第24話



「妹をよろしくねローレン。少し遊び過ぎたわ。私はもう行くからまた今度会いに来るわね」


笑ってそれだけ言うと空間に黒い渦を生み出したカベロはその中に消えていった。

私は慌ててミシェルカに近寄って身体中に刺さった氷の杭を抜いた。至る所から出血していて、青い血にまみれている。

ミシェルカは息をしているものの気を失ってしまっているようだった。とにかくブレイクを探しだしてミシェルカを見てもらわないと。この状況では普通の医者に見せる訳にはいかない。マントを脱いで青い血が滴らないようにミシェルカの身体に巻いた。早くブレイクを探さないと。


ミシェルカの身体を抱き上げて馬に乗る。ミシェルカが降らせていた雨がいつの間にか止んでいる。ミシェルカが弱っているからだろうか、急いだ方がよさそうだ。私はミシェルカをしっかりと抱えながら医術師会に向かった。カベロが去ったのならもうディータの襲撃は終わった筈。ならばブレイクは医者として動いている可能性がある。


医術師会に着くと忙しなく人が動き回っていたがミシェルカを腕で抱き上げながらブレイクを探した。そこら中が怪我人で溢れ返っていてブレイクが見当たらない。誰か医術師会の知っている人に話を聞こうにもそれすらも見当たらない。ミシェルカを抱えながら右往左往していると後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。振り替えると男の姿をしたブレイクがいた。ブレイクは所々傷を負っているようだったが無事のようだ。


「ブレイク!ミシェルカが!」


「ミシェルカ!!一体どうしたんだ?」


「カベロにやられた。身体中に傷があるんだ」


気を失った血だらけのミシェルカを見て驚愕したブレイクはカベロの名を耳にすると眉間に皺を寄せる。


「一旦城に戻ろう。こっちに来い」


「うん。分かった」


ブレイクの指示通り付いていくと医術師会を出て一通りのない路地裏に入る。辺りを確認したブレイクは私の腕を掴んだと思ったら一瞬にして城の大広間に着いていた。


「こっちよ。すぐに処置するわ」


「うん」


歩きながら女の姿に変わるブレイクはミシェルカが私に魔術を掛けてくれた部屋に案内する。私は部屋に着いてすぐにミシェルカをベッドに寝かせた。どくどくと流れる血は止まらずにベッドを青くする。ブレイクは医療器具を出して処置を始めた。


「私は何かする事はある?」


ミシェルカがやられて、これだけ血を流していて冷静でいられない。心配でブレイクに目を向けるもブレイクは手際よく処置をしながら話した。


「あなたも怪我をしているでしょう。治療をしてあげたいけど私も他の魔女も今は手が離せないから医術師会に戻りなさい。ジゼルが大規模に怪我人を受け入れて治療をしているわ。私も途中まで参加していたけど重体な患者はあの子が筆頭に処置しているから他の医者は手が空いて軽傷者を診てる筈よ」


「でも…」


「大丈夫よ。出血も傷も酷いけど心臓が無事なら魔女は死なないわ。今はとにかく怪我を治療してもらいなさい」


「……うん。分かったよ」


冷静な指摘は私の頭を冷やした。そうだ、ブレイクの言う通りだ。カベロはわざと殺さなかった。同じ魔女なのに確かな力を見せ付けるように彼女は自らの妹に酷い仕打ちをしたのだ。


「なら行きなさい。あとは私がやるわ」


「うん……」


ミシェルカの顔色は真っ青で胸がざわつく。


「ローレン、ミシェルカを助けてくれてありがとう」


「……私は何もできなかったよ」


「何言ってるの。ミシェルカを連れて来てくれただけで充分よ」


それでも私は何もできなかった。力がないからただ見ているだけだった。不甲斐なくて拳を握りしめる私の手をブレイクは優しく握ってくれた。


「ミシェルカもあなたも生きているんだからもういいのよ。誰も死ななかっただけ運が良かったわ」


「……」


「ほら、もう行きなさい。ちゃんと治療して安静にしているのよ」


「うん」


優しく肩を叩かれて私は部屋を出た。誰も死んでないのは確かに唯一の救いだった。ブレイクもミシェルカもジゼルも私も死んでいない。だけど、だけどあの時のミシェルカも、カベロの言葉も私の頭から離れなかった。


あれは私に向けられているかのようにも感じてしまったからだ。


重い気持ちをどうにか切り替えて医術師会に戻ると先程と変わらずに怪我人が沢山いて慌ただしく人が動き回っている。私は偶然会ったカーラに怪我を診てもらって処置をしてもらうとジゼルの部屋に戻った。

あまり動かさないで安静にしているようにと言われたので取り敢えずソファに座って身体を休める。それでようやく緊張が解けたようで、自分を落ち着けられた。今は休んだ方が身のためだが思考が止められない。カベロとミシェルカには深い確執があるようだった。複雑な思いがあるのは感じ取れたがミシェルカは攻撃すら封じられてしまっていたように見えた。あんな一方的にやられてしまうなんて同じ魔女なのにカベロの強さに今更恐怖が滲んだ。



あいつは私や他の者をいつだって殺せる。魔女の名に相応しく常人よりも全てが上回っている。それなのに、それをしないのは気まぐれで、殺す必要もないと思われているのだろうか?ミシェルカだってあのまま殺せたのに屈辱を与えるためなのだろうか?それにラナディスとの契約とはなんだ?


ああ、分からない。まだ、何もあいつについては分からない。

分からないけれど、強い信念染みた意志があるのは理解できた。その揺るがない気持ちは誰にも従うつもりはないと。

カベロはその為なら文字通り何でもするのだろう。

ラナディスの残当の事もあるが帝国は今回の件で魔女が実在するのを確認しただろうからまた争いが始まる。

今日のディータの襲撃は始まりに過ぎないのだ。




騒がしい音や声を窓から感じながら私は目を閉じた。

ジゼルが気になるが、今は休もう。

ソファに凭れて身体に感じる強い疲労のせいで私はすぐに眠ってしまった。




眠りから覚めたのは真夜中だった。

眠る前に比べると窓の外が騒がしかったのにしんと静まり返っている。しかし、部屋を見渡してもジゼルはいなかった。部屋に返ってきた形跡すらないとなるとまだ怪我人を治療しているのだろうか。

さすがにもう普通の人は休む時間なのに、彼女の身体が心配だった。ジゼルを探しに行こう。顔を見たいし、彼女が気掛かりだ。


立ち上がって部屋を出て解放されていた下の階に向かおうと歩いていたら前から探そうとしていたジゼルが歩いてきた。彼女は無事だとブレイクの話を聞いて思っていた私は思わず駆け寄っていた。いつものローブを着ていないジゼルはシャツとパンツ姿だが頭や腕に包帯を巻いていたから動揺していた。


「ジゼル!怪我をしたの?!大丈夫?!」


「ローレン。無事で良かったわ。私は大丈夫よ。見た目より酷くないの。あなたは大丈夫なの?腕を刺されていたと聞いたわ」


薬品の香りが強くするジゼルは安心したように笑うもすぐに私を心配してきた。


「私は大丈夫だよ。ちゃんと治療してもらったから。痛みも引いてる」


「そう、良かった。じゃあ、まだ休んだ方がいいわ。私も仮眠を取ろうと思っていたの。来て」


「うん……」


ジゼルにしては強く手を引かれて私はもと来た道を戻る。ジゼルが休めるようで安心するが急ぐように歩くジゼルにどうしたのか戸惑う。

でもそれはすぐに解消される。

部屋に入って扉を閉めた瞬間、ジゼルが強く抱きついてきたのだ。どうやら彼女は不安が勝っていたようだ。思いもよらない抱擁に私は扉に少し凭れながらジゼルを抱き締め返した。


「……無事で良かった……」


「うん。ジゼルも無事で良かったよ」


随分心配を掛けさせたようで何だか申し訳なくなる。更に強く抱きついてくるジゼルを安心させるように優しく背中を擦った。


「大丈夫だと信じていたけれど……怖かったわ。あなたを見るまで不安だった……」


「うん。心配掛けてごめん。でも、ちゃんと約束は守ったよ。ちょっと怪我したけど」


「……ええ、そうね。ちゃんとあなたは守ってくれた。……嬉しいわ」


「私も嬉しいよ。ジゼルも約束を守ってくれて」



私の胸元に顔を押し付けてくるジゼルの表情は分からないが不安は消えている。そこにほっとした。ジゼルは心配性だから不安を感じやすいと思うから。私はジゼルの腕の力が緩むのを感じてから耳に顔を寄せる。


「ジゼル、もう休もう。疲れたでしょう?」


「…ええ」


素直に抱き締める腕を解いたジゼルと笑いあうとジゼルの肩を抱いてベッドに座らせた。怪我をしているのに今の今まで治療していてジゼルの顔には僅かに疲労を感じる。それと共にジゼルの包帯が痛々しくて心配が沸き出る。ちゃんと休んでほしいが医者としては無理だろう。少し屈んでジゼルの顔色を窺っていたらジゼルはそっと手を握ってきた。


「そんなに心配そうな顔をしないで?」


「ジゼルは大切だから心配だよ」


「ふふふ。あなたは本当に……。ねぇ、隣に来て?一緒に寝ましょう」


握られた手を引かれる。ジゼルは何時も通りだ。私は笑って返事をするとふたりで一緒にベッドに入った。そしてすぐに彼女はそばまで来ると頭を撫でてきた。これには心地好くなって笑ってしまう。


「また?」


「ええ。あなたって可愛いらしいから撫でたくなるの。いや?」


「嫌じゃないよ。気持ちいい」


「ふふふ。ローレン」


「ん?」


すぐ近くにいた彼女が間近まで来たと思ったらジゼルが頬にキスをしてきた。穏やかに笑う彼女に愛しさが込み上げる。


「約束を守ったご褒美?」


「そうね。それもあるけど……あなたは大切なの」


「そっか。じゃあ、私と一緒だ」


嬉しくなって私もジゼルと同じようにキスをすると彼女は微笑んでくれた。


「私へのご褒美?」


「うん。もっと欲しい?」


「ええ。もっとちゃんと抱き締めてほしいわ」


「うん。分かったよ」


彼女の要望通り腕を回して彼女を抱き寄せた。密着しているジゼルは暖かくて安心してしまう。ジゼルはお礼を言うと何時ものように笑いながら私の首に抱きついてきた。愛しい温もりだった。


「ちゃんとここにいてねローレン。暗くなったら帰ってくるのよ?」


「うん。次は破らないよ」


「ふふ。破ったら次は怒るわよ?」


「え、分かったよ。絶対破らない」


「ええ。約束よ」


私を大切にしてくれるジゼルの気持ちが嬉しくて私はジゼルを抱き締めながら笑った。無事に会えたジゼルの気持ちが嬉しくて愛しかった。



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