第36話


「……助けてくれてありがとう」


治療をしながらお礼を言ってきた彼女は私を警戒すらしていないようだった。しかし私はなにも言えなかった。


「……」


「…なぜここまでして助けてくれたの?…」


「……ならなぜ逃げろと言ったのに逃げない?」


質問に質問で返した。答えは決まっているが答えられない分聞かれると困る。ジゼルは薬を塗りながら顔をしかめた。


「……怪我人は置いていけないわ。あなたは、本来なら敵なのでしょうけど……私は見捨てられないだけ」


「……そんなんではいつか死ぬ」


君はそうやって死にかけた。ジゼルの性なのは理解できるが、もう死ぬような目に合ってほしくない。

それなのにジゼルは小さく笑った。


「平気よ。私には大事な約束があるの。大切な、大事な約束だから…私は死ねないのよ」


「…………」


それがなんなのか察して彼女がとても愛おしく感じる。ジゼルとした約束が君の希望になってくれていて嬉いのに、彼女の顔を見ると本当に想ってくれているのが分かって苦しかった。


「……もういい」


「え?」


私は立ち上がった。これ以上話していると胸が詰まりそうだった。ルールを破って君のそばにいたくなってしまう。そしたらまた失くしてしまう。


「もう私は行く」


「でも、まだ……」


「別に問題ない。早く行け」


君を見てると気持ちが溢れそうだった。殺戮に加担しているけれど、君は守るから。愛しているから私はカベロと共にある。だが、この命がつきる時は君の元まで行くから待っていてくれ。


「待って!あなた、名前は?」


背を向けた私にジゼルは焦ったように問いかけてきた。それでもそれを無視して去ろうとしたらジゼルはまた口を開いた。


「ねぇ!ローレンと言う女性を知らない?」


私はそれに脚を止めてしまった。するとジゼルは矢継ぎ早に話した。


「顔に火傷の痕があるの。白髪で金色の目をした背の高い人よ。私のせいで、カベロの元に行ってしまったの。彼女について何か知っていたら教えてくれない?私の……大切な人なの…」


「……」


彼女に何か言われる前に私はその場を去った。

私を探さなくて良いから、君は安全に生きてほしい。君にもうあんな思いさせたくないんだ。

彼女と離れてから、彼女がいっそう頭から離れなくなった。


カベロの元に戻った私はビレアのそばにいる生活をしながらカベロが闘いに向かう度に彼女の身を守っていた。彼女は私の弱さを知っておきながら私に逃げ道を与えてくれている。

私の躊躇する心を知っているカベロは私に殺す事を強要しなかった。


彼女は言った。


差し迫った時に殺せばいいと。

その時だけは、非常になれと。

だからその時までに慣れておけと言ってきた。



これは彼女の私に対しての優しさだった。

カベロは私にビレアに向けるような眼差しを向ける。

私の心を見ている彼女は私にそうやって求めはしなかった。



でも、ジェイドは違う。

彼はカベロと共にまた街を落とした時にあの夜と変わらない敵意ある目を向けた。


「カベロ。こいつはいったいなんなんだ?アングラムを落とした時に俺が殺そうとした帝国の魔術師を庇っていた」


今回もカベロと二人でものの数分で街を壊滅させた。ジェイドは人間だがカベロの力を貰っているおかげで魔女と同等の力を持っている。


「私の家族よ。その庇った魔術師はこの子のお気に入りなの。悪いけど許してあげてくれる?」


カベロは美しい銀髪の髪を後ろに払うと私の腰に腕を回してきた。彼女は殺伐とした雰囲気を醸し出すジェイドに対しても穏やかだった。


「俺とおまえは協力関係にあるはずだ。俺の邪魔をするならこいつは殺す」


「大丈夫よ。その帝国の魔術師は驚異にはならないから」


「あれは古の血脈でもあるんだぞ。普通の魔術師とは訳が違う。祖国を取り戻すのに十分な驚異だ」


「そんなに慎重にならなくても平気よ。あの子は精霊の召喚はしないわ。魔女が守っているし、闘いの場に出てくるのは別の理由があるの。それよりも、次はどうするのかしら?」


彼の毛嫌いするような顔つきは変わらない。ジェイドはカベロに対しても協力しているだけの気持ちしかない。彼には国を取り戻すと言う闘志しか見られない。


「次はディータだ。アングラムも落としたし、他の街や村も攻められた時に対応できるだけ落としてある。帝国は俺達が落とした所にそれなりの人員を派遣しているはずだ。人が減って協力の手立てもなくなれば痛手を負わせられる」


「そう。じゃあ、人狼は多く作っておくべきだわ。あそこには私以外に魔女がいるの。きっと一筋縄ではいかないでしょう」


「分かっている。カベロ、おまえはまた街を混乱に導いてくれ。ラナディスの名に懸けて我等が城に直接攻め入ってやる」


「ええ。分かったわ」


ジェイドは帝国に恨みを持っていた。

ラナディスの奴らにはジェイドに会う前から関わってきたが思想が強い。彼等は愛国心が強い余り国を奪われたと思っているようで帝国が許せないのだ。

彼の目は怒りに満ちているようだった。


「攻め入る際は追って知らせる。我等にも暫くは準備が必要だ。ここで一旦ディータ襲撃までは行動を止める」


「そう。じゃあ、私は帰るわ。次はディータを落とせると良いわね」


カベロは彼等の反乱に何も思っていないようだった。

協力はしているがあくまでも補助をしているだけであって、本当に闘っているのはジェイド達である。

彼女は彼の古の血にしか興味がないようだが、古の血がどう使われているのか、この協力関係はいつ終わるのかは定かではなかった。



魔術で拠点に帰ってきてからカベロと私はビレアの眠る部屋でお茶を飲む事にした。

この拠点もいつも彼女の魔術か彼女がくれた念じれば移動できる指輪で帰っているから何処にあるかは今だに分からない。


「ローレン、ジェイドには気を付けなさい。彼は見境がないわ。注意はしたけれど聞くかどうかも定かじゃない殺意に満ちた男よ」


次は彼等にとって大事な闘いになる。ジェイドは確かにカベロの言った通りの男だった。


「カベロは何でジェイドと取引したの?」


彼女が淹れた花の良い香りがするお茶を一口飲んだ。二人の間に絆はない。カベロは美しく微笑んだ。


「強い意思を感じたからよ。彼は初めて会った時に死にかけていたの。死の縁にいるというのにジェイドは強い目をしていたわ…。私はそういう人間が嫌いじゃないの。それに、私とビレアの身体を治すのに必要だったのよ。古の血が」


「怪我をしていたの?」


「ええ。あなたも聞いた事があるでしょう?魔女は青い炎に焼かれて死んだと。あれは正確には違うのよ」


彼女は私を優しげに見つめた。災厄の魔女は今目の前にいる。あの言い伝えは改竄されていた。


「私は以前ビレアのために闘っていたわ。そんな私を殺そうとした家族だった魔女を私は殺したの。私とあの子達を魔女にしてくれた母のような人よ。その魔女は最後の力で呪いをかけたのよ。私がビレアに焼かれて死ぬようにと。家族を思ってそうしたのだろうけどその魔女はそこでビレアに焼かれてあの話が生まれた。だけど、私は死にかけただけで生きていて、身体を癒すのとビレアを治すのに時間がかかっていたの」


「……何で家族なのに殺したの?」


「愛しているからよ。ビレアを何よりもね」


彼女に動揺等感じられなかった。

家族と呼ぶのになぜ殺しあったのだろうか。彼女はビレアもそうだが私も大切にしてくれる。


「……私はね、許せないのよ。何もかもが」


ビレアを見つめる彼女は穏やかにいつものように口を開いた。


「ビレアは病気だったの。親にも捨てられて、私やあの子達と一緒だった。だから私達は家族になったの。血が繋がっていなくても私には本当に大切な可愛い妹だった。なのに、国の争いのせいで闘う事もできないビレアは無惨にも焼かれてしまった。……それから私の中の怒りが消えないのよ。大切な妹が全身を焼かれて、戦争のせいだから仕方ないって割りきれる程の思いじゃないのよ。…そこで終われるほど、私の想いは弱くないの」



笑っているのに彼女の穏やかな雰囲気が冷たいくらい冷静な眼差しによって消え失せた。私に視線を向けるカベロの青い瞳は見られているだけで恐怖を感じる。


「誰かが笑っているだけで激しい怒りを感じた事はある?私はね、幸せそうな顔を見ているだけで怒りを感じてしまうの。ビレアはとても辛い思いをして眠っているのに、ビレアもそうやって笑っていたはずなのに……ずっと目を覚まさない。ビレアは病気で生きるのもやっとだったのよ。それなのにビレアからさえも奪ったのが私は許せないのよ。皆殺してしまいたいくらい……妬ましくて、ビレアを否定されているようで、何もかもが憎く感じてしょうがないの」


彼女はそれから私の手に手を重ねてきた。 


「でも、あなたにはそれを感じない。あなたを見てるとあの子が笑った顔を思い出すの。あなたはビレアによく似ているわ。外見も、人の死に心を傷めるその優しさも……。ローレン、次の闘いでは躊躇ってはダメよ?」


彼女は私を本当にビレアに重ねている。私を見透かしているカベロは椅子から立ち上がると後ろから優しく抱き締めてきた。彼女はこうやって接していると本当に優しい人だった。彼女は誰のためでもなく私のために言葉を述べる。


「躊躇っていては失うわ。迷ってはダメ。次は帝国軍もジェイド達も総動員で闘うでしょう。あなたはあなたの道のために、その時は己を捨てなさい。失くした時の苦しみに比べらそれは些細な事だから」


「……分かってる」


「ふふふ。本当に愛おしいわあなたは」


耳元で話す彼女は満足げに笑った。

次は簡単に落とせない。ディータに行くのであれば彼女は必ずいるだろう。カベロと共にあるが私はカベロの言う通り己を捨てても守らないとならない。

それが私の全てだから。


カベロは頬にキスをすると私を今一度強く抱き締めてきた。彼女の花の香りは安らぎのような気持ちを抱かせる。


「あなたは美しいわとても。本当に、私の光のよう……。ずっとそのままでいなさいローレン」


彼女は愛しげにそう言った。


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