第2話



丘を降った所にあるベシャメルの街に着いて依頼書に書かれていた場所まで向かうと早速依頼の件について話をした。ベシャメルから南の街のラハイナにいる親戚に荷物を届けるという内容だった。生きているはずだからよろしく頼むと言われた私は依頼金を半額受け取ってからラハイナに向かった。


馬を走らせて草原を駆けるも戦いの爪痕は今だ各地に残っている。戦争が終わっても争いは終わる事なく続いている。それを帝国は納めつつあるものの、一体いつになったら終わるのかと思いながら争った後と思われる死体を横目に走り続けた。



人が死んで、綺麗な街が壊れて、小さい時から見ていたが見ていたくなるものではない。

私が小さい時から各国と戦争は続いていたが隣国のラナディスとの戦争が終戦を向かえてから以前よりもまだ平和になった。


でも、闘いは容易くはなくならない。


馬を走らせ続けて小さな村に世話になりながら向かう事三日、ラハイナに到着するも見るも無惨な街になっていた。最近まで争っていただけあって建物は倒壊しており、死体がそこら辺に転がっている。それにあちこちで煙が上がっていて何かが燃える臭いと死体から沸き出ている腐敗臭に顔をしかめながら目的の人物を探した。


こういう場所には盗賊やら何やらが現れる事もあればまだ闘っていた奴らが残っていたりする。

私は警戒しながら腰に掛けている剣に手をかけた。何かあれば殺さないとこちらがやられてしまう。以前は軍人として生きていたから闘いや痛みには慣れているものの、闘いはなるべくしたくはない。


すると前から鎧を着た大きな剣を持つ男が現れた。見覚えのある赤い馬のエンブレムはラナディスの残党を意味する。私はそれで一瞬で察して剣を引き抜いた。なのに、剣を握る手が僅かに震える。ダメだ、ダメだ……。こいつは殺す。殺さないと私が生きられない。死ぬ思い等したくない。

まだ戦っていたラナディスの残党が生き残っていたのだろう。彼等は国を取り戻そうと戦争が終わっても闘うのを止めない。私を見やる男は剣を構えて素早く詰め寄ると斬りかかってきた。私はその重い剣を受け流して懐に入ると即座に左手で腰につけていたナイフを取り出して首を一刺しする。

うっ、と言う小さな呻きと共に倒れた兵士は絶命したようだ。


死んだ男を見つめながら冷や汗が頬を伝うのを感じた。あぁ、何だこの気分は。気持ちが悪い。でも、でも……大丈夫、大丈夫だ。私はやらなければならなかったんだ。何も間違っていない。そうやって自分を落ち着かせた。


殺すのに技はいらない。いかに急所を狙って、早く動けるかに掛かってくる。鎧を着ていてもそうしていれば殺すのは容易だ。ナイフを引き抜いて血を払い落とすとまたしても鎧を着た残党が現れた。三人も相手にするんじゃ部が悪いが死ぬ訳にはいかない。出会ったばかりのジゼルが頭に浮かんで、私は怪我を覚悟で駆け出した。

闘うのは慣れていた。だって物心ついた時から闘はなくては死んでしまうかもしれなかったから、常に闘って死なないように生きていたら自然に身に付いた。


殺す事に躊躇してはいけない。何も、思ってはいけない。殺して、殺されるなんてお互い様だ。

皆生きているのだし、死にたくはない。

それだから、ジゼルの言葉が頭を過った。

命は慈しまなくてはならない。それは、私にはない感覚だった。慈しむなんて無縁というか、自分以外はどうでもよかった。人なんて分からない生き物だ。優しくされても騙されて殺されるなんてよくある話だし、特にそれに何とも思わない。思ってはいけない。殺そうとするなら殺すだけ。


そこで例え命が終わっても仕方ないと思うだけ。


なのに彼女はなんで出会ったばかりの私に真剣な表情であんな事を言ったのだろう。

残党を殺してから私は震える手を握り締めた。ジゼルの事が頭から離れなかった。



それから多少の傷を負ったので手当てをしてから目的の人物に会う事ができた。荷物を渡すと心底喜んで受け取ってくれてサインをもらう。それから依頼人に渡してほしいとまた荷物を受け取って私はジゼルも待っているだろう街に帰った。

痛手を負わなくて済んだのは幸いだ。道中は安全に帰る事ができたし、ジゼルに貰った薬はよく傷に効いた。

帰ったらまたお礼を言おう。そう思いながら私は帰路を急いだ。


ベシャメルに着くとまずは依頼人に会いに行く。サインと荷物を渡すとありがとうと泣きながらお礼を言われて金を弾んでくれた。今回は良い事ずくしだ。私は金を大切にしまうとあの丘に向かう前にジゼルに何か土産を渡そうと考えた。しかし、あの日会ったばかりで私は彼女について何も知らない。だが、彼女がくれた包帯も薬も役に立った。


私は分からないなりに市場に向かうと甘い菓子を買う事にした。自分では普段食べないが甘い菓子は女性には人気がある。贈り物をした事がない私は喜ばないかもしれないという不安を抱えながらあの丘に急いだ。


少し日が傾いてきているからいない可能性があるが、いなかったらいないで明日一日中待ってみよう。

期待と不安を胸に丘まで馬を走らせると彼女の後ろ姿が見えた。


「ジゼル!」


声をかけて馬から降りるとジゼルよりも早くレトが駆けてきて私の足からよじ登って肩まで来る。そしてクゥクゥと鳴きながら顔を舐めてきた。


「レト、くすぐったいよ」


「おかえりなさいローレン。怪我はない?」


ジゼルはあの日と変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。それを見てなんだか胸が暖かくなるような感覚を覚えた。約束を守れて安心したからだろうか、私は頷いて答えた。


「大丈夫だよ。少し怪我はしたけど深くないし、ジゼルのおかげで問題ない」


「そう。なら良かった。ラハイナはどうだった?」


「まだ荒れてるよ。残党がいて、まだ争いが続きそうだった。それより、ジゼルにこれを」


私はジゼルのために買った焼き菓子を取り出した。喜ぶか分からないが彼女にはちゃんとお礼を言いたい。


「君がくれた薬が役に立ってお礼にと思って街で買ってきたんだ。甘い菓子なんだけど……好きじゃなかったら捨ててもいい」


「そんな事しないわ。ありがとうローレン」


彼女は綺麗に笑うと私の手から菓子を受け取ってくれた。気を遣った様子は感じられないし、受け取ってくれて良かった。ジゼルの様子にほっとしているとジゼルは来て、と私に言って背を向けて花の方に歩き出す。私は一つ返事をしてジゼルの後に続く。ジゼルは花を避けてさっきまで座っていたであろう布の上に座った。


「また依頼を受けに行くの?」


穏やかに花を見つめながら彼女は私に問う。私は隣に少し距離を置いて座るといや、と答えた。


「まだ決まってない。ベシャメルの依頼書を見てから考えるよ」


私には大して目的はないので急ぐつもりはない。それに流れ者の私は転々とするが速度は早くはない。いつも周辺の散策も兼ねて一月程は留まる。まだ争いは絶えないがこの丘のように花が美しく咲いて綺麗な場所も存在する。そういうものを見ておきたかった。綺麗なものは心が穏やかになる。


「そう。せっかくあなたが帰ってきたのにまた行ってしまったら心配すると思ったわ」


穏やかな声は私が気にかけていた依頼を受ける前に言われた内容と被る。私はずっと頭を占めていたそれを尋ねていた。


「……ジゼルは会ったばかりの私をどうしてそこまで気にかけるの?私達は全くお互いを知らないし、君が言っていた命を慈しむなんて……私にはよく分からない」


ジゼルを否定している訳ではないが各地で小競り合いが起きて人が死んでいる。ジゼルは確かにいい人だと思うがそんな事を知らない人にやっていては殺される可能性も否めない。なのに彼女は目尻を下げて穏やかに話した。


「人は脆くて壊れやすいのよ。生きるのは長く感じても死ぬのは一瞬なの。本当に呆気なく終わりがくるのよ。私は一年前の戦争に参加していたから、より命が尊く感じるだけ。人が死ぬのは散々見てきたら、大切にできるものは大切にしたいの」


「……ジゼルはあの戦争に参加してたの?」


言葉の節々は優しいのに衝撃的な話しだった。彼女からは闘いの痕も何も感じられない。穏やかで優しい雰囲気を出して、剣すら持っていない彼女が隣国との闘いに身を投じていたのには驚きを隠せなかった。


「私は魔術師なの。普段は医者として生きているけれど戦力としてあの戦争には参加したわ」


「そうなのか。君は医者だったのか」


「ええ。今はやっと取れた休みを満喫している所なの」


それなら合点がいく。だから私の首から頬に伸びる爛れた火傷の痕を見ても何も言わなかったのだ。戦争孤児だった私は戦場と化した街で昔酷い火傷を負った。顔は右頬だけで済んだが死ぬ思いをした火傷は体の至る所に醜く痕を残していて思わず顔を歪める程だ。


だが、彼女は私のようなやつを沢山見てきたのだろう。きっと私よりも酷い人を見てきたに違いない。

それに魔術師でもあるなんて、私なんかでは刃が立たないくらい強いのだろう。魔術師は希少な特別な人種だ。


「驚いた?」


ジゼルは声音を変えずに訊いてきた。


「驚いたには驚いたよ。私は魔術師を遠くでしか見た事がない」


「ふふふ。案外普通なのよ?皆身構えたりするけど、ただ魔術が使えるだけであとは何も変わらないわ」


「そうなんだね」


ジゼルは笑いながら言うものの、あの戦場を闘って生き残ったとは思えないくらい普通の人に見えた。綺麗な指先は女性らしくしなやかで、私の傷がついた汚い手とはまるっきり違う。魔術師は生まれ持った血筋によってなるもので、大地を造ったと言われる精霊の魔力が血に宿っているらしく普通の人とは際立って違うものであると聞いていたし、あの戦争には軍人として参加していた私は魔術師が魔術で人を殺すのを見たがとても人とは思えなかった。

何もない場所から炎を出したり雷を落としたりして戦う魔術師は武器を持たない。刃を持たずして人を殺すなんて、普通の人間からしたら考えられない。だが、実際に目の前にいるジゼルは美しい女性でしかなかった。


「ジゼルは魔術師にも医者にも見えないよ」


「ふふふ、そう?医者としてずっと生きてるから初めて言われたわ」


クスリと笑うジゼル。君は医者だから私にああ言ったんだね。命を慈しむなんて医者らしい言葉だと思った。


「そうか。それよりもジゼルが休みならここでもう少しゆっくりしよう。君は魔術師であり医者でもあるのなら忙しい身だったでしょう」


「……そうね」


彼女はさっきまで笑ってくれたのに笑いながらも顔に影が射したように見えた。穏やかな表情は変わらないのに若干曇ったように感じる。


「ジゼル、どうかした?」


「…いいえ、どうもしてないわ。…ねぇ、ローレン。私はしばらくベシャメルにいるから暇な時にここに来てくれない?休暇が久しぶりで何をしたらいいのか分からないの」


ジゼルの表情にはもう曇りは見えない。流されてしまったように感じるが私は一先ず頷く事にした。


「勿論。ここは綺麗だし、明日も来るよ」


「ありがとう、ローレン」


ジゼルは穏やかな表情で笑っていた。

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