第25話


ディータが魔女に襲撃された事件は瞬く間に帝国中に広まった。それは新聞にも載って、帝国は魔女とラナディスの残当による宣戦布告を受けたとも発表していた。対抗姿勢を取る判断を下した帝国は全面的に対立するようだが如何せん魔女の足取りは掴めないままとなっているようで情報収集に努めながら民には細心の注意を払うように警告された。



あれから数日が経った私は相手がカベロでは足取りを掴むのは骨が折れるだろうと思いながら新聞を読むのを止めた。ジゼルはあれから忙しなく医者として動き回っている。あの日顔を会わせたきり彼女とは入れ違いのようになっていて、私が眠っている時に帰ってきているようで起きる頃には何時もいない。そんな彼女の身体が心配だが時折医者として働いている彼女を見かけると少し安心した。


医者として動いているジゼルは真摯な表情ばかりで堅い感じがするが私に気付くと目尻を下げて目配せをしてくれる。忙しいのにそうやって私に気を配ってくれる優しさに私は笑って返しているが怪我も治っていない彼女に何もしてやれないのが嫌で傷が良くなってきた所で何かできる事がないかカーラに聞いてみた。


すると死者が一定数出ているようで埋葬する事や崩壊した建物の瓦礫の撤去に人手が足りないと教えてくれた。なのでそれに参加しようと思う。まだ腕は力むと痛いが痛み止めを貰っているので問題ないだろう。


死者を運ぶのは骨が折れるが死者はそれなりの数があった。墓地では死んだ者の家族等が泣いていて切なく感じるも埋葬をしっかりと行った。この大きな街でこの被害なら少なかったと思う。それよりも瓦礫の撤去作業が大変だった。押し車に乗せて撤去するのは帝国軍が総出で行っていたようだが街の被害は思ったよりも出ていたようだ。一つ一つは大きくないが広い範囲で炎や幽鬼を放っていただけあって至る所で建物の崩壊が目につく。


私は何日か死者の埋葬と瓦礫の撤去に勤しんで帰ってきたらジゼルがいた。今日もいないと思っていた私は帰ってきてすぐに近寄ってきたジゼルに驚いた。


「ジゼル?何でここに?」


「ようやく落ち着いたのよ。皆が頑張ってくれたから交代だけどちゃんと休めるようにしたの。それよりも汚れているわ」


「え、あぁ、ごめん」


会えたのと話せたのは嬉しいが撤去作業で汚れていた顔をハンカチで優しく拭かれるのは少し気恥ずかしかった。


「死者の埋葬や瓦礫の撤去を手伝っているようだけどまだ痛みがあるでしょう?」


「え?知っていたの?」


知らないと思っていたからやっていたのにジゼルが口にするものだから驚いた。これは怒られるかもしれない。


「あなたを見掛けた人が何人もいるのよ。有り難いけれど力仕事はまだ控えないと傷に触るわ」


「そんなに痛まないから大丈夫だよ。それに今は大変な時だから何か役に立ちたいんだ」


「……なら魔術を掛けてからにして。私が掛けてあげるから痛み止めだけでは心配だわ」


「え、…うん。分かった」


心配をするジゼルはダメだと言うと思ったのに意外にも渋々了承してくれた。それからソファに座ってジゼルに念のため傷口を診られて魔術を掛けられた。今は治療の名目だけどジゼルがそばにいるのが嬉しくて素直に有り難く思っていたらジゼルと目が合った。


「痛い?」


「え?いや…ううん。痛くないよ」


「そう。痛かったら言ってね?」


「うん」


君をただ見ていたとは言えなくて誤魔化してしまった。ジゼルが勘違いしてくれて良かった。包帯を巻き治してくれたジゼルは処置を終えた。


「もう良くなってきてるからそろそろ包帯は取れそうだけど無理に動かしてはダメよ」


「うん。分かった」


「あまり心配させないでねローレン。やるなとは言わないけど怪我をしないようには気をつけて」


「うん。……ジゼル」


穏やかに笑う彼女の目は心配そうで少しだけ申し訳なくなる。でも、それよりもちゃんと顔を合わせて話せたのも嬉しくて私はジゼルを徐に抱き締めていた。


「…ちょっと、ローレン?いきなりどうしたの?」


受け入れてくれる彼女は少し驚いているが穏やかなままだった。


「あれからちゃんと会ってなかったし話せてなかったから」


「…そうだったわね。ごめんなさい。でも、これからはちゃんと時間が取れるから大丈夫よ」


素直に気持ちを話すとジゼルは抱き締め返してくれた。密着したジゼルの身体は何時も通り暖かくて柔くて触れるだけでも嬉しくなる。でも、彼女が心配してくれるように私も心配だった。


「疲れてる?」


「疲れてるのはあなたでしょ?力仕事をしてきたのに」


「私は体力はある方だから問題ないよ。それより君だよ」


「私だって医者なんだから体力はあるわ」


「本当?」


「本当よ。そんな事で嘘はつかないわ」


「そっか」


小さく笑うジゼルの顔を覗き込む。優しげな彼女の顔をじっと見つめながら距離を積めた。体力はあるのだろうが目元は疲れている感じがする。ジゼルは少し戸惑っているようだった。


「…次はなに?」


「そうだな…ジゼルの顔をよく見たくなった」


「え?」


「ちゃんと顔を見てなかったから」


困惑を深めたジゼルに本心で思っていた事も言ってみたらもっと困惑し出してしまった。目と鼻の先にいるジゼルは私が腰に腕を回してしまっているので動きはしないが目線を逸らしてしどろもどろになっている。彼女の普段の落ち着きは消えていた。


「あ、の……いきなり、そんな事言われても……というか、そんなに近寄らなくても……見えるでしょう?」


「でも、よく見たい。ジゼル、こっちを見てよ」


「……見たわ」


「うん」


ジゼルは何だか困ったような顔をしながらも私に視線を向けてくれた。目前にいるジゼルは相変わらず綺麗で美しいが動揺からか穏やかな笑みはない。何でそこまで動揺しているのかは分からないが愛らしく感じて微笑みが漏れた。


「……何がおかしいの?」


そうして笑ったのはジゼルは気に入らないようだった。少しむくれる彼女にまた笑みが漏れる。おかしくて笑ったんじゃないのにたまに見れるジゼルの珍しい表情が心を擽る。


「おかしくないよ」


「じゃあ、何で笑うの?……私をあんまりからかわないで」


「そうじゃないよジゼル」


終には目線を逸らされてしまって私は暖かくなる胸の気持ちに従ってそっと頬にキスをした。触れただけのそれにジゼルは驚いてまた私に視線を向ける。初めてではないのにまるで初めてするかのように彼女は頬を染めていた。


「…ローレン!……いきなり何するの?!」


「したくなったから。前もしたし…嫌だった?」


「…嫌ではないけど…、いきなりされると驚くわ…」


「じゃあ、聞いてからならいい?」


「……まぁ、いいけれど…」


あの日は自分からしてきたのによく分からないが聞いてからしていいならそうするまでだ。ジゼルへの気持ちを自覚したせいで彼女に触れたいのだ。


「してもいい?ジゼル」


まだ頬を赤らめるジゼルに尋ねる。抱き締めるのもいいけれど、一度覚えてしまったこれは止められそうにない。ジゼルは無言で小さく頷いてくれたので私は笑ってまた頬にキスをした。

一度では足りず、二度三度と頬の至る所にキスをする。ジゼルは恥ずかしそうに視線を下げてじっと受け入れてくれた。そんな姿も私には愛しく見えて胸が熱くなる。


「ジゼル」


「……なに?」


「顔が赤いよ」


キスを止めて赤い頬を指でなぞる。普段より可愛らしいジゼルは赤いまま耐えきれないかのように口を開いた。


「……あなたがキスするからでしょ…!」


「でも、前は赤くなかった。ジゼルは色白だから分かるよ」


「もう!その話しは止めて……!」


「……ごめん」


抗議してきたジゼルはそのまま私の胸に凭れてきた。そして顔を隠すように額を押し付けて服を強く掴まれる。可愛かったら言ったんだけど言わない方が良かったかもしれない。謝罪を込めて軽く抱き締めてあげると彼女はそのまま話し出した。


「ローレン。言っておくけれど、その、こういう事は軽々しく他の人にしてはダメよ。特に男性には…」


「ジゼルにしかしないよ」


「……じゃ、じゃあ、するなら二人きりじゃないとダメよ。他に誰かがいたら、その」


「うん。それは分かってるよ」


「……」


「ジゼル?」


何かまた間違えただろうか。当たり前の事をしっかりと答えたつもりなのにジゼルは黙ってしまった。今は顔が見えないしジゼルがどう思っているか分からない。覗き込もうにもこの体制では無理だ。もう一度呼び掛けようとした時、ジゼルがモゾモゾ動いて顔を上げた。さっきとまるで変わらない表情に怒ってはいないと安堵していると肩に手を添えられる。胸元にいたジゼルが少し延びをして至近距離まで来ると頬にキスをして首に抱きついてきた。


「私も、あなたにしかしないから、私以外は本当にダメよ…」


「うん。分かってるよ。ありがとう」


嬉しくてまた笑ってしまった。これは二人だけの許された行為と言う訳だ。この癒されるような嬉しい触れ合いを約束してくれるジゼルが愛しくて私はほんの僅かにジゼルを強く抱き締めて温もりを感じた。



ジゼルはそれからというもの私が起きている時間に帰ってくるようになった。それでも難しい顔をして分厚い医学の本を読んだり何か書類仕事をしていたので私は中断させるべくそれとなく話し掛けて穏やかな時間を過ごした。

そんなある日だった。今日も今日とて瓦礫の撤去に参加しようと医術師会を出ようとした時だった。


「貴様。私に付き合え」


「……私?」


「ここには貴様と私しかいないだろう。バカなのか貴様は」


「……」


まさかファドムに話し掛けられるとは思いもよらなくて一瞬戸惑った。出入口に立っていたファドムに此処にいるなんて珍しいなと思ったら睨まれてこの言いぐさである。私は何もしていない筈なのだが彼には最初から嫌われている。なのになぜ、私は付き合えと言われたのだろうか。


「おい、聞いているのか?早く付いて来い。私も忙しいんだ」


「いや、あの、……どこに行くの?」


「大した場所じゃない。説明した所で無駄だ。いいから早く来い」


「……うん」


悪態を付きながら急かしてくるので不本意だが付いて行く事にした。彼は私を連れてどこに行こうと言うのだろうか?説明位してほしいものだがしつこく聞いたら怒りだしそうなのでさっさと歩いて行ってしまったファドムの後を小走りで追いかけた。

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