かぐやシック

「くっ……」


 突然の奇襲から織姫の身を守ってくれた竹は、風もないのに揺れていた。


「まさか、こんな風に攻撃してくるなんてね」


 織姫は軽い貧血症状に似た状態に陥るも、体制を立て直そうとして、前によろける。


 織姫の前にある竹の幹が、一部本のようにめくられ、植物の繊維で作られた和紙わがみに墨汁の軌跡が字を浮かび上がらせる。


 ☆★☆★☆


「かぐや! かぐや!」


「かぐや姫、いずこに~!」


 遠ざかる家を流し目で見据え。そっとかぐや姫は顔を俯けました。

 かぐや姫に求婚を申し込んだ3人の内の1人が、死んだという訃報が入り、突然、かぐや姫は走り出したのです。


 育ててくれた翁夫妻の制止を振り切り、上等な反物で縫い上げた着物の端をズルズルと引きずって、かぐや姫は拾われた竹林へと向かいました。


「ハァ……ハァ……」


 かぐや姫は竹林に着きました。けれど、遠くの方から翁夫妻と貴族が置いていった家来の声がするではありませんか、かぐや姫は身を縮めて、竹の合間に入りました。

 竹が守ってくれる、そう思って。


「いや、嫌なの」


「おやおや? こんな竹林にお嬢さん1人かい。危ないよ、ここら辺は盗賊や狼だって出る。さあ、お家に帰んなさい」


 かぐや姫は、満月から来る迎えの使徒を待ちました。


「ねえ、あなたは?」


「わしかい? わしはしがない灯り屋でございます。この腕にぶら下げた異国の提灯であらゆるものを照す商いをしております」


「……綺麗ね」


 かぐや姫は、抱えた足を更に引き寄せました。


「おや、そういえばここら辺は特に暗いね。お嬢さん、良ければお1つどうだい」


「いらない、だって見つかってしまうもの」


「そんなことはない。決して見つからないよ。それより、さあ」


「いらない」


 かぐや姫は満月から来る向かえの、使徒を待ちました。


「あなたにはこれが必要です。分かるんです、わしはそういった瞳を照らさないと気が済まない性分なんです。さあ……」


「いらない!」


 かぐや姫は精一杯の力でそれを払いました。


「あっ……」


「驚いたでしょう、そう、この提灯は割れないんです。この世に暗闇がある限り、この提灯の灯火は消えたりしないんです。だから、今のあなたには必要だ。さあ……」


「なぜ、そこまで……」


「言ったでしょう。わしはそういった陰りのある瞳は照らしたくてしょうがない、そんな性分なんです。おかしいかも知れない、滑稽かも知れない、けど、わしはそんなあんたを照らしたいんです」


 かぐや、姫は、満月から来る向かえの使徒を待ちました。


「あなた、名前は?」


「はい、妙はランタン、名はジャック。この世を嘲る南瓜の面をした、しがない灯り屋でございます」


 かぐや、は、満月から、来る、向かえの、使徒を――。



「気に入った。ねぇ、私の側で照らしてくれる、この理不尽を」


「ええ、お安いご用です。では、今から奇妙な南瓜による素敵な祭りをご覧見せましょう」


 か、ぐや、かぐや、かぐやひめ、は――。


 彼女はこうして、異国の提灯をぶら下げた商人と共に旅へ出ました。


 ★☆★☆★



『――じょう、お――おじょう! お嬢!』


「はぁ!」


 織姫は廊下に横たわった状態で目を覚まし、ゆっくりと立ち上がるのをジャックに心配されながら上体を起こした。


『お嬢、あんま無理すんな。お嬢の『かぐや姫』は防御こそ一級だが、お嬢自身がそれでへばってちゃ割りに合わねぇだろ』


『そう、心配掛けたわ。敵は』


『お嬢の出した竹が消えるまでの間に逃げちまった。下の方に駆けてったから、恐らくもうここにはいねぇよ』


 織姫は立ち上がり、服に付いた埃を払いながら、とある思い出を、ふと、ジャックに尋ねた。


『ねぇジャック。私との出会い、覚えてる?』


『は? そりゃあもちろん覚えてるぜ。あっちの世界で竹に囲まれて泣いてる女なんて、そうそういねぇしな』


『そうね、そうだったわね』


 そっと窓の外を見る、月は少し欠けて檸檬のような形になっている。

 織姫は自分の手の平に視線を落とす。


『私がなぜ、かぐや姫を使うと、自分を中心にした周りにしか竹を出せないのか、あの日に関係あるのよね』


『……お嬢は物語の原点から抜け出したからな、予想は出来ても断言は出来ねぇ。ていうか、ツッキーがピンチだったあの時は竹を出現させてたろ、もう能力だって変化してるんじゃないか』


『あの時は私の周りに竹が生えて、そのあと、真っ直ぐ生き物みたいに竹が生え続けたわ』


 はっきりした返事こそしなかったが、けれどジャックには伝わったらしく、そうかと低い唸り声をあげた。


『あの日の事、ちゃんと感謝してるのよ、ジャック。だって、家を飛び出して隠れる場所を探してた私は、偶然、あの世界に迷い込んだんだもの。当時のかぐや姫の能力で、周りに竹を生やしてうずくまってた私に声を掛けたのは、ジャック、残念ながらあなただった』


 残念とか言うな、と、カボチャの抗議する声が指輪を通して織姫に伝わる。


 織姫は、指輪を嵌めた手を、窓につけた。

 窓ガラスはひんやりしている、だが、カボチャを模した指輪はそれに対抗するように、ほんのり灯る明かりを更に明るくさせた、様に見えた。


 織姫の『かぐや姫』は、当時と比べて防御に傾いている。昔のように竹を好きな所に生やせたりは出来なくなった。けれど、竹の成長速度は凄まじいもので、先程のナイフのように、瞬間的に身を守ることが出来た。


 だから、嫌でも思ってしまう。自分は今も籠の中で、かぐや姫という物語に取り付かれているのだと。


『お嬢、オレッチは約束を守るカボチャだぜ。あの日の約束はちゃんと覚えてる。空っぽの中身に、ちゃんとな』


 お嬢は、とカボチャが問いかける。


 当然、覚えている。


「私と一緒に、この理不尽を壊してくれる、よね」



 静かな廊下にその言葉だけが木霊して、まるで、切り取った一言が、時間の川に流れていくようだった。

 けれど、決して流れちゃいない。織姫はカボチャの指輪を撫でながら確認する。


 ええ、そうよ。絶対に、壊してやる。そのためにも。


『あの組織は、必ず倒す。物語にこれ以上翻弄される人を出さないためにも』


 織姫は階段へ向かい、駆け降りる。狼少年が望月の通う学校で何か仕掛けていたことを知らせるために。


 1階に着き、鍵の空いた非常口を出て、裏門を通る。


 鞄からスマホを取り出して素早く事の詳細を書いて送る。


 このまま家に訪ねようと思ったが、時刻は夜8時を回っていた。


 織姫は、真っ直ぐ暗闇の中を進んで、泊まっているホテルへと向かった。

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