第17話
「今日は、そうね……ごめんなさい。少し遅くなると思うわ」
「そっか。いや、私の方がごめん。ジゼルは忙しいのに考えてなかった」
何を言えば言いか分からなくて咄嗟に昨日できなかったお茶を思い出したがやっぱりダメだった。彼女は忙しいんだから聞かなくたってよく考えれば分かる筈なのにバカな自分だ。
「ローレン、その、私も時間を作るから少し待っていて?」
「え……?」
何か違う話をして空気を変えようと考えていたらジゼルは少し言葉に詰まりながら困ったように言った。
「私は医術師会を取り仕切る立場だし、ディータに帰ってきたばかりだから…その…やらなきゃならない事が多いけど、あなたがせっかく誘ってくれたから私だってお茶をしたいとは思ってるのよ?」
「……あ、あぁ、うん……」
時間が在る時にしようと言ったのは私だったはずだがジゼルは私より真面目に捉えていたようで内心たじろいでしまう。最初は乗り気じゃなさそうだった気がしていたがジゼルがお茶をしたいと思っていたのに驚いた。そして、彼女は何だかさっきよりも言葉に詰まる、と言うより言いにくそうに恥じらい始めた。
「だ、だから……えっと、……あの、ね?……私、あなたと話したい事がまだ沢山あるの。あなたの印を治すためにディータに来たけど……その、あなたの事をもっと知りたいと思っているし、あなたと過ごす時間は好きだから…二人でいたいとも思ってるわ。でも、印の事もあるし……そういう時間を過ごすのは医者としては印が治ってからの方が好ましいのだろうけど…、私は、その……ええっと、ごめんなさい。言いたい事がまとまらなくて……」
「つまり…ジゼルも私と話したいと思ってくれてるって事なんだよね?」
珍しく焦りながら最終的にてんやわんやして視線を逸らしてきたので汲み取って要約する。思っていた以上に好ましく思われていたのには素直に嬉しくてお礼を言いたいくらいだがジゼルがそれ処では無さそうだ。ジゼルは視線を逸らしながらも頷いた。
「え、ええ。そうよ…」
「それで、忙しいけど時間は必ず作ってくれるって事でいいのかな?」
「ええ……」
「そっか。ありがとう。じゃあ楽しみに待ってるよ」
「ええ……。私も楽しみにしてるわ……」
「うん」
顔を伏せてしまったジゼルの顔は馬に乗っている状態なので丸見えなのだが、兎に角ジゼルは恥ずかしいようだ。たまに見せてくる彼女の不器用な思いは外見の美しさや普段の穏やかさを見ていると幼くてどうしようもなく可愛らしく感じてしまう。こうやって自分の気持ちに何時も従ったら良いのに。医者としてだなんて言わないで。私は黙ってしまったジゼルに少し間を開けてから言っておいた。
「ジゼルに好かれてて良かったよ。ジゼルは私を本心では苦手なのかなって思ってたから」
彼女の言葉の節々には私を拒絶する意志があった。だから心の何処かでは嫌いではないが苦手なのかなと思っていた。彼女は使命感が強い人だから私はその使命の前では疎ましい存在になるのではないかと。
「そんな事ないわ。私は、……私は最初に言った通りずっとあなたを大切に思っているわ……。大切な人にそんな事は思わないわよ」
「うん。そっか。でも、そこまで思ってくれてたのには驚いたよ」
恥ずかしそうにはっきり口にする気持ちは何だかむず痒いような気持ちを与えてくる。ジゼルは赤らめている顔を隠さずに不満そうに私を見た。
「あ、あなたも、……ローレンも、私と同じように思ってくれたからお茶に誘ってくれたんじゃないの?全て一緒とまでは言わないけど、あなただって私と話したいとか…思ってくれたのでしょう?」
私から顔を逸らさない彼女は返事をするまで逃がさないとでも言うように少し腕を掴んできた。私は答えない等する気もなかったがジゼルを支えたいと思っているのは秘めておこうと思う。これは私ではおこがましいかもしれないから。
「うん。思ってるよ。ジゼルとほとんど一緒だよ。ジゼルは何だか放って置けないんだ。気になって、話したくなって、そばにいたくなる……」
そこまで言い切って私は次の言葉が出てこなかった。この気持ちはジゼルにしか感じていない。いや、感じた事がないから分からない時がある。だって死にたくない気持ちだけで生きていたから。自分が一番大切で他は全てどうでも良かったから、言いたい言葉があるんだけど、それがよく分からなくて言えなかった。
「ありがとう。あなたの気持ちは嬉しいわ」
「そっか。だったら良かった」
微笑んでくれたジゼルに安堵する。想っている事に苦しみを与えなくて良かった。拒絶の心が見えなくなった彼女は私の手を軽く握ってくる。
「……ローレン」
「ん?」
前を向いてしまったジゼルは穏やかな口調で言った。
「そばにいてね」
急に言われた言葉に驚いて、聞き返してしまいそうになった。ただの言葉なのに彼女の口から発せられただけで重みを感じたからだ。
それは、それの本当の意味はなんなんだ。
ジゼルは私にどういう気持ちを抱いているの?
聞きたいけれど敢えて聞かなかった。彼女の大切な本音なのは確かな筈だから今はそれを確かめなくていい。
そして、私は応えれば良いのだ。
「うん。約束する」
君が最初に私に与えてくれた大切なものだ。ジゼルに想ってもらって嬉しかったから私もジゼルに気持ち以上に返したい。
ジゼルはありがとうとだけ言ってくれて私達は帰路についた。
一旦医術師会に戻ってからジゼルとは別れた。今日も今日とて予定があるらしく彼女は私に暗くなったら早く帰って来ないとダメよとまるで子供に言い聞かせるように言ってきた。それにはちゃんと返事をしたのにジゼルは最後に怪我をしないように気を付けてねと念を押すようにも言ってきて、彼女の心配性に少しだけ戸惑った。嬉しいが、私はそんなに小さな子供ではないのだが、……ジゼルに言われるとそんな事は言えなかった。
私はそれから馬に乗って昔からよく世話になっている医者の元に向かった。ディータは大きな街だから病院や診療所は沢山在るし医者は多い方である。そんな町医者ととある縁があってからずっと世話になっているのだ。
久々に向かうが今日はやっているだろうか?私は目的の小さな診療所に着くと馬から降りて中に入った。
すると直ぐに怒気を含む声をかけられた。
「ローレン。また怪我をしたのか?気を付けろと散々言った筈なんだが…バカなのかおまえは」
「久しぶりブレイク。今日は怪我はしてないよ」
久しぶりの再会だと言うのに棘の在る言い方は変わらない。ブレイクは今日もしかめっ面をしていた。清潔感のあるシャツにサスペンダー姿の彼は真面目そのもので短い黒髪でさえきっちり整えられている。そして顔は整っていて綺麗とすら言えるくらいなのだが彼は何時も怒っている。怒っていると言うか気難しいと言うか……、兎に角何時も眉間にシワを寄せて威圧感のある表情をしているのだ。
「本当か?何時も怪我ばかりしているくせに。私がどれだけ手を掛けて治してやったと思ってるんだ。無理な傭兵の仕事は受けるなと何時も言っているのだが聞いていないのは誰だ?」
「まぁ、怪我は申し訳無いと思ってるけど無理な仕事はしてないよ。最近は本当に大丈夫だから」
無理な仕事は元より受けていない。ただ私は運悪く敵に出くわすだけである。そもそもブレイクとの出会いもそうだった。あれは軍にいた頃、荷物を運ぶ仕事をしていた時に賊に出くわして矢を何本か受けて死にかけた時だ。逃げ込んだ森にたまたま薬草を取りに来ていたブレイクに助けられたのだ。ブレイクは医者だけど魔術師でもあったから人数の多かった賊をあっさりと倒してくれて本当に助かった。しかし、その後は怪我をしているのにとんでもなく怒鳴られた。
無茶をするなから始まりおまえは女なんだから体を大切にしろ等々散々怒鳴りながら心配をして治療をしてくれた。兎に角その時は怒っていたので謝って宥めたが彼は優しいは優しいのだ。常に怒ってはいるが。
「じゃあ、何だ?薬か?全く少し待ってろ」
「あぁ、それも有り難いんだけど今日は見てほしいものがあるんだ」
私を睨むような目が薬を出しながら鋭くなるのを感じる。これはまた誤解を招いているようだ。
「ローレン、まさかとは思うが何か感染症にでも掛かったのか?おまえは本当に気を付けろと何度言えば分かるんだ」
「いや、違うよ。本当に違う。ブレイクはベシャメルの魔女の話は聞いた?」
私はこれ以上誤解を招いて小言を言われないように本題を話すとブレイクは顔を更にしかめた。
「当たり前だ。街が一夜にして全焼して人が消えたやつだろう。死体が見付からない挙げ句幽鬼を従えた女が現れたらしいな。しかも青い炎に焼かれたと。魔女の伝承通りの情報にディータでもその話で持ちきりだぞ」
「そうか。知ってて良かったよ。今日来たのはそれなんだ。実は私はその時にベシャメルにいて魔女に会ったんだ。それで魔術を掛けられたんだけど……」
知っているなら話は早い。ブレイクになら見せても問題ないだろうから直ぐに腕を見せよう。ブレイクは以前私がよく分からない病気になった時も直ぐに治してくれたし彼は町医者だけど腕が良いのだ。私が腕を捲ろうとするとブレイクは何時もより大きな声を出した。
「はぁ?!おまえは寝言でも言ってるのか?魔女なんて伝説の存在だぞ?意味分からない事を言うな!」
「いや、そう思うのは分かるけど本当なんだよ。青い瞳をした銀髪の魔女に会ったんだ。名前はカベロと言っていて私に印を付けたと言ってこれを付けられた」
また怒りそうだったブレイクに私は手っ取り早く腕を見せた。黒い模様が入れ墨のように腕に巻き付いているこれは自分で見ていても気分の良いものではないがブレイクは何か分かるかもしれない。ブレイクは私の印に目を見開いて驚いていた。
「これは……!痛みはあるか?身体に変化は?!」
「たまに疼くけどそれ以外は平気だよ。何か分かるの?」
頼みの綱のブレイクは印を見ながらも否定する。
「いや、……私が昔見た文献の症状に似ている気がしてな。ローレン、これを知ってるやつは他にいるのか?」
「えっと、ベシャメルで知り合った医術師会のジゼルは知ってるよ。彼女がこれを調べてくれているんだ」
「あのメルグレイスか?」
ブレイクはまたしても驚いていた。
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