第13話


「君が医者として生きてるのは見ていて分かるよ。それはとても尊敬できるし、立派だと思う。でも、私は君に医者じゃなくてジゼルとして接してほしいと思ってる。…まぁ、今は魔女の印があるから仕方ないけど私は最初から医者と言うよりも君をただの女性として見てるよ。だから、私にはそうやって悩まなくても平気だよ」


ジゼルは自分の為の生と言うよりも医者として生き過ぎている。彼女の本当の部分が医者としての生き方に殺されては彼女自身を追いやる。苦しみに繋がるそれはどうにか避けさせたかった。

ジゼルは私に視線を向けると小さく笑ってくれた。


「そうね。あなたは最初私を医者とは知らなかったし、何時も私の気持ちを考えてくれているものね。……私は医者として生きていたから、自分の気持ちを話すのは苦手だけれどあなたがそう言ってくれるなら努力するわ」


「うん。ありがとうジゼル。でも、言いたくないなら言わなくて良いからね」


「ええ。ありがとうローレン」


何の不安や陰りも見せずに微笑んでくれるジゼルに私は自然に目尻が下がった。彼女がこうも素直になってくれた変化が私にはとても嬉しかったのだ。私は髪を撫でていた手でジゼルの綺麗な頬を指で撫でた。先日は腫れて痛々しかったが今はその面影すら無くなっている。


「顔はもう大丈夫そうだね」


「あなたが心配するからちゃんと治したもの」


「怪我してる人は我先に治そうとするのに自分は疎かにするからだよ」


笑いながらあの日のジゼルを思い出す。私が言わなかったらあのままで平然と過ごしていただろう。彼女は言い訳のように眉を寄せて呟いた。


「‥そういうつもりじゃなかったわよ?……私は、医者だもの。……自分よりも他を優先するのは当たり前だわ」


「何とも思ってなかったくせに。ジゼルは嘘が下手だね」


優しく正直に生きているがゆえに判りやすい反応をする。言わないで隠していると深くは窺えないが言ってしまえば私にはジゼルが前よりも理解できている。ジゼルは私の手を掴むと少しふて腐れたような顔をした。彼女はたまに子供っぽい。


「……医者は自分が怪我をしても治療しないといけない時があるのよ?何時なんどきも魔力は温存しておかないといけないし……」


「そうかもしれないけど、私は心配するし君が傷ついてるのを見ると辛くなるよ。そもそも君は女性で綺麗なんだから傷を放置するなんてもっての他だよ」


「……そう言うあなただって……、これはどうしたの?」


ムッとしていたのに躊躇うように尋ねる彼女は私の頬にある火傷の傷に触れた。火傷によっておうとつができてケロイドのように痕が残っているそれを優しく指でなぞられる。首筋から頬に延びているそれは消せない記憶を残した。ジゼルは最初から何も言わなかったけど彼女が気になっていないはずがなかったか。


「子供の時にね、拾われた孤児院があった村が賊に襲われて火事になったんだよ。それでこの様なんだ。汚いから触らなくていいよジゼル」


「汚くなんてないわ。私は皮膚の再生の研究もしているから……いつかあなたのこれも治せたら良いわね」


嫌悪感や動揺を見せないジゼルはただ悲しそうに目を細める。治せたら等とは思った事がなかった私にはジゼルの慈悲深い心にまた優しさを感じた。気付いた時から一人で死に物狂いで生きていたから、孤児院が火事になってから転々としていて安心して身を寄せる所はないのだ。


「ありがとうジゼル。でも、私はこのままでもいいよ。ずっと此れで生きてきたしそこまで気にしてない」


「だめよ。私が気にするわ。あなただって女性なのよ?傷があってもあなたは綺麗だけど将来結婚や子供を考えるとなると絶対にだめよ」


「え?……ふふふ、それはジゼルじゃないの?君は求婚をことごとく断ったみたいだね。カーラから聞いたよ。君こそ考えるべき人だと思うけど」


大真面目に言われて悪気はないのだが笑みが溢れてしまう。生真面目な性分に触れるのは心地好いがこれは彼女の方の話だ。


「そ、それは……。そもそもお互いによく知りもしないのに結婚なんて無理よ。私は治療も常にしていかなくてはならないし、研究だって進めないといけないし…」


「じゃあ、本当に好きな人ができたらどうするの?」


「え?それは……」


言い訳のように慌てて述べてきた彼女に訊いてみた。彼女の本当の思いを聞いてみたい。ジゼルは一瞬で戸惑いながら困ったように視線を泳がせる。カーラの先生は医学にしか興味がないと言う言葉は撤回できる表情だ。黙って待っているとジゼルはぽつりぽつりと話し出した。


「それは、……本当に好きな人ができたら……私は……」


「私は?」


「……きっと、何もしないわ…」


苦笑しながら思わぬ事を言われた。普通なら意識をしてもらう等と言うと思ったのに、予想とは違う回答にジゼルは更に付け足すように口を開く。


「特別には思うけど優先できないと思うの。もし沢山の患者の中に好きな人がいても私は一番に治してあげられない。私は一番命の危険が迫っている人を先に助けるもの。それに、助けを求める人がいたら私は必ずその人を優先してしまうわ。……だから、例え好きになっても想いは伝えないし、何もしない。優先もしてくれない人に想われても嫌でしょ?」


医者としての強靭な理性はこんな所でも影響しているのが心苦しくなる。彼女だって普通の人で女なのに医者としての生き方は彼女の心すら支配しているようだった。医者としてじゃなくてジゼルとしての答えは違うんじゃないの?そう聞き返したいけれど優しい彼女は自分の信念に絡ませずにはいられないのだろう。


ジゼルは命の終わりを沢山見てきた。愛の終わりと共にずっと見てきているのだ。怪我や病気をしないなんて言い切れないけれど、その時が来たら感情ではなく理性で動かねばならない。姉の死を後悔している彼女は感情に流されるのを悔いているのだ。感情を制御しなければまた同じ事を繰り返すと。哀れみのような気持ちに苛まれて私は優しく否定した。


「嫌じゃないよ」


「で、でも、…あなたがもし大怪我をしてるのに他に患者がいるからって見向きもされなかったら嫌でしょう?」


言っている意味はよく分かるが彼女が見向きもしないなんてあり得ないと思った。医者としてはそうかもしれないが彼女の心はちゃんと捉えてくれるはずだ。だってジゼルは優しいもの。


「ううん。君を大切に思うからその考えは尊重するよ。それに私が怪我をして何も思わないジゼルじゃないでしょ?」


「そんなの当たり前でしょう。何も思わないなんて無理よ」


心からの強い返答はジゼルとしての言葉のようで心苦しさが失せた。君はやはり優しいのだ。


「うん。だから嫌じゃないよ。優先されなくてもそうやって思ってくれるなら嬉しいよ。医者として動いていても一番想ってくれているなら私は幸せだと思うよ」


ジゼルは誰よりも大切に想ってくれるに決まっている。それは幸せ以外に言えないはずだ。優先したいと思いながら感情を理性で抑え込んで彼女は医者として使命を全うするのだろう。それは寧ろ誇らしく感じる。でも、彼女の不安は消えなかった。


「……本当に?その時になったらまともに顔も合わせられなくて、話もできないのよ?応急処置だけしてちゃんと治療するまで痛みを我慢する事になる……。それでも、そんな風に思ってくれるの?」


「思うよ。痛くても君は絶対助けてくれるから君のもと迄来たら安心するよきっと。君が医者として動いていれば君が生きてるのが感じられて嬉しいと思うし、ジゼルは優しいから沢山想ってくれると思うからね」


不安が無くなるように私は優しくジゼルの手に自分の手を重ねる。ジゼルを大切に思うなら彼女の不安なんて些細な事に過ぎない。ジゼルは一瞬目を逸らして恥じらいを見せた。


「……そう」


「…まだ何か不安?」


「そうじゃなくて……、なんでそんなに信じられるの?私は…もしかしたらそんな人じゃないかもしれないのに…」



不安は消えたけれど次は戸惑うように、恥じらうように問いかけられる。嘘がつけない性格なのに何を言っているのかと内心くすっと笑ってしまった。私はジゼルの目を真っ直ぐ見つめた。


「大切だからだよ。ジゼルが大切だから信じてるんだ」


「……いきなり、何を言っているの……」


ジゼルは赤らめた頬を見られたくないのか身体を反転させて背中を向けてしまった。嘘は無いのに彼女は見掛けによらずこういう可愛らしい反応をするものだ。私は笑みを浮かべながらジゼルに少し近寄ると腕を伸ばしてジゼルを抱き締めるように後ろからジゼルの手に自分の手を重ねた。彼女は恥じらってしまったが念を押すように言った。


「ジゼル、本当だからね。私はそれだけジゼルを想ってるから」


それだけ言って直ぐに手を離して離れようとするも彼女は私の手を掴まえるように指を絡ませて手を繋いできた。


「……分かっているわ。……私も、あなたを…大切に想っているもの。私、……あなたに何かあったら……困るわ……。……あなたを……失くしたくないと思っているし……」


「うん。分かってるよ」


「……」


医者としてははっきりものを言うのに妙な間が空くのは彼女個人としての気持ちなのだろう。つくづく自分の気持ちを述べるのが苦手なのが言葉や態度からも伝わるが、基本の心根は医者としても彼女自身としても優しさが滲んでいる。私は手を離してくれないジゼルの背中に密着するようにくっついた。気持ちはもう充分伝わった。


「ジゼル、もう寝よう。おやすみ」


「…ええ。おやすみなさい」


振り返らないジゼルは一度強く手を握ってきたので私はそれに応えるように握り返した。

そして私達はそのまま眠りについた。



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