第19話


「わざわざ魔力を与えて変えるって……どういう意味?そんな回りくどい事をしてまでどうしたいんだろう…」


「可能性の話だけれど、あなたに魔術を掛けて身体に魔力を定着させてからあなた自身に何かを施すつもりなんじゃないかと私達は考えているわ。どうしたいのかは分からないけど腕の印が更に広がった暁には身体を巡る魔力が満ちてあなたを改変をさせるための準備が整うのではないかとステイサムが言っていたわ。最終的に何か完璧なものに改変されたあなたは……きっと魔女の支配下に置かれると思うわ」


「……そうか」


頭は冷静にジゼルの話を受け止めていた。操られるのは合っているが、この身体が人じゃなくなるのだ。早くこの印をどうにかしないと私は魔女の下僕になるのか。この身体と心を無くして。


「でも、これは可能性の話であってあくまで仮説よ。血液にはまだ調べないと分からない事もあるし、確定ではないの」


「確定はしてないけど可能性は高いんでしょう?」


彼女は嘘はつかないし確率の低い話しなんてしないだろう。ジゼルは思った通り私の問いに顔を歪ませた。


「……そうね。今の所はそうなるわ」


「そうか、ありがとう。そこまで調べてくれて」


「いいえ……。私もまだ分からない事が多くてごめんなさい」


責任を感じるジゼルは何も悪くはない。あの魔女はいったい私をどうする気なんだ。わざわざ時間をかけてこんな事をしてどうしたいんだ。魔女の思惑は謎が深まるが、私はジゼルの手を一瞬強く握った。


「大丈夫だよジゼル。今日知り合いの医者に見せたら分かるかもしれないって言われたんだ。明日また会いに行って話を聞いてみるけど何か分かるかもしれない」


「それなら私も一緒に行くわ。情報は共有した方がいいし、帝国にあなたの事を話されても困るから私から口添えをするわ。その方は何と言う方なの?」


「ブレイクだよ。小さな診療所をやってる医者なんだ。昔からずっと世話になってる」


「ブレイク?聞かない名前ね。何か分かればいいけれど……」


浮かない顔をするジゼル。明日になれば何かしら分かるだろうがジゼルも難航していてブレイクも分かるものだろうか。ブレイクは頼りになるがこれで何も分からないとなると宛がなくなる。しかし、弱気になってはダメだ。ジゼルが責任を感じてしまう。私は明るくもう寝ようと促して寝支度を済ますとジゼルと共にベッドに入った。


それから私はすぐにジゼルを呼び掛けて身体をジゼルに向けた。


「ジゼル」


「なに?」


顔をこちらに向けるジゼルはまださっき言った事を気にしていた。私が明るく話を逸らすつもりで寝ようと言っても彼女の心はそう動かなかった。


「……寒いからこっちに来て」


「え?……ふふ、分かったわ」


上手い事慰められない私はまたジゼルの近くにいようと思った。寒くないけど下手な私の言葉にジゼルは驚くもすぐに笑って私に密着してきた。軽く腰に腕を回してきたジゼルに安心して私は背中を抱くように腕を伸ばす。するとジゼルは私に顔を向けて微笑んだ。


「私達の国は一年中少し肌寒いんだから寒いなら厚着をしないと風邪を引くわよ?」


「ジゼルがいるから大丈夫だよ」


「私がいなかったら困るじゃない」


さっきの暗い気持ちが薄れたように笑うジゼルにまた安心して顔を寄せる。今日約束したのにジゼルは何を言っているんだ。


「そばにいるって約束したよ」


「……そうね。そうだったわね…」


はっとして、何時もみたいに笑うのに何で哀しそうな目をするんだろう。ジゼルの目はあの私を悩ませる影がある。そんな顔をさせたくなかったのに、今君は何を考えているの?私はそっと頬を撫でてからじっと目を見つめた。


「ジゼルはいてくれないの?」


約束をくれたのに彼女は苦笑した。


「……私は、……そうね、いたいとは思っているけれど…」


人には想っていると言って約束をさせるのに当の本人は随分と曖昧な返事をした。まるで約束をしたくないと言っているようなそれは彼女の心を滲ませる。自分の気持ちを、ただの気持ちに従って生きれないのは彼女の性だ。何かの強い思いに彼女の心は囚われている。


「私は約束したのに、ジゼルが約束してくれないのは不公平だよ」


でも私はそこに踏み込んでいく。私はジゼルの気持ちを知りたいだけだ。私の前では言ってほしいんだ。医者だ何だと言うんじゃなくて、こうしたい、ああしたい、そんな単純なただ思っている事だけを言ってほしかった。


「……じゃあ、そばにいれるように努力するのは約束するわ。それじゃダメかしら」


「……いいよ。それで」


「ありがとうローレン…」


ジゼルはまた言ってくれないと思っていたから予想外の返事に喜びが生まれた。彼女は言葉にとても責任を感じているから妥協して約束してくれただけでも良かった。

儚く感じる君がいなくならないように言葉にしてくれただけで私の心は違うのだ。


「ジゼル」


「次はなに?」


「私は…またジゼルと出掛けたい。前に行った湖とか、いろんな場所に行きたい」


「…ええ、そうね。私も行きたいわ。あなたと一緒に」


「じゃあ、今度行こう。約束だよ」


「ええ、分かったわ」


これなら気持ちを言ってくれると思ったから口にして良かった。ジゼルは大切だからもっと約束をしたかった。ジゼルは微笑んで手を伸ばしてきたと思ったらまた頭を撫でてくる。暖かい手が触れてきただけで安心して何だか眠気を誘う。


「それよりももう寝たら?今日は疲れたでしょう?もう眠そうよ」


「まだ、起きてられるよ……。話してたいんだ…」


身体は確かに疲れていた。ついてない日だったが今はジゼルといれるから話したい。優しい手は私を労るように髪をすいてくれて心地好さに急に目蓋が重くなる。


「それでもダメ。もう寝て?足も怪我してるんだから」


「……うん。分かった」


強く言われているんじゃないのにジゼルに言われると頷いてしまう。私は穏やかな笑みを浮かべるジゼルを見つめておやすみと言って目を閉じるとジゼルは頭を撫でながらおやすみと返してくれた。

そして目を閉じてからも撫で続けてくれたジゼルのせいで私はすぐに眠ってしまった。



朝、目を覚ますとジゼルはもう起きていて何か書類仕事をしているようだった。ジゼルは私に気付くと捻った足を確認してまた魔術を掛けてくれた。昨日に比べたら大分良くなって腫れも引いている。歩くのも苦じゃないが今日はブレイクに会ったら帰って安静にするように言われた。

今度こそ約束は守らないとなとしっかり頷いて出掛ける準備を済ますとブレイクの元に向かう。


しかし歩きなのでちょっと時間がかかった。馬で行った方が早かったんだけど乗り降りの時に負担が掛かるからってジゼルが真面目な顔をして止めてきたのだ。私はつい平気だよと言いそうになったけど素直に受け入れた。ジゼルは一介の医者なのだ、口答えするべきではない。


ブレイクの診療所に着くとブレイクは何時ものしかめっ面で薬を調合しているようだった。


「おはようブレイク。今日は…」


「メルグレイスか。おまえの話は疑っていなかったけどまさか会えるとは思っていなかった」


紹介しようとしたのに全てを察したブレイクは調合を止めて立ち上がった。それを見てジゼルは前に出る。


「知られているようで光栄だわ。改めて、ジゼル=メルグレイスよ。ジゼルと呼んで。ローレンから話を聞いているわ」


「メルグレイスの名を聞かぬ医者等いないだろう。私はブレイクだ。君が来たと言う事は……口止めか何かか?」


しかめている顔色は変わらない。ブレイクは何時もの刺々しい言い方で核心をついてきたがジゼルは至って穏やかだった。


「ええ、それもあるけれど情報の共有をできればと思っていて。できれば帝国にはまだ内密にお願いしたいの。個人的な感情を挟むのはどうかと思うかもしれないけどローレンとは親しい真柄なのよ。だから命の保証がされない事は避けたいの」


「それに関しては私も付き合いが長いから言うつもり等更々無いが……、幾つか聞きたい事がある」


「私に?答えられる範囲であれば答えるけれど…」


首をかしげるジゼル。ブレイクはジゼルに問いかけた。


「ジゼル、君は魔女と戦ったのか?」


「直接は戦っていないわ。幽鬼をけしかけられて魔術で応戦してたら一瞬で後ろを取られてしまって、悪夢を見せるような魔術を掛けられたわ。その後は気を失っていてローレンに助けられたの」


「そうか……。ローレンの身体に変化はないか?」


「今のところはね。目立った疼痛も今はないし、印もまだ広がっている様子は見られない」


「…そうか。……それで、おまえはどうやって助けたんだ?」


次は私に視線を向けられる。ジゼルの間合いを一瞬で詰めたとは信じがたいがあの魔女は異常だった。


「魔女が引いてくれたんだ。私を気に入ったと言って印をつけられて、ジゼルを見逃してくれた」


「……気に入った?」


訝しげた彼に信じられないかもしれないが私は今一度あの時言われた事を思い出して口を開いた。


「うん。よく分からないけど、私をビレアに似ていると言っていて…」


「……そうか、分かった。あぁ、そうだ。昨日頼んだのは持ってきたか?」


「え、あぁ、うん。ちゃんと持ってきたよ」


頼まれた薬草を取り出して机に並べる。ブレイクはそれに一瞬視線を移すと私達を見つめた。


「魔女の伝承は知っているな?」


「ええ」


「うん」


「君達の話を聞く限りでは伝承通りだ。青い瞳を持っていて、青い炎で全てを焼き付くし、幽鬼をけしかける。人がいなかったのは姿形残さずに幽鬼に喰らわせたからだろう。これは確かに魔女で間違いない。そして、ローレンの腕に関しては魔女の魔術を掛けられている。見るからにこれは魔女の魔力を宿されたと言われてもいいが、魔術の解除は掛けた本人でないとできない」


「何か、分かったの?」


すらすらと話すブレイクはやはり何か分かったようであった。ジゼルと同じ線を言っているものの解除はできないとはどういう事だ?思わず詰め寄りそうになった私に視線で宥めてきた彼は私が並べた薬草に軽く触れた。


「……そうだな……。この伝承は知っているか?勝利の花ビレアは魔女の血を浴びて呪われていると」


「そんな話…」


聞いた事がない。そう続けようとしたらブレイクは私が取ってきた青い花びらのビレアを一本その手に取ってまるで見せつけるように話した。


「嘘ではない。その昔、今よりも闘いが絶えなくて争っていた時代にビレアの花の近くで死んだ魔女が呪ったんだ。怒りに我を忘れた魔女を止めようと願って」


それは聞き覚えすらなかった。だってビレアは象徴として有名な花だった。それがよりにもよって魔女に呪われているなんて意味が分からない。魔女を炎によって殺した花なのに、美しく気高い花は勝利を呼ぶと言われていたのに呪いだなんて…信じがたい話だ。


でも、彼の目は嘘をついているように思えなかった。

そして困惑すら招く話に彼は驚くべきものを見せてきた。


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