第23話


「死ねぇ!!」


ただの住民の格好をした男は物凄い勢いでナイフを投げつけてきた。距離が近すぎて避けられない。剣で弾くにしても相手の方が早すぎた。ナイフは私の腕に突き刺さった。


「くっ…!」


「殺してやる!!」


まるで憎いかのような顔をして男は腰につけていた短剣を抜く。ナイフもそうだが迷いない動きはただの住民ではない。このままでは殺されてしまう。殺すのに胸がざわつくが殺さなければジゼルとの約束を守れない。

私は剣を振られる前に首を跳ねた。


首が飛んで血飛沫が顔にかかった。それがまた私の心を乱す。大丈夫だ。これは、これはやらなければならなかった事だ。自分に言い聞かせて心を落ち着ける。

動揺するな。今までどれだけ殺したと思ってる。今更何を動揺してる。剣に着いた血を払って鞘に仕舞うと腕に突き刺さっているナイフを抜いた。


「いっ……!!」


一息に引き抜いて投げ捨てる。深くは刺さっていないが抜いたそばからどくどくと血が流れて止まらない。痛みを感じながらも血を止めるために手持ちの布できつく縛った。これで時期に止まるだろう。

そうやって応急処置を終えた時だった。


首を切ったはずの死体が動き出したのだ。


「…なんだ?」


首がないのに死体は首の切断面から血を流しながら生きているかのように起き上がる。

そしてあろう事か短剣を構えて切っ先を私に向けた。

もう止めは刺したのに何故動いている?私は剣に手をかけようとしてミシェルカに貰ったナイフを引き抜いた。


これはカベロの魔術がかかっている。普通じゃないのはきっとそのせいだ。首を切り落としているのに動けるなんてそれしかない。

そうなれば心臓を狙わないとならない。


私はナイフを力強く握った。一瞬で、一回で仕留めよう。じゃないとこいつは何度でも攻撃してくるだろう。頭のない動く死体を注意深く見つめながら振りかぶって振り下ろしてきた剣をぎりぎりで避けた。この間合いならいける。

私は踏み込んで更に距離を積めると心臓を狙ってナイフを突き刺してすぐに距離を取った。


これで本当に倒したのか?立ったまま動かない死体は胸から溢れんばかりに血を流している。ナイフを構えながら様子を伺っていると死体はばたりと倒れて動かなくなった。

剣を手放してピクリとも動かない。どうやら本当に倒せたようだ。魔術がかかっているだけで首を落としても戦う等信じられないがこいつは最初から操られていたのだろうか?


それよりも今は市街の住人だ。ナイフをしまって馬に近寄ろうとしたら突然周囲が青い炎に包まれた。今度はなんだ?幽鬼か?私はナイフに手を掛けようとすると突然後ろから抱き締められる。気配がなかったのに柔らかい身体からはいつか嗅いだ華の香りがする。



「こんな所にいたのねローレン。探したわよ」


「カベロ……?!」


まるで子供に話しかけるような声音はこの惨状を引き起こした人物とは思えなかった。しかし今なら対抗できる。あの時の私じゃない。ナイフを力強く抜いた瞬間、手が弾かれるような衝撃と共にナイフは飛んでいってしまった。何か触れた訳じゃないのに一瞬の出来事に唖然とした。


「ふふふ。私と闘おうとでもしたの?本当にあなたは可愛いらしいわ」


私に抱き付きながら笑うカベロは身体を離すと私の手を握りながら真正面に立つ。彼女は笑っていた。青い瞳は私を真っ直ぐに捉えている。このままじゃまずい。早く逃げろと心は言っているのにまた身体が操られているかのように動かなかった。


「私の魔力が弱まっているから探すのに時間が掛かったのよ。概ねあの子達に魔術を掛けられたのでしょう?せっかく私の魔力をあげたのにそんなに嫌がらなくても良いじゃない。あなたは取って食べたりなんてしないわ」


「……おまえは、何が目的なんだ?」


「ふふふ。何だと思う?よく考えてみて?」


口許に手をやって上品に笑うカベロは愉快そうだった。この女は最初に会った時からとても人を殺しているとは思えないような顔をする。カベロは嬉しそうに私を見つめながら顔を寄せてきた。


「ローレン。よく顔を見せてくれる?久々だからよく見ておきたいの」


顔を背けようとしても身体はあの時のようにピクリとも動かない。不快に思う私とは違ってカベロは愛しそうに私の頬を撫でた。


「ふふふ。……綺麗ね。あなたの全てが欲しくなってしまう。ねぇ、私と一緒に来ない?私と一緒に永遠に生きてみない?あなたが望むなら何でもあげるわよ?」


「……行く訳ないだろ」


「ふふふ。連れないわね?本当に可愛いんだから。でも、離してあげないわ。魔女から逃げようだなんて不可能なんだから」


楽しそうに笑うカベロは頬にキスをしてきた。不快なそれを拒むことすら出来ずにただ受け入れて、唇を離したカベロは妖美に笑う。


「そうだ。可愛いあなたにはプレゼントをあげようと思っていたのだけど気が変わったわ。…今日は私を楽しませてくれる?」


それには嫌な予感しかしない。今度は何をするつもりだ?逃げたいのに逃げれない私はカベロに徐に両手で目を覆われた。


「おまえ、何する気だ?」


「怖がらなくていいのよ」


「何を……いっ?!」


視界が暗くなって途端に頭痛がした。強烈な頭痛に目を強く瞑って必死に痛みに耐える。頭が割れそうなくらい酷い頭痛にうめき声が漏れて目を覆っている手を払ってしまいたいくらいだった。


「カベロ……!おまえ……!」


「ほら、目を開けて?もう大丈夫だから」


覆っていた手が離れて私の視界が明るくなる。明かりを感じると共に頭痛が嘘のように消え去った。カベロは一体何をしたんだ?身体に異常は感じない。さっきの痛みは消えたし何か変わった感じはしなかった。


「何も起きないから安心して?楽しませてくれてありがとうローレン。次に会う時にプレゼントをあげるわ。もっとローレンと話していたいけど今日は付き添いなのよ」


「付き添い?どういう意味だ」


カベロは少し笑うと私が殺した男に目を向ける。そして易々と口にした。


「そこの男を殺したでしょう?彼はラナディスの残当なの。最近取引をしたから手伝っているのよ。彼らは帝国から国を取り戻したいそうだから取引の条件としてね」


「……じゃあ、ベシャメルの件もラナディスのやつらが絡んでいたのか?」


「ええ。今もディータに帝国の人間を殺すために紛れ込んでいるわ。私以外にも魔女がいるからそろそろやられちゃうでしょうけど…」


こんな所でラナディスの残当が絡んでいた等予想外だったがカベロは嘘は言っていないようだった。簡単に話してくれるのは私を気に入っているからか?だったら取引の内容もこれからのラナディスの残当の計画も聞き出しておきたい。すかさず問い掛けようとしたら私達の回りを囲っていた炎が突如吹いた突風によって消失した。


「あらあら、もう帰ろうとしたのに見付かっちゃったわね」


「逃がさないわよ」


突風が吹いた方向にはミシェルカがいた。笑みの消えた表情でカベロを見つめるミシェルカ。怒りのような強い圧力を感じる。降っていた雨は激しい雨に変わって土砂降りになる。ミシェルカが動く前にカベロは瞬時に屋根の上に移動していた。


「弱いくせにどうしたのミシェルカ。殺してほしいの?」


「っ!黙れ!」


大雨の中落雷がカベロ目掛けて落ちてきた。凄まじい音と光に一瞬目を瞑るも開けた時には何ら変わりないカベロが愉快そうに笑っていて、ミシェルカは怒気の籠った声を発した。


「あなたは…!いつまで死者に囚われているの?!人間をどれだけ殺せば気が済むの?!」


「ふふふ。そんなに怒らないで?あなたらしくないわよ」


「いい加減にして!!ビレアはもうずっと前に死んでいるのよ?!魔女でも死者を蘇らせる事なんてできないのは知っているでしょう?!」


「ふふふふ……」


憤怒するミシェルカに対してカベロは肩を震わせながら笑っていた。おかしい話しなんてしていないのに、異様に見えるカベロはおかしそうに笑い続ける。そして笑みを浮かべながらはっきりと言ったのだ。



「分からなくていいのよ。あなたには分からないわよ。理解しなくていいの。何も理解されようとしてる訳じゃないわ。ただこれが、私の道なのよ。私にはこの道しかなかっただけで、私は自分の意思に従っているだけ。だから何だってしているのよ?私の信念を、愛を貫くために」



手を翳すカベロは巨大な青い炎の玉を出現させるとミシェルカに向かって放った。

ミシェルカはそれに同じように青い炎の玉を放って相殺させる。だが炎の消失と共にミシェルカはカベロに首を絞められながら壁に押し付けられていた。一瞬の出来事に抵抗しようとしたミシェルカは掌に細長い杭のような氷の棘を刺されて壁に貼り付けられる。掌から流れる青い血は不気味だが痛々しくてこのままではミシェルカが殺されてしまう。身体が動く今、剣を抜こうとしたらカベロはミシェルカの両方の太股に氷の杭を刺しながら言った。


「ローレン、動いたらミシェルカを殺すわ。あなたは見てなさい。意思がないとどうなるか」


「っ…!ミシェルカ!!」


顔を険しくさせるだけでミシェルカは呻き声すら上げない。同じ魔女なのに一方的にやられているこの状況では動いたら本当に殺すつもりだろう。私は剣から手を離した。壁に貼り付けられたミシェルカの首から手を離したカベロは私に一瞬視線を向けるとミシェルカに向き直る。


「いつまでも私に理想を押し付けるのは止めなさい。期待するのも、家族だからと愛情を持つのも。だから殺せないのよ?昔も今も……あなたは甘過ぎるの」


私と話していた時と変わらない柔らかい声音でカベロは氷の杭を出現させて今度は腹にそれを刺していく。痛みに顔を歪めるミシェルカはカベロを睨み付けていた。


「ねぇ、そんなんであなたが守りたいものを守れるの?」


次は肩に氷の杭を刺して笑った。


「無理よね?そんな気持ちじゃ無理よ。確かなものがないのだから。確かな気持ちがない人は魔女だろうと弱いのよ。あなたみたいにね」


もうミシェルカは血だらけだった。息を荒くさせるミシェルカは叫びもしないが死なないとは言え惨いにも程がある。駆け出したい気持ちを抑えながら拳を強く握りしめた。あまりに一方的すぎて力の差がありすぎる。


「いつまでも迷ってなさい。迷って戸惑って、弱いままでいるといいわ。いつか後悔する時が来るから。その時になったらあなたも分かるでしょう。ちゃんと覚悟を決めなかった自分がいかに愚かだったか…」


「……だま……れ……」


「ふふふ。その前に私が殺してあげてもいいのよ?人間のようにね」


血を吐き出すミシェルカにカベロは最後に魔術を掛けるように額に手を当てて私の方に振り向いた。


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