これが俺の物語♪

「『裸の王様!♪』『ネイキッド・ハート』!」


 ページを捲る軽やかな音、紙の繊維に触れた時の好奇心の高まり、その感覚が、望月の何かを通して伝わった気がした。


「っ、来るわよ望月君」


 生やした竹を蹴り折、竹槍を構える織姫。


『灯明さんも何か感じ取ったのか!』


 創作者ストーリーテラー

 物語を創る者。


 共鳴し合う何かを持っているのだろうか。


 ピーターの軽やかに飛ぶ姿を思い浮かべながら、豪徳寺を注視する。



「よう兄弟♪ 俺に加勢してくれ!」


 豪徳寺が男3人に声を掛けた。


 何だ? 能力を使ったんじゃないのか?


 男達はぼーっとしているが、少年の声に反応して顔を向けた。


「良いぜ! やってやるよ兄弟!」

「お前の敵は俺等の仇! やってやるぜ最善尽くすぜ!」


 少年の側に男達が駆け寄る。どこか興奮していて、状況の飲み込みが早かった。


「っしゃ! トップバッターは俺だ♪!」


 真っ直ぐに走ってきたのは豪徳寺だった。腰を捻って突き上げる拳。望月は咄嗟に反応して空へと逃げる。

 今度は避けれたと望月が安堵していると、眼下にいる豪徳寺に男が1人駆け寄り、少年に向き合う形で座り込んだ。


「そらっ!」


「なっ!?」


 駆け出した豪徳寺、それを向き合っている男が手を重ねてタイミングを測るように注視している。豪徳寺の足が思いっきり上がった後、勢いよく男が少年の蹴り出した足を押し上げ、上空に投げ飛ばした。


「空なら安心とか思ってねぇだろうな、気持ち的に!♪」


 公園の木々より上に出ると一般人に見られる可能性があったため、高くは飛んでいなかった。

 しかし、それでも9mぐらいは地上から離れているはず、それを軽々と飛んでくる少年の存在に、やはり敵なのか、と望月は見開いた。


「オラッ!」


「くっ!」


 咄嗟に腕を顔の前に上げるが、敵が飛んできた事に気を取られたせいで行動が完了することはなく、顔面に拳が通る。

 しかし、それでも間に合った手の甲によって機動はズレ、ストレートを免れる。

 防御姿勢は取ったままに、後方へ滑るように移動した望月。

 余力の残った拳を振り切った豪徳寺は、その姿勢のまま自由落下を始めた。


「危ない!」


 望月が叫ぶ、受け止めようと前進する。


「望月君! 敵の行動を見て!」

「っ!」


 敵とは誰か。

 豪徳寺の落下先を見ると、先の男とは別の二人が待ち構えている。豪徳寺の落下タイミングを見切り、捕まえた。


「サンキュー! にしても空はキツイな。一々打ち上げて貰わないと殴れないとか。むぅ~、予定変更だ!」


 豪徳寺が身に付ける銀のネックレスと、足に巻き付けた白い布が風に踊る。

 初撃は蹴りだった。それを織姫は竹槍の柄で迎える。二撃、三撃の拳がやってくる。竹槍で脚を押し返し、攻撃者の腕を思い切り叩いて落す。

 しかし、攻撃は終わらない。


「そらよっと!♪」


 手の痛みに悶絶する男達の背を土台に、滑って蹴りを一閃する。竹槍の穂先を無理矢理変えた。豪徳寺はその機会を逃すまいと、重心を振り上げた脚に掛け、地に着いたと同時に腰を捻ってもう一方の脚を蹴り回す。


「くっ!」


 短い悲鳴、竹槍の防御が間に合わず、織姫の横腹を脚がめり込む。

 蹴りの勢いに織姫は蹴られた方向に押し出され、膝を折った。

 しかし、まだ攻撃は続いた。


「援護致す、ブチかます!」


 3人目が大振りに引いた拳を振り下ろそうとしていたのだ。


「灯明さん!」


 すぐに飛び、振り下ろされるその直前、間に合った望月は腕を抱き拘束し、ハンマー投げよろしく振り回して、豪徳寺一行にむけて投擲した。


「今の感じ、めっちゃ良いじゃん♪」


 投げられた男を横ステップで避ける少年。それは意図してなかったのか、取り巻き達に当たって砂埃を上げながら倒れた。


「そうそう! バトるってこうだよな! もっと盛り上がろうぜ!」

「盛り上がるかこんなの!」


 唸るように文句を吐き捨てる望月。


「何が盛り上がるだよ! 互いに傷付けて何の意味があるのさ! それに、ずっとお前を手助けしてたそいつ等のことは心配しないのかよ!」


 会話の無い連携。

 隙の無い連撃。


 どこまでも信頼し合わないと出来ない戦い方だった。

 なのに、盛り上がるってなんだよ。向こうだって怪我してるのに。何で心配してやらないんだ!


 伸びた男から脱出しようともがく取り巻き達の頑張りが、豪徳寺の一撃を可能としている。驚くほどの身軽さだが、それを活かしてるのは間違いなく取り巻き達だった。

 受けた拳の痛みがまだ頬に残るが、望月は確信した。


 豪徳寺1人の力は、大したことはない。


 奇襲や追撃、手数は威力を補うためだ。1人では倒し切る決め手にはならない。それが分かったからこそ、男達が不憫に見えて仕方なかった。


「ちょっとは労ったらどうだ!」


「うーん、つってもさ〜、俺……」


 被っているニット帽を親指で押し上げながら、豪徳寺は言った。


「こいつらのこと、しな」

「は……?」

「望月君、敵を見なさい」

「敵って……だから、」


 あいつら、だろ。


 飄々とニット帽を弄んでる少年と何とか男から脱出し豪徳寺の脇を固めるように立つ男達。


「いい、望月君。相手はよく見るのよ」


 いつの間にか望月の側に戻っていた織姫は、竹槍を構え直して数歩前へと歩む。


「おっ? バトっちゃう?」

「良いわよ、その前に――『かぐや姫』!」


 肘を引いて素早く投擲した竹槍は、やはり豪徳寺を捕らえることは出来ない。が、敵が飛んだ地面には、6月にしては早い筍が生えていた。


「うわおっ!?」


 ニット帽。銀のネックレス。足に巻き付いていた白い布。

 それらを竹は射抜いた。


 そして、


「……あれ?」

「何か、体いてぇ〜」

「この状況怖すぎ退去!」


 虫の子が散るように、取り巻き達は豪徳寺を確認もせず逃げていった。

 そして、伸びていた男の頭には、いつの間にかニット帽が被さっていた。


「……もしかして」

「えぇ、これは厄介だわ」

「分かっちまったか。ま、普通分かっちゃうか。俺の能力」


 少年が、犬歯を覗かせて笑う。


「俺の物語は裸の王様。つっても裸にならなきゃ能力使えないとかはないぜ。俺は、その場に居合わせる奴らに気持ちで訴えかけることができる。今回は手伝ってくれって頼んだんだよ。気持ち的にな。そうすると、さっきのニット帽よろしく、そいつらの衣服やアクセサリーを一部借りることで、心で通じ合えるってわけ♪」


 豪徳寺は、誇らしく胸を張って高らかに笑っていた。

 説明はどうあれ、望月は強敵の恐ろしさに破顔したい気持ちになった。


 つまり、


「もし人の多いところで能力を使われたら」

「人質が何万も攻撃してくる、厄介よ」


 今すぐにでも決着を着けないと、そう感じた望月は少年へ迫ろうとした。

 その時だ。


「ターゲットを確認」


 背筋に氷を当てたような冷ややかな声音。影が望月の前に出現する。


「て、敵かッ!!」


 二度も奇襲は喰らわない。そう念じて構えていた腕を防御に移した。

 けれど、予想は全くの別物だった。


「どぉわっ!?」

「……」


 光沢の無い黒スーツの男は、豪徳寺の腹に拳を、深くめり込ませていた。

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