第22話


「ミシェルカ、ローレン。ディータにカベロが来てるわ。幽鬼を人間にけしかけて炎を放っているそうよ」


「ついに来たのか」


「そう。じゃあ、私も行きましょう。街を守らないと」


「ええ。ミシェルカは炎を頼むわ。私は幽鬼をやるから」


落ち着いた様子で受け答えする二人と共にここに来た時に通ってきた絵画の前に向かった。そこには他の魔女も何人かいてジゼルもいた。ジゼルと目が合うとジゼルは心配そうにやってきた。


「ローレン、印は抑えられたの?」


「うん。ミシェルカが魔術を掛けてくれたから大丈夫だよ」


「そう。良かったわ。身体も大丈夫なの?」


「うん。大丈夫だよ」


「そう。安心したわ…」


私の手を心配そうに握るジゼルの手を握り返すが今はカベロである。ブレイクはミシェルカや他の魔女と話をしてからこちらにやってくる。ミシェルカは先に絵画を通って行ってしまったようだった。


「あなた達は置いて行きたいところだけれど、ローレンは兎も角ジゼルは無理だろうから一緒に来なさい。ミシェルカが先に向かって炎を消してくれるから怪我人を助けて住人を守ってあげて。カベロが広範囲に炎と幽鬼を放っているの。既に帝国の魔術師や兵士が出動しているようだけれどあれは人間じゃどうにもならない。早くしないと手遅れになるわ」


「なら急ぎましょう。怪我人は私と医術師会の者で診るわ。既に医術師会の者が動いていると思うから怪我人の対応はそれに習うか、医術師会の屋敷まで連れて来てもらえると助かる。それから危険な状態であれば私や他の医者がその場で処置も施すから知らせて」


「分かった。私達の家族にも知らせておく。ジゼルは医術師会の統制を保つために一旦医術師会に行きなさい。だけど、あなたはあくまでも医者として動きなさい。きっと怪我人は多いから戦いは私達に任せなさい」


「分かったわ」


「それと、ローレン」


「え?なに?」


的確な指示と確認をしてから私に向けられる視線は険しかった。


「足を怪我しているようね?時間制限があるけれど一時的に痛みを失くす魔術を掛けるからあなたは怪我人を運びなさい。それと住人を守るのよ。いいわね?」


「う、うん。分かった」


何時からバレていたのかブレイクは怒っていそうだがすぐに私に魔術を掛けてくれた。


「あなたか魔術師を狙いに来たのかもしれないけどローレンは特に気を付けなさい。何かあれば駆け付けるけどさっきあげたナイフは手放してはダメよ。それと青い炎には触れないように。あれは魔女じゃないと消す事はできない」


「うん。分かった」


「じゃあ、行きなさい。この絵画を通れば私の診療所に繋がるわ。私は姿を変えてから行くからくれぐれも二人とも気を付けるのよ」


「ええ」


「うん」


お互いに顔をしっかりと見て頷いた。カベロがいる以上油断はならない。私はジゼルと一緒に来た時に通った絵画に足を踏み入れた。

踏み入れた瞬間見慣れたブレイクの診療所に着く。しかし着いた途端に外からは叫び声や建物が崩壊する凄まじい音がする。思ったよりも酷い状況なのか、急いで診療所から出ようとしたらジゼルに腕を引かれた。


「待ってローレン…!無理に闘ってはダメよ?絶対に、絶対に無理はしないで…」


「ジゼル…」


表情も声も硬いジゼルはぎゅっと私の腕を掴む。私を見る目は不安で揺れていた。


「油断も禁物よ。襲われたら逃げるのも手なのを忘れないで?怪我をしたら無理に動かないで医術師会に来て。私も一緒にいたいけれど一緒にはいれないから……」


「ジゼル」


ジゼルにしては冷静じゃない。不安に駆られているジゼルをこのままにしておくのもできないので私はジゼルを抱き締めてあげた。強張っている身体は私を本当に心配してくれているのが伝わる。きっと沢山見てきているから怖いのだろう。


「大丈夫だよジゼル。今はブレイク達もいるし私もちゃんと気を付けるから死なないよ。何も闘いに行く訳じゃない」


「……ええ」


優しく抱き締める私とは違って離さないようにきつく抱き付いてくるジゼル。彼女の気持ちを受け止めながら私は安心させるように囁いた。


「約束は全部守るよ。絶対に破らないから。ジゼルとした約束は楽しみにしてるのもあるんだ。だから大丈夫だよ」


「……ええ、そうね。そうよね、ローレン」


更にきつく抱き付いてジゼルは腕を緩めると私の顔に両手を添えて、私の顔をよく見ようとしているのか引き寄せてくる。彼女は背が低いから私は少し屈みながら穏やかな笑みを浮かべてくれたジゼルにそのまま顔を寄せるとジゼルは頬にキスをしてきた。突然のそれに一瞬驚くも彼女の優しい眼差しは変わらなくて、胸がじわりと暖かくなって微笑んでいた。


彼女にとってはそういう行為じゃない。そんなの顔を見れば分かる。

だけれどもこれでやっと気付かされた。

知らなかったとは言え、心は自ずと出てきた答えを受け入れている。

ジゼルが何故私にとってとても大切なのか分かったにしては遅い気付きだ。



「約束よ。私も破らないから」


「うん」


「怪我をしないように気を付けて」


「うん。ジゼルもだよ」


「ええ」


微笑んでくれるジゼルが愛しかった。

君はこうやって私以外も大切にしているのは知っている。でも、自覚した今、私だけに向けられたそれは私を喜びで満たしてきた。


私は君を愛していたのか。だから、何時も君が気になって助けたいと思っていたのか。

私は頬に触れているジゼルの手を握った。

いつか伝えられたら良いが今はその時ではない。もし、その時が来て私の気持ちを伝えてもジゼルは困ってしまうかもしれないがジゼルを想う気持ちは消えないだろう。


私は今まで感じなかった愛を感じて、ジゼルの頬にお返しのように口づけた。ジゼルは少し驚くも受け入れてくれて、私はそれから身体を一瞬抱き締めて離した。


「行こう」


「ええ」


心配も不安もない訳じゃない。ただ、約束を信じられるから心を強く持てた。ジゼルももう気持ちが落ち着いている。


私達は一緒に診療所から出ると通りは建物が所々崩れていて、人が逃げるように駆けていて混乱を起こしているようだった。青い炎は消された跡が見受けられるも焼けた匂いや煙が立ち上がっている処もある。そして、悲鳴や叫び声が聞こえるもここには幽鬼がいないのが救いだった。


「私は表通りから医術師会に行くわ。ローレンは反対側から回って裏通りも見ながら市街の皆を助けてあげて」


「うん。分かった。じゃあ、気を付けてジゼル」


「ええ。あなたも」


短い会話をしてお互いにしっかり顔を見てから反対方向に走り出す。幽鬼には普通の人間じゃ何もできないのは身に染みて理解している。遭遇したら応戦しないといけないが住人は大丈夫だろうか。

走りながら見渡していると空から降ってきた青い炎が建物を燃やしだした。炎は一気に燃え上がる。しかし晴れているのに急に降ってきた雨に消化されるように消されていく。これはミシェルカの魔術なのか、ただの雨にしか感じないが炎はたちまち消えた。


これなら炎は大丈夫そうだと安心しながら街中を走り続けていると崩壊した瓦礫の下敷きになっている女性を発見した。


「大丈夫?」


「うっ……助けてください……」


「大丈夫。今助ける」


頭から血を流しているも幸い瓦礫は退かせられそうだ。私は瓦礫を退かして女性を助け出すと瓦礫で怪我をしたのか胸や腹から血を流していた。


「大丈夫?歩ける?」


「脚が……折れているみたいで」


「じゃあ、私が運ぶから掴まっていて」


よく見ると脚からも血が出ている。私は女性を両腕で抱き上げると医術師会の方に向かった。丁寧に運んでやりたいが呼吸が弱いこの人の状況を見ると急がないとまずい。私は滲み出る汗をかきながら走っていたら前から馬に乗って走ってきた男に止められた。


「貴様…!その負傷者を直ぐ様寝かせろ!」


「ファドム?!……分かった」


彼は以前私に敵意を剥き出しにしていたファドムだった。相変わらず威圧感たっぷりの彼に怒鳴られて私は言われた通りに女性を道のすみに寝かせると彼は馬から急いで降りてきた。


「いったい何があった?!」


女性の身体を診て触診している彼に私はあった事を説明する。


「瓦礫の下敷きになってたんだ。脚が折れてるみたいで他にも怪我をしてるから医術師会に運ぼうとしたんだけど」


「この状態じゃ運んでいる途中に死ぬ!馬鹿か貴様は!私がこの場で処置をする!」


「わ、分かった……」


あの時と何ら変わらない姿に気迫されるも彼は何やら医療器具を出して準備を始める。女性に魔術を掛ける彼は私に鋭い視線を向けた。


「ジゼルはどうした?!一緒じゃないのか?!」


「え?さっきまで一緒だったけどジゼルは医術師会に向かったよ」


急いで答えた。が、鋭い視線は変わらない。次に何を言われるのか想像できなくて少し緊張する。


「…そうか。貴様は私の馬を使って怪我人や住民を避難させろ。怪我人は医術師会の屋敷や医術師会の者の診療所を解放しているからそこに連れていけ。住民は帝国軍が教会や我等が所有している病院に避難させているから怪我のない者はそこに案内しろ。いいな?」


「……うん。分かった」


一瞬呆気に取られた。私をよく思っていないはずなのにこんな事を言ってくるとは思ってもいなかった。彼も医者なのは分かっていたが初対面であんなに怒鳴られては意外としか言えなかった。


「分かったなら早く行け。目障りだ」


「うん。馬をありがとう」


「礼を言われる筋合いはない」


最後まで睨まれながら悪態はつかれるが私は彼の馬を借りて市街を走った。医術師会はジゼルが言った通り機能させているようだが怪我人はかなり多いのだろう。大通りの方までくると帝国の鎧を着た兵士が住人を避難させながら怪我人を誘導させていた。私はそれを見て重症そうな怪我人を運ぶのを買って出て馬を走らせながら裏通りを念入りに確認した。


その度に負傷した者、逃げ遅れた者を助けていた時だった。人の通りの少ない道端に踞っている者を見つけた。重症な怪我人かもしれない。私は近くまでくると馬を降りて肩を触りながら声をかけた。


「怪我をしたの?だいじょ…!」


言葉を言いきる前に踞って見えなかった手に握っていたナイフで切られそうになった。私は瞬時に後ろに仰け反りながら下がるも頬を切られてしまった。

一体どういうつもりだ?幽鬼じゃないただの人間のはず。私は咄嗟に剣を抜いた。

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