第21話


「生き返らせるなんてそんなの不可能だわ」


彼女らしい反論は正にその通りだった。死者を生き返らす等人間には不可能であって、できていたならとっくに人の死を悼む事すら失くなっている。


「それは分かっているわ。魔女でも死者を生き返らす事はできない。でも、カベロは認められないのよ。ビレアが死んだのをまだ受け入れられないの」


「……その気持ちは分からなくはない。でも、だからって人を殺して良い筈がない」


「ええ。だから私達で殺す事にしてるの。カベロを止められなかったのは私達の責任でもあるのよ。ベシャメルの件は申し訳無い事をしたわ」


目を伏せて謝るブレイクは苦しそうな顔をした。ブレイクのこんな表情は初めて見る。ミシェルカはブレイクを気遣うように見つめてから私達を見た。


「本当にごめんなさい。でも、安心してください。もう惨殺も、あなた達の命を脅かす事もさせません。カベロは私達が必ず殺しますから安心してください」


「……カベロは、家族なんじゃないの?」


血の繋がった姉妹であるミシェルカ。ただの知り合いとは思えないブレイク。二人にとってカベロがただの悪には到底見えなかった。殺すに迄至ってしまう真意はなんなんだ?殺すなんて、二人からしたら大切なんじゃないのか?ミシェルカは戸惑いすら見せなかった。


「ええ、家族ですよ。ブレイクも血は繋がっていませんが家族です。私達は家族だから殺すんです」


「……」


「殺す以外の選択肢はないのね?」


「ええ、ありませんよ。殺さないと人が死に続けますから。私が、私達が必ず殺します」


どうして?とは聞けないような強い想いがあった。迷いなんて全くなくて言葉が出なかった。何があったか聞いてみれば分かるのに目に宿る強い灯火のようなものがその事に命を燃やしているかのように見えて、何も言えなかった。


それはブレイクの険しい顔からも窺えた。

あるんだろう。強い想いが、胸を焦がすような想いが。家族を殺す以外の選択肢がないと言うのはそういう事なんだろう。


「……ですが、まずはあなた達ですね。あなた達は今のところカベロに一番狙われていると考えていて良いと思います」


ミシェルカは腰から何かを取り出すと私達の目の前にある机にそれを置いた。


「ですので、これを差し上げます」


「これは……、ナイフ?」


黄金の装飾が施されたナイフを二本見てジゼルが眉を潜める。ミシェルカは和やかな顔をして説明した。


「ええ。予備に多く作っておいて良かったです。第一に魔女は魔女にしか殺せません。それも心臓を貫くか、青い炎で燃やさない限り死にません。例え四肢を切断して血肉にしても生き続けるのです。かと言って、青い炎は同じ魔女しか使えませんし、魔女の身体に宿る力は魔術師よりも上で普通の人間では太刀打ちするのも難しいのでカベロと遭遇した時にはこれで応戦するといいでしょう。私の魔力と血を混ぜて作っていますので強力な魔術を拮抗してくれる筈です。それに魔女は殺せないけど魔女の魔術に掛かっているもの位であれば殺す事も可能でしょう。その際は心臓を貫かないとなりませんが…」


「魔女は不死ではないのね」


ナイフを受け取りながらジゼルは言った。きっと文献の魔女の話をしているのだろう。ミシェルカはにっこり笑った。


「ええ。魔女は儀式によって精霊の力を借りている身であるだけで致命傷を負えば死にますよ。血を流しすぎれば人間と同じように傷が残りますが、普通に生きる分には不老不死ですけれど。だからカベロが現れた際にはこれを役立ててくださいね。できる限り肌身離さず持っていてください。持っているだけでも万が一魔術を掛けられても拮抗してくれますので。まぁ、魔術の程度にも寄りますが」


「分かった。ありがとう。これはありがたく頂くよ」


あの魔女に対抗する術になるのなら持っていないと何もできない。私は魔術も使えないのだ。これは唯一の武器になり得る。魔女がどんなものか分かっただけでも次に遭遇した時の恐怖は薄れる。


「それよりも、ローレンの印はどうにかできないのかしら。私では力不足でまだ何もしてあげられないの。このままじゃローレンが…」


「大丈夫ですよジゼル。魔術の解除はできませんが、これ以上の従属化は抑える事ができますので支配下に置かれる事もありません」


ジゼルが私の印を気にした所でミシェルカは立ち上がった。印の先の見えなかった不安が解消する。心で安堵しているとミシェルカは私に視線を向けた。


「ローレン。私に付いてきてください。あなたの印は私が処置をします。ブレイクはジゼルに説明を頼みましたよ」


「ええ。分かってるわ」


言われた通り席を立つとジゼルは不安そうな目を向けてきたが安心させるように少し笑い掛けてミシェルカの後に続いた。


ミシェルカは私を連れて研究室のような部屋に入った。棚にはフラスコや試験管、ビーカーに様々な色をした薬剤と思われる物が入っていて簡素なベットが何台かと机には調合途中だったのか何かを擂り潰す為の道具と粉末が紙に乗せられている。


「ベットに座って腕が見えるようにしてください。それ以上カベロの魔術に飲まれないように魔術を掛けます」


「…分かった」


ミシェルカは棚を物色しながら告げた。私は言われた通り服を少し脱いで印のある腕を見えるようにするとベットに腰掛けてミシェルカを待った。準備を終えたミシェルカは私の近くに座る。私と目が合うとにっこりと微笑む顔は近くで見れば見る程カベロと似ていた。


「何ですか?」


「…いや、何でもない」


カベロと似ているから見すぎてしまったようだ。急いで視線を逸らそうとしたらミシェルカはぐっと顔を至近距離まで寄せてきた。


「ふふふ。似てますか?カベロと」


「え?」


心を読まれたように感じて心臓が嫌に早く鳴る。凝視していればそう取ってもおかしくない。失礼な態度を取ってしまった。私は視線を逸らす事なく謝罪をしようとしたら彼女はまたにっこりと笑った。その笑った顔の妖美さがまた私の記憶と類似させる。


「カベロと会ったのでしょう?私は姉妹ですからよくそんな顔をされました」


「申し訳ない……」


「怒ってませんよ。ふふふ、可愛らしいですねローレンは」


突然可愛らしいと言われて戸惑っていたらミシェルカは私から身体を離してカベロにつけられた印のある腕に触れた。何処に可愛いところがあったのか疑問だがミシェルカは掌から伸びている黒い線に触れる。


「こんな事をするなんて……カベロは何を考えているんでしょうか。ごめんなさいねローレン」


「いや、ミシェルカが謝る事じゃ…」


「いいえ。私の責任なんですよ。私の。少し痛いかもしれません。我慢してくださいね」


「う、うん」


含んだような笑みは何かを隠す。何なんだろう、分からない事が分からない。何も探れない。想像ができない。何かあるはずなのにそれの正体が全く分からない。

ミシェルカは私の腕を優しく片手で掴むと腕に手を翳した。その瞬間腕に痺れるような痛みが走る。我慢できない痛みではないが歯を食い縛っていると腕の付け根から青い入れ墨のような線が幾つも走って手首迄絡めるように伸びてきた。相殺させるかのようなそれはやがて掌まで伸びるとミラは翳していた手を離した。


「大丈夫ですか?」


「うん。平気だよ」


掌を何度か握ってみるも変化はない。痛みもなくなった。


「そうですか。腕には申し訳ないですが魔術の跡が残りますがこれで心配はありません。通常ならこの印は心臓まで伸びて完全な身体の支配を受けるのですが、効力が出ないように強力に魔術を掛けました」


「ありがとうミシェルカ。助かったよ」


これで一先ず安心だ。腕には入れ墨のような線が幾つもあるが、操られたりする危険がないなら良しとする。一段落したところで服を着ようとしたらミシェルカは私の胸元に指先で触れた。私の幼い時に負った火傷の痕に。


「ローレン。もうこんな怪我をしてはいけませんよ?ブレイクがずっと心配していたんですよ」


「え?ブレイクが?」


「ええ。私とブレイクは百年以上生きているので人間の前では姿を度々変えていますがこの火傷を治療していたのはブレイクです」


「……え?」


驚愕の事実に驚きを隠せない。二人は見た目麗しい女性にしか見えないのに百年以上も生きているとは一体幾つなんだ?ジゼルや私と変わらない年齢に思わせる程若々しいのに。それとブレイクが私の治療をしてくれた医者なのにも思考が追い付かない。私とブレイクは軍人時代からの仲だと思っていたし、実際に私を治療してくれた医者は老人だったはず。あれもブレイクが姿を変えていたのか?よくよく思い出すとあの老人はブレイクのように常に怒っていた気がする。



「あなたは覚えていないかもしれませんが完治していないのに何処かに行ってしまったとあなたがいなくなってからブレイクは心配してずっとあなたを探していましたよ。成長したあなたと偶然再会した時にはまた死にかけていたと怒り狂ってましたが」


「あぁ、……そうだったのか。あの時は生きるのに必死で、私は孤児だったから金が払えないと思って逃げたんだ。あれはブレイクだったんだ」


昔から死は隣り合わせだった。そして金が物を言うのを幼いながらに理解していた。金がなければ何もできないのをよく分からせてくれた世界にいた。夜になれば賊が出て、隣国の兵士が襲ってくる。だからそれを金の力でどうにかする。何時までも争いの耐えない時代だった。だから金がないと殺されるかもしれない。その事を常に頭に置いていた。


「あの頃はそういう時代でしたからね。やっと戦争が終わって今は落ち着きましたが……まだ安全とも言えません。子供に罪はないのに何時も弱い者ばかり犠牲になる。…城にいる子供達は皆孤児なんです。ブレイクが一人にはできないからって連れてきて皆家族として育ててるんですよ。怒ってばかりいますけどね」


「ブレイクらしいね。私もよく怒られるよ」


「ええ、知っていますよ。何時も怒りながらあなたの話をよくしてます。ブレイクは昔から怒りっぽい性格だからしょうがないですけど、あんまり心配させないでくださいね。あの子はああ見えて心配性なんです」


「うん。気を付けるよ」


ブレイクは怒っているが心根の優しさは常に感じていた。最初に会った時から私をずっと気に掛けていてくれたのには何だか暖かくなる気分だった。あんな気難しそうな顔をしているのに見ず知らずの子供を家族にしてしまうなんて優しい他ない。

ミシェルカとはそうして少し打ち解けられて、私達はそれから軽く雑談をしてからジゼル達の元に向かっていたらブレイクが慌ててやってきた。

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