第11話


翌日も私は朝からジゼルと共に行動をしていた。朝一で魔術学者であるステイサムの屋敷に歩いて向かう。


「ローレン、ステイサムの屋敷で見てもらったら私は悪いのだけど医術師会が運営してる病院に行ってくるわ。その後にも会わなければならない人がいるから私は医術師会には戻れないけど、あなたは一旦医術師会に帰って検査を受けて」


「検査?何の?」


「あなたの身体のよ。医療器具が無かったからできなかったけれど、医術師会には揃ってるから念のために検査を受けて。カーラには話を通してあるから帰ったら彼女と話して」


「うん。分かったよ」


この印による影響がないかの確認だろうが私は検査等受けた事がないので若干不安を感じた。ジゼルとは別行動になるが彼女は普通に考えて忙しい身だった。


「検査が終わったら自由にしていて構わないからね。……あ、そうだ。レトをお願いできる?あなたといた方がこの子も自由にしてられるだろうし」


「うん」


ジゼルは肩に乗っていたレトを手に乗せると私の肩に乗せてきた。レトの扱いにはもう慣れた。普段はジゼルのローブの中に隠れているが何時も出たがっているみたいでジゼルはたまにレトに怒っているが安全な時と場所を選んで出してあげている。


「噛まないように見ててね」


「うん」


レトは私の肩を行ったり来たりして遊んでいるが本当に噛むのだろうか。あまり懐かないし噛むとジゼルはよく言っているが攻撃的な所を見た事がない私は一応頷いた。



そして、ステイサムに診てもらっても結果は得られなかった。



「ジゼル……これは、私にも判らない」


ステイサムと名乗る長身の男は私の印を見て開口一番にそう言った。気品に満ちた清潔感のある服を纏い、短髪の黒髪に眼鏡を掛けたステイサムは私の掌を険しい表情で見つめる。


「魔術を掛けられたのは確かだが、……呪いに近いものなんじゃないか?」


「呪い?」


「ああ。魔女の文献には魔女は人に呪いを掛けていたと言われている。人を操って殺すために呪いをかけると。でも、君は症状が痛みしかないんだろう?」


ステイサムの視線に頷くもステイサムはまた険しい表情をした。


「判らないな。確かに魔女に会ったんだろうが……魔女は伝説のような存在だぞ。魔術師と似て異なる存在だし、文献も少ない」


「…そうよね。一応生体検査をするつもりだけど、呪いとなったとしたら解除する方法を探さないといけなくなるのね…」


ジゼルも考えるように眉間を寄せた。呪いとなっては話が変わってくるがどういった呪いなのかもどうやって呪いを解くのかも全く検討も着かない。そもそも呪いだなんて非現実的な話である。


「呪いと言われると私には人狼病しか判らないが、人狼病と何か一致する事があるかもしれないな」


ステイサムは机に向かって厚い書物を開いた。


「人狼病って……あれも伝説の一種じゃないの?」


人狼病は名前の通り人が狼になってしまう病気と言われている。でもそれも魔女の話のように子供に聞かせるような話であった。私の問いにステイサムは当たり前のように言った。


「違うに決まってるだろう。人狼病は確かに昔話等にしか出てこないが実際にある病気だ。症例は少ないが私もジゼルも治療に携わっている。しかし、人狼病は病気と言うよりも呪いに近い。血に強力な魔術が掛けられている。私達は尽力を尽くしてはいるが解除にはまだ至っていないし、症状を和らげる事しかまだできていない」


「そうなのか。……じゃあ、治せないかもしれないのか」


そんな一種の一例を聞いて絶望するよりもどうなっていくのかに不安が募る。別に個人としては投げ出してしまってもいい命だがジゼルを考えると投げ出す等選択肢には選べない。それよりも、このまま生きていて誰かを傷つけるようなものにはなりたくなかった。


「それはまだ判らないわ」


私の不安を感じ取ったようにジゼルははっきりと口を開いた。そして医者として見せる真摯な屈折ない瞳で私を見つめた。


「ディータには医療器機も専門学者も多くいるのよ。治る可能性は充分にあるわ。それに、まだ何もしてないのに治らないと決めつけるのは早いわ」


「そうだなジゼル。私はもう一度魔女の文献や人狼病との繋がりがないか調べてみるよ。私も尽力を尽くす」


「あぁ、……ありがとう」


ジゼルの言葉に私は言い様のない安心感を感じて笑ってしまった。彼女の在り方を見ているからか不安があっても信じられてしまう。私はジゼルをとても信頼しているようだ。


「ジゼル、彼女の生体検査の結果が判ったら教えてくれ」


「ええ、分かっているわ。この件は内密にねステイサム。私も私で他にも人を当たってみる事にする」


帰り際までステイサムとジゼルは話し合っていたが玄関まで来た時に彼は真面目な顔を少し歪ませた。


「ジゼル、そろそろラナに顔を見せてやったらどうなんだ?時間がある時でいい。あれから行っていないんだろう?」


「…今は忙しいから無理よ。久しぶりにこっちに帰ってきたのよ。私にもやる事があるの」


ラナ、つまりジゼルの姉の事だ。彼は墓参りの事を言っているのだろうがジゼルは一瞬顔を曇らせた。


「ジゼル……」


「…もう行くわ。この件はよろしくね」


彼女は逃げるように扉を空けて外に出てしまったので私も後を追うように外に出た。

ラナの死に彼女が責任を感じているのは知っていた。言わなくてもジゼルは責任を感じて墓にすら行けていないのを悟る。私は彼女の傷に外に出てから呼び掛けていた。


「ジゼル」


「なに?」


呼び掛けた所でジゼルは何時も通りの顔でいる。もう隠してしまった傷みに言葉に詰まりながら私はどうにか口を開いた。


「あのさ、……今日の夜、お茶でも飲まない?……たぶん、時間が余るだろうから市場に買い物にでも行ってくるから……。どうかな?」


あまり上手い事を言えなかった。茶を飲んだって傷が癒える訳じゃないけど、ジゼルとなるべく一緒にいたい。


「……嬉しいけれど、今日は遅くなると思うわ。だから…」


「平気だよ。遅くなっても待ってるから」


意図を理解したのか暗い表情で断ろうとする彼女を遮った。別に時間なんかどうでもいい。こうやって積極的に関わらないと、私を拒否しようとする彼女の傷みなんて癒せない。


「……ええ。じゃあ、楽しみにしてるわ」


「うん。じゃあ、またあとでねジゼル」


「ええ」


ジゼルは控え目に笑うと行ってしまった。少し強引だったが時間が取れてほっとする。私はジゼルの背中を見送ってから医術師会に戻った。

ジゼルについてよく考えてしまうが今は魔女の事がある。医術師会に戻った私は待っていたであろうカーラに身体の検査をしてもらった。


彼女は屋敷を案内してから私の身体から採血をしてよく分からない魔術を掛けてきたり身体を触ったりとにかく色んな事をされた。説明は受けたが、医者が言う事は難しくてされるがままだ。そうやって身体の検査をされて一通り済んだ時カーラは真剣な眼差しを向けてきた。


「あの、ローレンに一つお伺いしたい事があるのですが」


「え?うん…。なに、かな?」


真剣な目を向けられても何を聞きたいのか等想像がつかない。彼女は何故か回りを確認すると小さく尋ねてきた。


「先生とはどういった仲なんですか?」


「え?」


考えてもみなかった問いかけに唖然としてしまって言葉が出ない。どういったの中にはいろんな意味があるが彼女の表情からするとただの知り合い等を期待しているようではない。カーラは捲し立ててきた。


「だって、ローレンは先生の書斎を使ってますし、あの部屋に先生は患者を入れるなんてしませんよ?ていうか、先生はあの部屋に親族かレトしか入れません。だから患者だと言ってローレンを普通に招き入れていたのに驚いてしまって、……不躾ですがやっぱり先生と何かあるんですか?それとも親族か何かなんですか?」


「いや、私は特に何もないよ。親族でもないし。ジゼルとはベシャメルでたまたま知り合っただけで、魔女の印があるからだと思うけど…」


ジゼルと何かある筈がないと思うのだが、カーラにはがっかりしたような顔をされてしまった。


「はぁ~、そうですか。まぁ、異例中の異例だしそうですよね。あの部屋に人を入れるなんてって勘繰っちゃいましたけど先生はそもそも医学以外興味がない人でしたし、先生本当に色恋とかいろんなものに無縁ですし……」


「そうなんだ。ジゼルには恋人はいないの?」


気になったそれを問いかけるもカーラは大きな溜め息を溢した。


「いませんよ。全く興味もないんですよ?先生美人なのに私は医者だからとか言って先の戦争で名声を上げた先生の元に数々の将兵が求婚に来たのに全て断るくらいですよ?助けた患者からすら口説かれてるのに何時も医学書ばかり読んで新薬の研究ばかりで……。あ、先生はベシャメルではちゃんと休んでましたか?何時も働き過ぎるくらい働いているので休暇を取ってもらってたんですが」


「え、あぁ、急に休みがあって困ってはいたけど休んでたんじゃないかな?私も馬で湖に連れて行ってあげたよ」


「え?!先生馬に乗ったんですか?!」


ジゼルの知らない面を知れて妙に納得しながら何の気なしに言ったらとても驚かれてしまった。カーラの信じられないと言った顔にたじろいでしまう。


「え、…うん。乗ったよ?ここに向かうのも私が乗せてきたし……」


「……信じられません。先生は頑なに馬が嫌いだからって乗らないのに……。でも、まぁ休めたようで安心しました。戦争が終わっても負傷者は沢山いたので休みなんかろくになかったんですよ。それでなくても身内を亡くされて塞ぎ込んでいるようでしたから…」


少し哀しそうにするカーラ。それは誰とは言わなくても自ずと分かる。私は彼女を知りたくて不謹慎かもしれないが訊いていた。


「ラナの事?ジゼルから少し聞いてるよ」


「そうなんですね。はい、ラナさんの事です。医術師会は帝国と古くから支援関係による契約があるので基本的に軍医として戦場に参加するか各地に作る拠点で医術を施すのですが、兵士の人手不足によって先生は姉妹共に兵士として参加されてて……。ラナさんの件は本当に残念でなりません」


「そうだったんだね…」


カーラからは哀しみが伝わる。それだけでラナがとても慕われていたのが分かる。


「二人はとても仲が良かったんですよ。先生は泣きもしませんでしたけど、ラナさんが亡くなってから何時も哀しそうにしていて……。会ったばかりで申し訳無いのですがローレンは先生と仲が良さそうなので先生を気に掛けてあげてくれませんか?先生は口数も多くない方なので私も含めて皆心配してるんです」


「うん。分かったよ。と言っても、そこまで好かれているかは分からないけど」


これは正直な気持ちだった。受け入れてくれてはいるが私を受け入れたくない面も持ち合わせているし、私達は厳密には医者と患者の関係でもある。ジゼルは私をどう思っているんだろうか。


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