第37話
ディータに攻め入るまではパタリと戦闘が失くなって平穏な日々が続いた。攻め入った街や村は全焼して再建も困難に陥っているし、助かった人間は少ない。
それに対しては罪悪感を感じた。私はいつか話してくれたジゼルの考えと一緒だから胸が傷んだ。
ジゼルは今頃どうしているだろうか?彼女にはあれから会っていないし、姿を確認しようとすらしていない。
私はもうジゼルに会うのが怖く感じていた。
私は罪のない人を殺すのに加担している。彼女の考えとは違う事をしている。彼女は、まだ私を愛してくれるだろうか。
日々が立つに連れて不安が増して、私は自分に言い聞かせていた。
彼女にどう思われようと私は私の道を行く。私は、ジゼルが生きてさえいてくれれば良いのだ。
だって彼女が生きたいと言ったんだ。私がずっと聞きたかった自分の想いを口にしてくれた。それ以上望んではいけない。望むな。
ジゼルは私がずっと守る。それだけに尽力すれば良い。
彼女はいないのに、彼女に会うのが怖いのに私はジゼルの事ばかり考えていた。
そんなある日、私はカベロにビレアに花を見せに行ってあげてほしいと頼まれた。
カベロは何時もビレアのために花を部屋に飾っていたのはビレアが花が好きだったからだったからだ。
私はいつもビレアを任されているのでカベロに言われた通りビレアを連れて花を見に行った。だが、カベロが送ってくれた場所はベシャメルのあの丘だった。
ジゼルと共に過ごした丘は何も変わっていない。
ビレアや他の花が沢山美しく咲いていて、カベロがここを魔力で管理していたようだ。
「ビレア、綺麗だね」
私は車椅子に座っているビレアに話しかけた。彼女はずっと眠っている。カベロはビレアの目を覚まさせるつもりのようだが、どのように自我を取り戻すのだろうか。ビレアを見ていると死んでいるとはやはり思えなかった。
手を握ると人の温もりを感じる。そして何より、カベロが本当に愛おしそうに彼女に話しかけていて、不気味さよりも深い愛情を感じた。
カベロの愛は終わっていないのだ。
彼女は愛を貫いている。罪のない人を殺しても、災厄の魔女と言われても彼女はビレアのためだけに生きている。
ただ妹を愛しているがゆえに彼女はそうしているのだ。
それは悲しくもあり、健気だった。
何も話さないのに、話しかける意味はない。だって話せないんだから。
そんな事は理解しているはずなのに、全て分かっているのにカベロは道を突き進み続けている。
深い愛と共にどれ程の想いに苛まれたのだろうか。
美しく咲く花に目を向けて私は切なさを覚えた。
百年以上も生きて、愛だけで乗り越えられる話じゃない。ビレアのためにこうやって花を見せてやるくらいだ、ビレアを想い過ぎる余りカベロは苦悩をしたに違いない。だから、私にもああやって言ったのだ。
彼女は私に強く生きろと教えてくれたのかもしれない。強く生きないと失くすだけだと。
そう考えていたらふと声が聞こえた。
「ローレン!」
何の魔力の反応も見えなかった。だから驚いた。彼女に視線を向けてもそれが見えないのに、彼女がいたから。
「……ジゼル」
「ローレン!」
信じられない表情をしていた彼女は泣きそうな顔をして私に抱き付いてきた。
「ごめんなさい…!私のせいで……ごめんなさい…」
ジゼルの温もりを感じて、彼女が悲痛そうに言うから抱き締めさえできなかった。知っていたのに。ジゼルならこうやって責任を感じるはずだって。
「……君のせいじゃない」
「違うわ…。私が望んだから……。私が死にたくないなんて言ったから……。ごめんなさい。もう、何も望まないわ。あなたが犠牲になるなら、私が犠牲になるから……お願いだから…帰ってきて…」
「……ジゼル」
ジゼルは私にすがりながら泣いていた。涙を流す彼女にそんな風に思ってほしくなくて、私は優しく涙を拭った。
「私は望んでカベロについて行っただけだよ。ジゼルは悪くない。君は何も悪くないんだ。悪いのは…全部私なんだ。君にあんな辛い思いをさせた。愛してるのに守ってあげられなくてごめんねジゼル」
「あなたは……何も悪くないわ。私を、助けてくれたじゃない……」
「それでも、君を死なすかもしれなかった。私が強かったらジゼルにそんな思いはさせなかったはずなんだ」
私は何も君のために差し出してなかったから、だから弱くて失いそうになってしまった。彼女を酷い痛みの中で苦しませながら終わらせてしまうところだった。愛しているのに何もしないからそうなった。
自分自分と自分の事を考えていたからそうなった。
だからジゼルのせいじゃないんだ。
「ジゼル、もう私を探さないでくれないかな?」
「え?」
愛しているから失いたくない。近くにいたら失くしてしまいそうで怖かった。ジゼルに触れるとあの時のジゼルの温もりを思い出す。生きていて暖かいのに終わってしまうのを肌で感じた。あんな恐ろしい思いはさせたくないし、もうしたくない。そばにいたいけれど、私には代償があって、君を失くす可能性があるなら私を想わないでほしかった
「もう、私について考えないでほしいんだ。私の事は忘れて、君は医者として生きてほしい。今は闘いも戦争に近いものになっているし、君は医者として生きた方が…」
「なんで?」
「え……」
遮った彼女の目から涙が溢れて、私は次の言葉に胸を打たれてしまった。
「私が…死にたくないなんて言ったから?…愛してるなんて…言ったから?」
「それは……」
それは正解でもあって、間違いでもあった。
確かにそれから全てが始まった。私の道が確立した。でも、君のせいじゃない。私がちゃんと意思を持っていなかったからなんだ。ジゼルは何も悪くない。
「…私、ずっとあなたに惹かれてたの。ずっとあなたを愛してた。今も、あなたを愛してるの。あなたを想わないなんて……もうできない。この想いは捨てたくない。……私のせいだとしても、望まずにはいられないの。あなたがそばにいてくれないと私は、私として生きていけないわ……。ローレン、……お願い。私のそばにいて。それ以外、もう望まないから。お願い……ローレン……」
涙を流し続ける彼女は涙を拭う事もせずに心のままに私に言った。私はそんなジゼルに涙が出そうだった。
君はやっと自分のために生きだしているのか。涙を流すのさえ躊躇っていたのに、いつも医者として生きていたのに、君はやっと心に従いだしたのか。
ジゼルの想いに胸が苦しかった。
「……ごめんねジゼル。そばにはいれないんだ。だけど、君は私が必ず守るから絶対に死なせない。ちゃんと見守っているからあんな思いはさせないよ。私はいつもジゼルを想っているから」
しっかりとジゼルを抱き締めていた。君が私のために言ってくれると、言葉では言えても遠ざけられなくなってしまう。愛しい温もりを心が欲してしまう。
「約束は守ってくれないの?」
力強く抱き付いてくる彼女に私はまた喜びと苦しみを感じる。君がくれた希望は私にとっても大切な大事なものだ。
「……守るよ。そばにはいれないけど、最後には必ず帰るから。私の帰る場所になってくれたじゃないか。必ず帰るに決まってる。ジゼルは待っていてくれるんでしょう?」
「当たり前じゃない。……あなたが帰って来れなくなったら困るもの。あなたを愛する人も、帰る場所もここにあるわ」
「うん。ありがとう。じゃあ、その時まで待っていて。私は必ず帰るから」
カベロが死なない限り永遠の時を生きる私はカベロが死ねば共に命が終わる運命である。
だけど、これは本当だ。死ぬその時はジゼルといたい。この約束だけは違えない。
身体を離すとジゼルは辛そうな顔をしていて、私は笑いかけて頬に触れた。彼女がとても愛しかった。
「ジゼル」
「……ローレン」
ジゼルは笑ってはくれない。ただ私を呼んで私の手を握ると私に寄り掛かるように凭れてくる。それだけで彼女が生きているのが実感できて心底安心した。この身を差し出して良かったと思ってしまった。私はジゼルが生きているだけで、本当にもう良いんだ。
「ローレン……愛しているわ。あなたを、愛してるの…」
「……私もだよジゼル」
すり寄るような彼女の顔を覗き込んで悲しそうなジゼルにキスをした。伝えていなかった愛情を伝えたかったのだ。それなのに、彼女はまた涙を溢した。
「……ローレン。もう、会えないの?」
「会えるよ。最後は必ず一緒だ。それに、私は君を守るからそばにはいないけど君を見てるよ」
「……そんなの、いや。ねぇ、……私、最後だけじゃ嫌。もっとあなたといたい」
「……私は、カベロと契約をしてるんだ。私の命はもう私のものじゃない。それに、これからは君の敵になる。だからそばにはいれないよ」
泣き続けるジゼルは表情を歪ませる。滅多に泣かない君が泣いているのを見るのは辛かった。それに君が泣いているという事は嘘偽りがないという事だ。
本心を口にしないジゼルが今は本心だけを語ってくれるから余計心苦しかった。
「あなたは敵じゃないわ。あなたは私と考えが違うだけなんでしょう。あなたには、あなたの考えがあるから…だから、私を受け入れてくれないんでしょう?」
「それは……」
「…受け入れられないのがこんなに苦しいなんて思わなかったわ。あなたは私を受け入れてくれると勝手に思ってしまっていたから……。本当に、ごめんなさい。……こんなにもあなたの考えを受け入れられないなんて……思わなかった」
視線を下げるジゼルは私の服を強く掴んで嘆いた。私だって愛しているから一緒にいたいけれど、私はもう人間とも言いにくいものになってしまって、魔女の支配下にある。
一緒にいるなんて無理だった。彼女はこの闘いに巻き込めない。でも、すがる彼女が大切で、愛しくて、拒みたくない。
「……ジゼル」
私はジゼルを呼び掛けて私を見てくれた彼女にキスをした。私の甘さはここにある。大切で失くしたくないがゆえに弱くなる。それでも、愛せずにはいられなくて、この気持ちは失くなってくれない。
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