第35話
カベロは目立った怪我等していなかったのに、ブレイクは見るからにまだ傷が治っていないようだった。
ブレイクは私に気付いていない。私に青い炎を放つブレイクの攻撃を避けながら間合いを積めた。
やらないとならないのに、私の心はまだ非常にはなれない。一瞬の躊躇いに考えを変えた。
別に痛め付けろとは言われていない。
魔女は魔女にしか殺せないんだ。
攻撃しても無駄になるなら気を失わせて動けなくさせればいい。
素早く動いて暗闇の中を翻弄させて隙を付いた。木に押し当てるように力強く突進したが魔女なだけあって一筋縄では行かなかった。ブレイクは風の力を利用して木に衝突するのを免れると私の動きを止めるように地面の砂を利用しだした。
砂を自在に操って私の足に絡ませてくる。
それを力でどうにか振りほどいていたら肩を青い炎が貫いた。やられる。肩の痛みに体のバランスを崩した時、突如目の前に現れたブレイクに青い炎で心臓のある位置を正確に貫かれた。本当に一瞬だったそれは激しい痛みをもたらしたが私は倒れる事なく踏み止まった。
契約していなかったら死んでいた。
自分の弱さを自覚して、倒れない私に動揺したブレイクの隙を付いて身体を鷲掴む。
そして、目を見る事によって彼女の意識を奪った。
ブレイクは一瞬にして動かなくなった。
さすがは魔女だ。この暗闇でここまで動けるなんて百年以上生きているだけある。ブレイクは視界に頼っていなかった。彼女の目も特別なのかもしれないが私には気付かなかったようだ。気付いていなくて良かったと思う。
私はブレイクを横たわらせてカベロの元に向かおうとした時だった。地面から出てきた氷に足を取られた。
「操られているのね。大丈夫よ。すぐに人間に戻してあげる」
月明かりに照らされて現れたのはジゼルだった。ずっと会いたいと思っていた彼女は私の黒いマントを羽織っていた。彼女の様子は一度だけ遠くから目を使って見ていたのでちゃんと生きているのを知って安心していたが、こうやってジゼル本人を見られて心底安堵する。
あんな怪我をしていたのに生きていて本当によかった。カベロは会いに行ったらと言っていたけど私は会う気にはなれなかったのだ。
会ったってもうそばにはいられない。
あのジゼルの強い眼差しは私をしっかり捉えてくる。
もうブレイクを制圧したから相手にする必要はない。
ジゼルは片手に注射器を取り出してゆっくりと近付いてきたから私はすぐに氷を爪で切り裂くと四足歩行で走り出した。
「…待って!!」
まさか逃げると思っていなかったジゼルは後ろから氷を使って足止めをしてきたので全て避けて後をつけられないように素早く撒いた。
彼女は傷つけられないからこれしか方法がなかった。
そのままカベロの元に帰ると雨が降っているのに街は青い炎に呑まれていた。
「早かったわね?こっちはもう終わったから帰りましょうか。あら、怪我してるじゃない。あなたは私が死なない限り死なないけれど身体は大切にしないとだめよ?」
カベロは優しげに笑うと傷に優しく触れて瞬時に治してくれた。痛みはあったけどもう私は人間じゃなくなっているからよかったのに。私は彼女に報告をした。
「ブレイクがいた」
「ええ。そうね。ミシェルカは街にいるみたいだから。今回は私達の勝ちね。もっと遊んであげても良かったんだけどジェイドは絶対に落としたいみたいだったからもう終わりよ。ふふふ、今回はあの子相手によくやったわローレン」
狼になった獣の私の頬をカベロは優しく撫でてきた。カベロの目はビレアを見る時と同じだ。ビレアと会ってから私をなおの事重ねているのを実感する。
カベロは上機嫌に笑いながら私の頬にキスをした。
「あの子はいいの?折角ここに来てくれたのに」
「……いいんだ」
「ふふ。何時も私といなくてもいいと言ってるのに頑なね。別にあの子と今まで通り一緒にいても良かったのよ?私が呼んだ時にいてくれれば。あなたとは永遠に共にあるのだからあなたの大切なものは奪わないわ」
私がジゼルと遭遇したのを目で見ていたのだろう。
カベロの提案は魅力的だが、魔女と契約した身では一緒にはいられない。人殺しに加担しているのに後悔はしていないけれど彼女は私とは違う。
「……」
「まぁ、あなたがそれでいいなら良いのよ。見守りたいなら私はあなたの決めた事を否定しないわ。さぁ、そろそろ帰りましょうか?ビレアが待っているわ。今日は三人でお茶をするのも良いわね」
カベロは私から手を離すと移動するために空間に黒い渦を作り出した。そして共にこの場を去ろうとした時だった。
「待って!!」
「あら、ここまで来るなんて……。どうしましょうか」
意味ありげに私を見て笑うカベロ。さっきしっかり撒いたのにジゼルは息を荒げてやってきた。闘いたくはないが私はカベロを守るように前に出るとジゼルはまるで懇願するように言った。
「あなたと取引がしたいの。彼女を……ローレンを返してほしいの……。私は古の血脈だわ。魔術師が欲しいと言っていたでしょう?私の身体を差し出すから、彼女を返してほしいの……」
「とても魅力的な取引ね?でも、それはできないの。ローレンは進んで私についてきたのよ。私が奪ったのではないの」
ジゼルがそんな事を言うのに驚いていたらカベロは私に言った。
「少し遊んでもいいのよ?あの子はあなたの好きにしなさい。終わったら帰ってくるのよ」
「……」
「待って!!」
一人で渦に入って行ってしまったカベロは私に彼女を託すと帰ってしまった。殺す事もジゼルが言った事もできたのに私を尊重してくれたのだろう。
目の前の彼女は思い詰めたような顔をして私に視線を向ける。彼女の視線は怖かった。君が求めてくれた私はこんな姿になってしまったのに彼女は受け入れてくれるだろうか。
魔女と契約してこんな姿になって人じゃなくなった私を。
ジゼルを見据えてもどうしても闘う気にも喋る気にもならなかった。だから逃げようと踏み出そうとしたらジゼルは後方に氷の壁を作って道を塞いだ。
「あなたは自我があるのね?」
「……」
完全に崖に追い詰められてしまった。かといって彼女を押し退けるのはできない。ジゼルは守ると誓った。彼女に攻撃を仕掛けるなんてできなかった。
動けないでいるとジゼルは攻撃する素振りも見せずにゆっくりと近付いてきた。
「私はジゼル。医者よ。あなたのような人を治療して狼から完全に人間に戻した事もあるの。その姿から戻りたいと思うのであれば手助けはするわ。だから、魔女についての情報をくれない?勿論あなたの身の安全は保証する」
「……」
「突然で信じられないかもしれないけれど嘘は言っていないわ。疑うのなら、今手持ちの薬があるから一時的にあなたを人間に戻す事で証明する事もできるわ」
ジゼルは目の前まで来ると私をしっかりと見据えた。
意思の強い真摯な目だった。君は私が分からなくても人のために生きているのか。
ジゼルの言葉に答えられないでいるとジゼルは尚もゆっくりと近付いてきた。
「大丈夫よ。私はあなたを傷つけない。殺しもしない。どうしても魔女の情報がほしいの」
すぐそばまで来たジゼルは自分よりも何倍も大きな狼に恐れすら見せていなかった。彼女は、私のためにこうしてくれているのだろうか。あれから、彼女の姿を見てすらいなかった。ただ遠くから彼女の魔力を見つめていた。
約束を破ってしまったけれど、君をもう死なせるような事はしたくないんだ。
私は道のために自分を差し出して生きなきゃならない。なのに、ジゼルの必死な様子を見ると心が揺れた。
それから彼女が私に触れようと手を伸ばしてきた時だった。視界に魔力が見えたと同時に青い炎が飛んできた。
私は瞬時にジゼルを腕に抱えて避けた。
「おまえ、カベロの狼か。俺の邪魔をするな」
現れたのは頬に傷のある男だった。殺気だった意思の強そうな眼差しで私を睨む男はジェイドの特徴そのままだ。こいつがラナディスの指導者で間違いない。
「その女をよこせ。その女は殺す。俺の祖国を取り戻すのにその魔術師は邪魔だ」
「彼女に戦闘の意思はない。戦う意思のない者を殺す道理がない」
「おまえの意見は聞いていない。戦争はまた始まったんだ。祖国を取り戻すまで俺が道理だ。俺は誰の指図も受けない」
ジェイドはまたしても青い炎を飛ばしてきた。
巨大な炎は私もろとも焼き尽くす気なのだろう。こいつもカベロから強力な力を貰っているようだが今までの私ではない。ジェイドが放つ炎を避けながら反撃のチャンスを窺っていたらジェイドは口角を上げて笑った。
「あいつが気に入っているだけあるな。だが、これはどうだ?」
ジェイドは逃げ道を作らないように、崖の先端に追い詰めるように地面から青い火柱を作り上げた。これでは逃げる手立てがなかった。それはこちらに徐々に迫ってきている。私は崖の先端まで逃げた。
自分一人であればこんな炎に構う事等ないが、今はジゼルがいる。ジゼルに怪我はさせない。
「しっかり掴まっていろ」
私は迫ってくる炎を背に崖から飛び降りた。
下には森が広がっているから木々が少しは衝撃を和らげてくれるだろう。それに私は死なない。
ジゼルをしっかり胸に抱えたまま落ちた私は木々に衝突しながら地面に落とされた。脚を先についたせいで脚が折れたようだがこの身体であれば無理はできる。私は他にも身体に刺さった木の枝を抜きとった。
「大丈夫か?」
私は抱えていたジゼルに目を向けた。
ジゼルは困惑しているようだがしっかり頷く。
「…ええ」
守れたのに安心をするも上に視線を向けるとジェイドは誰かと戦っているようだった。この魔力はブレイクだ。追ってくる可能性があったがこれはこれで有難い。
私はジゼルを抱えながら森の出口付近まで走った。脚に痛みはあるがこの身体は人間よりも痛みを感じにくいから少しよろけながらも走り続けられた。
「逃げろ。ここはもう敵の気配はない」
あと少し歩けば森から抜けられる所で私はジゼルを離した。辺りに魔力の反応もないし危険な要素は見られない。もう大丈夫だが私はこの姿では人前に出られない。
「怪我をしているわ」
心配をするジゼルは本当に変わっていなかった。
「私は死なない身体だ。心配はいらない。早く行け」
「でも、置いていけないわ。座って?手当てをするから」
「不要だ」
「死なない身体でもダメよ。痛みがあるでしょう?私は医者だから大丈夫よ」
私は狼なのに本当に心配をするジゼルははっきり断ってきた。そして自身のポーチを漁って応急処置のための道具を取り出す。彼女は誰に対してもこういう人だった。
私は仕方なくジゼルの言う事に従った。
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