ジゼルの想いにまたしても口が開かなかった。私も最初は彼女と生きていたかった。でも、失くすかもしれない経験をして、それがただの綺麗事のような理想だったのに気付いた。だってそれをするには代償がありすぎる。自らのものを差し出さないとならない現実は理想とかけ離れすぎている。
なのに彼女がこう言うのは分かってるからなんだろう。
きっとジゼルはそれを知ってる。
だから今まで沢山約束をくれた。
理想と現実はあまりに違うから希望を持てるように。
違うから諦めて絶望するのではなく信じる事で突き進めるように。
彼女の生き方がそうだった。
ジゼルはもうとっくに己の持てるものを差し出して身を削っていた。だから彼女は自分を人でなしと言っていた。そして今も自責を感じているのに、愛を信じている。
「……愛してるよジゼル」
それしか応えられなかった。
あまりに彼女から奪ってるみたいで、愛しているから嫌だった。
泣いているジゼルは何も言ってくれないけれど私はジゼルを離さないように抱き締めた。
彼女の暖かさに胸が詰まってしまう。
この暖かさは私を蝕むような気さえするのにジゼルを離せなかった。
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