第20話


「ビレアにわざわざ呪いをかけたのはこの国の何処にも逃げられないようにという思いがあるのだろう。災厄をもたらした魔女が至る所に咲いているビレアで死ぬようにと。……ビレアの花に触れて、炎に焼かれて死ぬようにと」


「え…」


それは一瞬の出来事だった。ブレイクがそっとビレアの花びらに指で触れた瞬間青い炎が舞い上がったのだ。


それで理解できている筈なのに唖然として言葉が出ない。おとぎ話のような伝承は今目の前で証明された。つまりブレイクは、ブレイクは魔女なのか?


「動かないで!!」


燃え上がったビレアをただ見つめていた私より先に動いていたのはジゼルだった。彼女は私より一歩前に踏み出していて、片手には燃え盛る炎を宿しながらブレイクに警告する。


「妙な動きをすれば殺すわ。焼き殺す事も、首を飛ばす事も容易いのよ」


ジゼルは私を守るように片手で後ろに下がらせてきた。私もそれでやっと剣の柄に手を掛ける。困惑している場合じゃない。ブレイクは敵かもしれないんだ。不信感と緊張にブレイクを凝視するも彼は何も動じていなかった。


「やめろ。私は戦うつもりはない」


「信用ならないわ。あなたも魔女なのでしょう?」


「魔女ではあるが私はカベロとは違う。はぁ……」


呆れたかのように溜め息をついたブレイクは額に手を翳す。


「私は人間と争うつもりなんか毛頭ないわ。無駄な争いは好まないの」


顔を覆いながら話す声が急に女性らしい声の高さに変わる。それに驚いて柄を握る手に力が入った。


「私はカベロを殺そうとしているだけ。カベロの情報を探していたら偶然あなた達が現れて、それで話をしたいだけよ。本当にそれだけよ」


「……ブレイク、なのか?」


額を覆っていた手が離されて男だったのに女性の顔つきに変わる。ブレイクは男性から女性に変わっていた。身長も低くなった彼女は肩にかからない位の髪を鬱陶しそうに靡かせてから垂れている赤髪の片方を耳にかけて此方を見やる。


姿形があまりに変わってしまったものの綺麗な顔立ちと大きくて綺麗な強い眼差しは瞳が青くなっただけで何ら変わらない。しかめられている顔はブレイクの面影を残していた。


「当たり前でしょう。この姿では人間の世界では生きずらいのよ。それよりも戦うつもりはないと言っているんだから武器から手を下ろしてくれる?ジゼルも魔術を使うのをやめてほしいのだけど…」


「…ジゼル、やめよう。大丈夫だよ」


「…ローレン!?」


「大丈夫だよ」


私はあっさりと武器から手を離してジゼルの肩に手を置いてやめるよう促した。ジゼルは納得してなさそうだが警戒しながらも炎を焼失させてくれた。

ブレイクに関しては姿形は違うし瞳の色はカベロと同じ。これは魔女であるのは明白だった。だけどブレイクと過ごした日々と今目の前にいるブレイクは同じだ。何度も助けてくれたブレイクが私には敵には思えないし嘘を言っているようにも見えない。それに、彼女本人が言った目的が私達と対立する理由がなかった。


「たまには話をしっかり聞いているのねローレン。私の忠告を散々無視して怪我をして此処に来るのも直してほしいものだわ」


警戒の手を緩めた私に強い口調で嫌みを言ってくる彼女は何時ものブレイクだった。女性に変わっても刺すように見つめてくる眼差しは恐ろしく感じる。あぁ、また怒っているようだ。


「あぁ……、それは、何時も注意してるよ」


「はぁ?あなた何回死にかけてるのよ?大体初めて会った時から死にかけてたじゃない。私がどれだけ手を尽くしていると思ってるの?あなたみたいに手の掛かる患者は早々いないわよ」


「……うん。ごめん」


「ごめん?謝るくらいなら怪我をするなと言っているでしょう?はぁ…、あなたには言っても言っても足りないくらい言いたい事があるけれど今はそれどころじゃないわね。あなた達には私達の城に来てほしいの。此処じゃ人間が多すぎて落ち着いて話もできないわ」


何時ものように怒られてしまって心苦しく思うもブレイクが早々に切り上げてくれて良かった。ブレイクは軍人の時から世話になっているので言われるときりがない。


「城なんて何処にあるの?」


問いかけるジゼルを余所にブレイクは机にあった薬草をまとめながら話す。


「正確な場所は霧の樹海の中よ」


「霧の樹海ってあそこは毒が充満してる森よ?」


「だからよ。人間が近寄れない場所じゃないとおちおち暮らせないのよ魔女は」


霧の樹海とはディータより遥か南に位置する危険な森だった。植物から常に放たれている毒は空気中に漂っていて、その毒を吸い込めば数分で死に至ると言われている。だから霧の樹海には誰も近寄らない。帝国すらも近寄らさせないようにしている。


「そんな場所に行って平気なの?」


ジゼルの戸惑いにブレイクは動じなかった。


「ええ。私は魔女よ?毒なんてどうにでもできるわ。それに城には家族がいるの。毒の危険なんてないわよ。ほら行くわよ」


そう言ってブレイクは壁に飾られている変哲もない風景画の前に来た。


「この絵画が私の城に繋がるわ。何時も此処を通って来てるの。先に行くから画に入ってきなさい」


「え、ブレイク……」


呼び掛けよりも早くブレイクはまるで絵画に吸い込まれるように入って行ってしまった。この絵画も魔術がかけられているのか?見た目は何の特徴もない古ぼけた絵画なのに大丈夫なのか。


「行きましょうローレン」


「う、うん」


困惑する私の腕を引くジゼルはもう全て受け止めているようだった。私はジゼルに促されて足を踏み出した。この風景画に入るだなんて普通に考えておかしいけれど絵画を跨ぐように足を踏み入れた。


「え……?これは…」


突然目に見えるもの全てが変わった。此処は城の中なのか大きな城門は開け放たれていて気づけば大広間のような場所にいた。天井が高く広い作りをしてある城の内部は美しく綺麗な内装を施されていて感嘆の声が漏れる。こんな城があの毒の森にあるなんて考えられない。辺りを見渡しているとそこら辺を小さな子供が走り回っていて楽しそうな声が聞こえた。ブレイクはその子供達に私に怒るように怒鳴っていた。


「騒がないって毎日言ってるでしょう。それに城の中で走り回らない。遊ぶなら外で遊びなさい」


「ブレイク!今日はもう仕事は終わったの?ブレイクも一緒に遊ぼう?」


「私は忙しいから今は無理よ。それよりも走らないって言ってるでしょう。話を聞きなさい」


「ブレイク!今日は絵本読んでくれないの?」


ブレイク、ブレイクと怒るブレイクの回りに子供が集まってくる。ブレイクは意外にも子供に慕われていて何だか微笑ましく見えるのにしかめっ面を更にしかめていた。私の面倒見が良いのは此処から来ているのだろうか。


「あなた達ねぇ……」


「ダメよ皆。ブレイクはお客様を連れてきてるんですよ。ほらほら、外に雪を降らせておいたから遊んできなさい」


「やったー!雪だー!!皆行こう!」


ブレイクよりも子供を窘めるのが上手かったのは銀髪の妖美な雰囲気の女性だった。一斉に外に駆けていく子供達を見送って彼女は此方を見る。彼女も瞳は青いが背中まである癖のない髪を靡かせながにっこりと微笑んだ。それは、一瞬カベロを思い浮かばせるくらい美しく艶やかな笑みだった。


「ブレイク、ローレンだけじゃなかったの?」


「私はそのつもりだったんだけどメルグレイスの末裔よ。丁度良いわ」


「そう。初めまして。私はミシェルカです。宜しくお願いします」


少し頭を下げて挨拶をする彼女に私とジゼルも挨拶済ますとブレイクが応接間を案内してくれた。それに続いて歩いていると何となく視線を感じてミシェルカに顔を向ける。彼女とは偶然とは言えないように目が合って微笑まれた。笑っているけれどミシェルカは何だか掴み所がないと言うか何を考えているのか分からないような人だ。口を開こうにも何て言ったら良いか分からないので私は会釈をして前を向いた。


彼女からの視線は応接間に着いてからも無くならなかった。ジゼルは隣に、目の前にいるブレイクの隣にはミシェルカが座った。


「さてと、まずはローレン。あなたの掛けられた魔術なんだけど、あなたをそのままの形で従属か何かにしたいみたいねカベロは」


「従属?」


本題に入って早速、ブレイクは説明をしてくれた。


「ええ。それは本来なら魔女が操って支配下に置く為に掛ける魔術よ。だけどカベロはその魔術をあなたの身体に魔力を馴染ませようとしてかけているみたいね。通常なら印がでた時点で従属化されて身体と精神における完全支配を受けるのにあなたはそれをされていない。きっとあなたがそのままの状態で欲しいようね」


「何故?私は知り合いでも何でもない。それにただの人間だ」


ジゼルの仮説は大筋合っていた。しかし確信を持っているようなブレイクに訝しげてしまう。欲しいとはどういう意味か、ブレイクは何時ものように顔をしかめた。


「あなたは……ビレアに似ているのよ。……とても。それしか理由がない。カベロはビレアの為に生きているの」


「それはどういう意味?ビレアは何なの?」


「ビレアは私達の妹なんですよ」


私を見つめていたミシェルカが口を開く。彼女は和やかな口調で話した。


「私達魔女は私とカベロ以外は血が繋がっていないのですがビレアは私達の大切な妹なんです。ビレアに関しては魔女ですらなかったけれど私達の最愛の大切な妹でした。あなたのように綺麗な白髪をしていて、黄金の瞳を持っていて……私も思わずあなたと重ねてしまうほど似ているんですよ」


「…なんで私に重ねる必要があるんだ?」


「それはもう死んでるからです。ビレアはずっと昔に死にました。だからよりあなたに重ねているんですよカベロは」


カベロの言葉には意味があった。あれは気紛れなんかじゃなくて、死んだ者に重ねるがあまりの事だった。だったらあの発言も態度も頷ける。だけど私は偶然鉢合わせただけだ。ベシャメルを襲った理由にはならない。


「…でも、じゃあ何でベシャメルを襲った?理由がない」


「それはジゼルじゃないかしら?古の血脈が欲しかったとしか思えないわビレアの為に」


はっきり答えたのはブレイクだった。


「ビレアは死んでいるんでしょう?それなのに何で私の血を欲しがるの?」


「生き返らせようとしているからよ。カベロはビレアが死んでからそれだけの為に生きてるの」


そう言うとブレイクもジゼルの表情も曇った。

あの女はただ不用意にベシャメルを襲ったのではなかったのだ。


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