第38話


「ごめんね。君の気持ちは分かってるよ…。分かってるのにごめん…。でも、それでも私は君を愛してるんだ……。愛してるから……ごめんね」


「…そんな風に言われたら何も言えないじゃない」


「うん。……ごめん。でも、待っていてジゼル。最後は君のそばにいたいから…。必ず帰るよ」


「…ええ。分かったわ…」


涙を拭うジゼルは少しだけ微笑んでくれた。彼女の優しさに私も微笑んでいた。


「…ごめんねジゼル」


愛おしくて切なくて私はまたキスをするとジゼルの肩を掴んで身体を離した。彼女がここにいるという事は他に魔女がいるだろう。長くいるのは危険だった。


「……私はもう行くよ」


「……ローレン」


「じゃあね、ジゼル」


ベシャメルの方を見ても魔力は見えないがあの手がかりから探しにきているのだろう。名残惜しいが私は車椅子に手をかけた。今はビレアがいるからこの子を守らないと。


「ローレン……」


私を呼ぶジゼルは泣きそうな顔をしていた。


「待って。……いかないで……」


「……大丈夫だよジゼル。そばにはいないけど、私は君を見捨てない。常に想っているし、ちゃんと君を見てるよ」


「……ローレン」


カベロに貰った指輪に触れて帰ろうとした時だった。ジゼルはまたしても強く抱き付いてきた。力強く抱き付く彼女の弱さを真に感じる。


「もう一度、抱き締めて?……そしたら、もう何も言わないから……」


彼女の願いはあの時と重なって、私は居たたまれなくなって抱き締めてしまった。彼女は生きていて、私が守っていくのにどうしてこんなに儚く感じてしまうのだろう。あの時の記憶は消えてくれない。この愛しい温もりを守れなかった罪は重い。私は本当に愚かだった。


「ローレン」


「なに?」


声を聞き逃さないように彼女に顔を寄せるとジゼルは私をじっと見つめた。


「私を、本当に愛していてくれる?」


「勿論。ジゼルが想ってくれてるように私はずっと想ってるよ」


ずっと愛している。彼女が大切で掛け替えがなくて、君のそばにいたかった。泣きそうな顔をしていたジゼルは目尻を下げるとキスをしてきた。触れるだけのキスなのにとても深い愛情を感じた。

君はまた、次は私のために気持ちを閉じ込めたのか。


「……ありがとう。ローレン」


「うん。……もう、本当に行くよ」


「ええ……」


彼女から身体を離してくれたのに、彼女は辛そうに私を見つめた。ジゼルが私を尊重してくれる優しさが身に染みた。君が優しいところが愛しくて罪悪感を感じて、それでもジゼルに笑いかけてからビレアと共に帰った。


帰ってからは決意が固まっていた。

彼女を守るのが私の使命だ。これは、たとえ敵の立場だったとしても何にも変えられない。絶対に死なせない。身を呈して君を必ず守る。




それから、開戦の幕開けは早かった。

穏やかな時間を過ごしていたのに、思った以上に早く準備を済ませたジェイドはディータにもうラナディスの戦士達を忍ばせているらしい。そして彼はラナディスの戦士をほとんどカベロの教えによって人狼に変えたらしい。人狼にした戦士はジェイドの支配下によって心臓を貫かない限り闘い続ける戦士になっている。

彼はあくまでも自分達で国を取り戻そうとしていたのだ。


そして今日の深夜十二時に闘いが始まる。

ディータがまた青い炎に呑まれて罪のない人々が死ぬ。


「ローレン。今夜は荒れるわよ。ただの闘いじゃない」


私とカベロはディータの街が見渡せる灯台に来ていた。街の棲みにある灯台では見る限り魔力の反応が幾つか見られる。その中にはジゼルの魔力も見えた。


「私はどうしたらいい?」


彼女は自分を守るようにと言っていつもそばに置いてくれるがそれは建前だ。私はカベロより弱い。彼女に本当は守られている。でも、いつも聞いていた。私の命は私のものじゃないから。カベロは明るく光る街の光を見つめながら言った。


「私達は混乱を招けば良いだけだわ。私が幽鬼を放って炎を降らすからあなたは私のそばにいて私を守ってくれる?」


「分かった」


「あぁ、でもあの子の元に行っても構わないわよ?その目でよく見ておきなさい」


「……ありがとう」


「ありがとう?お礼だなんて、いきなりどうしたの?」


彼女はおかしそうに笑いながら私に視線を向ける。彼女はいつも私を考えてくれている。


「カベロは強要しないし、私を考えてくれるから言っただけだよ」


「そんなの当たり前じゃない。可愛いあなたには辛い思いはあまりさせたくないの。教えるとは言ったけど私と共にあるのならば苦痛は最小限にしたいのよ。嫌な思いは誰だってしたくないでしょう?」


「でも、……君は、カベロは……辛くないの?」


彼女はいつだって穏やかだった。ビレアを見つめる目も優しくて愛情を感じる。そんな目で私も見てくれた。だから思っていた。こんなに愛情がある人なのにその道は辛くないのかと。カベロは私に微笑むとゆっくりと抱き締めてきた。


「あなたはあの子みたいに優しいわね。私はいいのよ。私はこの道を歩きながら忌々しい罪の報いを受けているの。私の、一生の罪だわ。一生をかけて償わなければならない罪よ」


「そんなの……そんな罪、あるの?戦争は今までずっとしていたのに、殺しあうのは当たり前で、皆自分のために生きてるのに……一生償う罪なんかあるの?…カベロはずっとビレアを守ってたんでしょう?」


カベロの腰を抱きながらただの気持ちを述べた。各々が各々のために生きるこの世界で一生の罪なんてどういう事なのか分からなかった。


罪の定義なら私の昔の生き方はジゼルの考えからしたら罪だろう。だけど、他の考え方からしたら?

正解なんて何処にもなくて、だけどどれでも正解として選べるけれど、今の世界では何においても定義が不明瞭だった。


だって間違いは一つもない。

間違いと言う人はいるかもしれないが、己が信じてしまえばそれは違う事になる。


「あるのよ。罪はあるわ。人にはね、失くしたその時や、誰かに気付かされる時が必ずくるの。それで初めて気付く時がある。その気付きで我に返るのよ。あなたも体験したでしょう?」


「……うん」


「それは忘れてはダメよ。それがなくなったらあなたはあなたじゃなくなる。常に心に従って、ちゃんと受け入れなさい。そうすれば、あなたの心が自然に導いて教えてくれるわ」


身体を離した彼女は微笑むと私の頬を優しく撫でた。カベロは分かっているのだろうか?全て分かっていて罪から目を逸らさないのだろうか。

彼女は終わりを見据えているのかもしれない。


彼女の気持ち全ては分からないけれど、カベロは私を考えてくれている。彼女は私を想って道を示してくれる。彼女の言葉には説得力があった。


「私の事よりも今はあなたよ。あなたは死なないけれど身体の一部を失うような事があれば再生させるのは困難だわ。だから無理してはダメよ?もし失ったのなら私が代わりのものを用意はするけれど元通りになる訳ではないわ。だから、身体は大事にしなさい」


「うん。分かった」


「いい子ね。それじゃあ、ジェイドを待ちましょうか。時間になれば彼が街に雷を落とすでしょう」


「うん」


もう闘いが始まる。ジゼルは私が守る。彼女の魔力を見つめながら私は時間まで待った。

夜だと言うのに市場はまだ賑わっていて人が多く見られる。ここは首都なだけあってあんな事があっても人は多くいる。もうすぐここは戦場になるのか。

時間が来るのは早かった。夜空には雲一つないのに突然落雷の音がした。凄まじい光が目に入ったと思ったら次々に雷がディータの街に落ちた。


それと同時にカベロは前に手をかざすと辺りから大量の幽鬼を出現させて空から雨のように青い炎を降らせた。

それだけでもう街からは悲鳴や逃げ惑う人々が現れて混乱を見せている。

そして街にはジェイドの魔力を持った人狼が人を襲っていた。


「魔術師も魔女もいるわね。ローレン、あの子達と争うのは気を付けなさい。今度こそあの子達は容赦をしないでしょう」


「分かった」


私は姿を狼に変えて灯台を降りた。逃げ惑う人の中に帝国軍が現れる。鎧を着た彼等は私の姿に剣を握ってやって来たようだがこんな人間は驚異でも何でもなかった。

死なない程度に凪払い、私はカベロがいる灯台を守った。私のそばにも幽鬼をつけてくれたカベロによって攻撃もそこまでする事はない。

私は目で辺りを確認しながら攻撃の意思があるものだけを蹴散らした。今は殺さなくてもいい。

カベロが幽鬼に人を喰らわせているから、私は私でジゼルのためだけに殺せばいい。


闘いに胸がざわつくけれどジゼルを考えれば以前よりもましにいられた。私は、私は彼女のような人ではない。私は沢山の人を何も思わずに殺していた人でなしだ。殺しが正当化される場所に身を置いていたけれど、私は彼女が否定をするはずの人間だった。


なのに今さら何を思っているんだと自分に笑いそうになる。今さら遅くて、あの時やっと彼女によって意味が分かったのに、今の今では取り返しがつかないのにどうしようもない人間だ。

まだ恐れが失くならないのは彼女がいるからだ。


力を貰ったくせに気持ちはついてこない。

覚悟したのに私は己を捨てられるのだろうか?

目でジゼルの魔力を探しながら私は駆け出した。

守りは元よりいらないだろう。

だってここには誰も気付いていない。

カベロは直接的に攻撃をしていないからここから攻撃をしているのに気付いていないのだ。魔力を見えないようにしている彼女は闘いを見ているに等しいから。


人に見られると厄介なので屋根に飛び乗って移動を開始した私はブレイクの魔力を見つけた。

城の付近で人狼と争っている。ジェイドの魔力も近くに見える事から闘いが激化するのが分かる。

しかし、今はジゼルだ。ジゼルは誰か魔術師と共に人狼と闘っている。近くに何体か見えているので囲まれるのも時間の問題だ。


早く行かないと。次は、次は絶対に守る。手が震えても、恐れを感じても守る。

屋根を伝ってジゼルの元まで行くと彼女はファドムと共に闘っていた。もう人狼に囲まれている。


「ジゼル!躊躇っていたらやられる!無力化しても無駄だこいつらは!」


「…分かってる!」


ファドムが率先して風圧を駆使しながら人狼達を翻弄していた。躊躇しているジゼルを守りながら闘っているファドムだけでは見るからに限界があった。

あぁ、何時ものざわめきを感じる。

でも、今殺さないと。ここでやらないと、なんのための力かも分からなくなる。

私は屋根から飛び降りて人狼の心臓を爪で貫いた。

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