第6話



「そんな物無いわ。火事場泥棒でもしに来たのかしら?死者への冒涜よ」


ジゼルは臆する事もなく冷静な顔をして淡々と言い放った。ジゼルの言った通りこいつらは盗賊か何かだろうが数は五人。こちらに部は悪いものの倒せない相手ではない。


「金があったらこんな事しねぇよ。生意気な女だな?殺すぞ」


「その言葉そっくり御返しするわ。人が死んだと言うに祈る気持ちも持ち合わせていないなんて」


「うるせぇなぁ!俺達には金が必要なんだよ!」


「ジゼル」


怒声を上げる男を見かねて呼び掛ける。いつ襲ってくるかも分からない様子に柄を握る手に力が入る。それと同時に沸く不安のような気持ちを振り払った。今はそれを考える時じゃない。ジゼルは私に視線を送ると私の前に出る。


「私がやるわ。あなたは怪我をしているのだから下がっていて」


「おいおい、姉ちゃんが相手してくれんのか?笑わせんなよ」


ジゼルの見た目を侮ってへらへらしている男はきっと何も分かっていないのだろう。馬から降りた盗賊達は武器を持って嘲笑っている。だが、突然強烈な突風が吹いたと共に盗賊達が建物や地面に叩き付けられるように吹き飛んだ。


「無駄な血は流したくないの。ここを去るのであれば殺しはしないわ」


「こいつ……!魔術師か!」


一人の賊がよろめきながらナイフを手に握る。ジゼルは特に動きもせずに警告した。


「あなた達くらい簡単に殺せるのよ。死にたくなかったら去る事を勧めるわ。去るのであれば追撃も何もしない」


「くっ……!おい!早くしないと……」


「そんなの分かってる!」


警告に迷いが生まれるも彼等には何か事情があるようだった。しかし此方も命が掛かっている。死ぬ訳にはいかない。盗賊達が狼狽える中、また馬に乗った仲間のような奴が現れた。ぐったりとした男を支えるように。


「おい!金になりそうな物はあったのか?早くしないと死んじまう!」


「こいつらから奪う予定だよ!黙ってろ!」


馬に乗っている男もさっきの吹き飛ばされた奴も焦りが伺えた。焦りの原因はぐったりとした様子で馬に乗って抱えられている男だろう。傷を負ったのか顔が青ざめていて目が虚ろだ。こいつらは仲間のためにベシャメルに来たのだろうが、其れと此れとは話が別だ。なのにジゼルは突然その男の方に歩きだした。


「怪我をしているのね。診せなさい。私は医者よ」


「おい!来るな!」


「ジゼル!ダメだ!」


馬に乗っている男に警戒されて剣を抜かれているのにも関わらずジゼルは歩みを止めない。怪我をしているのは見て分かるが相手は盗賊だ。私は慌ててジゼルの腕を引くもジゼルは真摯な姿勢で私に口を開く。


「怪我人なのよ。放っておいたら死ぬわ」


「だけど相手は敵だ!」


「今は戦争じゃないのよ。怪我をした者に敵も味方も関係ない。どんな人であっても医者は常に人に平等であらなければならないの」


「……!」


彼女はまた本心から言葉を述べた。一切の同情も何もなく、ただ真剣に信念のような言葉を言われた私は何も言えなくなってしまった。彼女は医者として成すべき事をしようてしているのだ。ジゼルは何も言えない私の手を払うとそのまま馬に近寄って怪我人を観察する。


「脚を怪我したにしては様子が変だわ。呼吸も浅い。意識も朦朧としてる。彼はどうしたの?」


脚に巻かれた赤い包帯を見つめるとジゼルは疑問を口にする。剣を抜いて警戒している男はジゼルに動揺しながらも剣をしまった。


「狼に噛まれた。依頼で遠征している時に森で狼にやられて、できるだけの処置をしたが意識も無くなってきて……」


「噛まれたのはいつ?」


「昨日の夜だ」


「そう。症状からすると感染症にかかっている可能性がある。早く処置をしないと後遺症が残るわ。今すぐ処置に移りたいけどここは避けた方がいい」


見ただけで見当がついたジゼルに賊達は動揺しながらも武器をしまって寄ってきた。


「なら俺達の拠点がそばにあるからそこで診てくれ!ベッドも水も、少しなら薬草もある!」


「ええ、分かったわ。そこで診るから案内して」


「あぁ!分かった!付いてきてくれ!」


さっきまで殺そうとしていたのに彼等はジゼルの真摯な態度を信じたのだろう、直ぐに馬に乗った。私も気持ちを切り替えて馬に跨がってこちらに来たジゼルに手を伸ばした。


「行こうジゼル。急がないと」


「ええ。ありがとうローレン」


手を握ったジゼルを引っ張って馬に乗せると盗賊達の案内で彼等の拠点に向かった。ベシャメルから少し馬を走らせて、レンガで作られた彼等の住居に着くと怪我人である男をベッドに横たわらせてジゼルがベシャメルから取ってきた鞄を開いて器具を出していく。


「清潔な布と水を用意して。あと彼の服を脱がして脚をよく見せて。それから誰かこの子に付いていって薬草を集めてきて」


近くにいる男達に指示を出すジゼルは服の中に隠れていたレトを外に出すと薬品を入れているであろう瓶の蓋を開けてレトに嗅がせた。それから頭を二度指で押すように撫でるとレトはクゥと鳴いて走り出した。


「あの狐に付いて行けばいいのか?」


「ええ。あの子が示した薬草を摘んできて。でも、あの子は噛むからあの子には触らないように」


「ああ!分かった!」


一人の大男がレトを追いかけて外に出て行く。レトにそんな特技が在ったのに驚くもジゼルは次に私に視線を向けた。


「ローレン。あなたには私の助手をしてほしいの」


「え?私は医療の心得なんてないよ」


私は役に立てないと思っていたから驚いてそのまま口にするがジゼルは動じずに手袋を渡してきた。


「平気よ。誰にでもできる事しか言わないから」


「……なら、いいけど」


ちゃんとできるか自信はないが渡された手袋を受け取った。医療なんて分からないが彼女の力になれるなら精一杯の事をしよう。ジゼルは手袋を付けてから患者の身体に注射をしたり何か薬剤を繋いだりしてから問題の脚を凝視する。包帯を取り除いた脚はくっきりと噛まれた痕が残っていて赤く腫れている。傷は所々赤黒く変色していた。


「本当に助かるのか?!」


食い気味に聞いてくる男にジゼルは顔色一つ変えずに淡々と話した。


「通常野生の動物に噛まれると大体は傷口から感染症をメインに引き起こすわ。彼はその感染症を発症していて間違いないけれど、処置を早くしないと細胞が壊死して死ぬ事もあるの。脚を診る限り膝から下は切り落とした方がいいわ。もう壊死が進行してる」



「なっ…!脚を切るのか?!昨日まで普通に歩いてたんだぞ!?」


診断に驚きを隠せない男にジゼルは噛まれた脚の色が一番黒く変色している部位を指摘した。


「この壊死は普通ならもっと進行していてもおかしくないの。今回は一ヶ所を噛まれたからこの程度で済んでるのよ。このまま放置してたら脚の付け根から切断する事になる。脚の付け根から切断したら彼のその後の人生に膝下を切断するより影響が出るわ」


「でも……!脚を切るなんて……!他に方法はないのか?!」


狼狽える男にジゼルは冷静に言い放った。


「ないわ。細胞が壊れたら今の医療では治せない。壊死を残していたら時期に腐るだけよ」


「そんな……!」


「それに時間が経ちすぎると菌が身体中を巡って何かしらの後遺症を残す恐れがある。噛まれたのが狼であるならば菌の種類からして失明の可能性が高くなるわ」


「そんなの、嘘だろ……」


動揺する男はジゼルの言った現実に困惑していた。突然こんな事を言われればこの男のような反応をして当たり前だった。しかし、ジゼルは残酷にも急かすように言った。


「どうするの?私は全て説明したわ。今この瞬間にも壊死が進行しているのよ。どうするのか早く決めなさい」


「…………」


黙る男は表情を険しくさせるだけだった。迷いは顔から窺える。誰だって迷う筈だ。仲間の脚を切るのだから。方法があるならジゼルも提案しただろうが医者として彼女は最善の手を打った筈だ。あとは決めるだけだった。


「分かった。脚を切ってくれ」


男の迷いは消えた。ジゼルをしっかり見据えた男は次いで口を開く。


「脚を切れば死なずに済むんだろう?」


ジゼルはその確認に頷いてしっかりと答える。


「勿論。私が死なせないわ」


ジゼルはそう男に約束すると処置に移った。それからのジゼルの手には何の迷いも無かった。淡々と冷静に処置を施す彼女は脚を切断するのも顔色すら変えず黙々と手術を成功させた。

魔術を使いながら処置をする姿は傍らで助手をしていても難しそうに感じたが、私にも分かるように指示を出してきたジゼルのサポートはそれなりに上手くできた気がする。


ジゼルは処置が終わると素早く紙に何かを書いて喜んでお礼を言う男達に渡した。



「私はこれからディータに向かわなければいけないからどう言った治療を施したか一筆書いておいたわ。すぐにでも近くの医者にこれを見せて身体の回復に専念した方がいい。危険な状態は脱したけどこれからが大事よ」


脚を切る決断をした男はジゼルから紙を受け取ると頭を下げた。


「ありがとう。本当に助かった。金が無くて医者に行くのも困っていた所なんだ。あんたのおかげで命拾いしたよ」


「金が無いなら地道に働きなさい。盗賊何てしなくても生きてはいけるわ。医者だって真面目に働く者を門前払いになんてしない」


「ああ。これから改めるよ。最初の無礼を許してくれ。本当にありがとう」


正論を真摯に受け止めた男にジゼルはふと笑うと先程作っていた薬を差し出す。


「まだ後遺症に関しては何とも言えないけれど、この薬を飲ませて安静に」


「ああ。ありがとう。何か礼をしてやりたいが渡せる物がなくてすまない」


「見返りが欲しくてやった訳じゃないわ。それじゃあ、私達はもう行くわね。急いでいるの」



彼等に何も求めないジゼルは彼女らしくて、彼等に挨拶を済ませると直ぐに北に向かって馬を走らせた。道中休みながらも進めるだけ進んで宿を取って休息を取ろうと思ったのに彼女は宿について一通りやる事を済ませてから分厚い書物を読み始めた。

私はそんなジゼルに心配になって話しかけてしまった。彼女はあんな医者として大変な治療をしたと言うのに休む処か疲れた素振りも全く見せないからだ。

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