王様少年

 赤い少女がスマホを外付けのスピーカーみたいなのに置くとアップテンポな音楽が商店街全体に響き渡った。

 赤一色、と思った女の子はよく見ると、赤いTシャツと膝丈まであるふわふわしたスカートという格好で、マイクを片手に笑顔を決めていた。

 

「小さな金魚 サメ並みにグリード 感想は可愛いでしょ〜♪」


 軽快なステップ。絶え間ない笑顔。呆然として立ち止まる通行人。

 何度も練習したのだろうダンスは迷いがなく、マイクは常に少女の側から離れなかった。


「皆さん! マリンのゲリラライブ聴いてくれてありがとう! もっと歌いたいけどそろそろ行かなきゃだから。えっと、今日は誰にしようかな……おっ」


 目があった。赤いツインテールを揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。


「ぜひ、ぜひ! 友達や家族や親戚とその友達と聴いてみてね!」


 それじゃ、と言って少女は慌てて大きなリュックに荷物を詰め入れるとどこかへ走り去っていった。


「一体何だったんだ……?」



 ■□■□■


「……と、言うわけなんです」

「そう。詳細は分かったわ。けど、だからってCDを渡す義理はあなたにはないのよ」


「何と言うか、渡した方が良いのかな、って」


 カップを片手に優雅に紅茶を楽しむ織姫に、望月は我が家にいながらそわそわした感じにCDを渡した。

 その構図は、女王に献上品を渡す村民という風にさえ見れるが、ハートや小さな熱帯魚がプリントされた表紙のCDというのは、ある意味、村民の性癖が暴かれた瞬間にさえ見える。


「……、こういうのが好きなのね」

「えっ、いや! これは元々こういうもので」

「まだあるんでしょう。鞄から4枚程見えた」

「うぐっ、え〜と、だから……」


 CDを5枚押し付けられた。

 事実を言うのは簡単だが、結果5枚もCDを持っているというのは、望月の好みを測る材料となるらしい。

 そもそもCDって安くはないよな。それが5枚も持っているというのは、熱心なファンに見えるのだろうか。


「まあ聴いてみるわ」


「あ、ありがとうございます?」


 返事の返答がそれで良いのか。奥歯に何かが詰まったまま事は流れてゆく。

 河童の川流れという言葉があるが、もしも本当に河童が川に流れていたと話しても、きっとこんな反応なんだろうなと、望月は急に凝った首を回してうんうん唸っていた。


「灯明さんは、アイドル……とかの歌、聴くんですか?」

「……」


 何となく、気になった。


 狼少年の事件に翻弄されていたが、灯明 織姫という少女は、ただの女の子だ。

 何か強い使命を持って目の前に現れた。こうして家でお茶を頂くのが日課になるのも、使命から来る責任と、戦いの舞台が通っている学校で起きたことを、重く見てるのかもしれない。

 可憐で美しく強い彼女は、儚さと哀愁を醸し出す。けどそれは、あの事件で知った一面であって、普段の彼女が、本来見せる彼女の一面とは違うと、何となく分かっていた。


 だから、一歩踏み込んでみよう。


 ピーター・パンが窓辺から飛び立ったように。


「あの、最近ニュースで知ったんですけど、この近くで――」


『お嬢、ツッキー。近くに敵がいやがるぜ』


 ふざけた顔のかぼちゃの指輪が、妖しく目を光らせる。

 脳内に囁くようにして声は続ける。


『敵はまだ近くじゃねぇ。けど、真っ直ぐここに迫ってる。ヒホホ、ツッキー、我が家で火遊びするなら良いお客かもだぜ?』


「灯明さん!」

「ええ、ここを離れるわ」



 望月達は飛び出すようにして家を出た。



 ★☆★☆★



「ジャック、相手はどこにいるの」


『ヒホホ、撒けてはねぇが、確実に距離は空いてるぜ』


 襲撃者が追いかけられないよう分かれ道をあえて進み、それをいくつか通過する。すると、広い公園に訪れた。石を積んで仕切られた花壇に、明るい色で塗られた遊具。明滅を繰り返して街灯が点く。


 「灯明さん。もしかして、相手は俺を狙ってるんじゃ」

「大丈夫、返り討ちにしてしまえばいいの」


 一体誰が迫っているというのか、見えない敵の影が、夕焼けで伸びる住宅の影に潜んでるような気がした。


『違う! 返り討ちにするんだ! 灯明さんばかりに負担をかけちゃいけない。俺だって、ピーターの力で戦えるんだ』


「灯明さん! 俺も戦います、だからしんぱ――」


 心配しないで。そう言い切る前に、望月の視界がぐらついた。

 右頬に痛みが走る。だから、右に視線をやった。


「もろに喰らった? オオカミやったって言うから奇襲張り切ってたのに、挨拶代わりの拳がもろ入るとか、こりゃ幻滅か♪」


「いっ……てぇ……」


 少年がいた。明るい色の生地を適当に縫い付けたような服装、袖が切り離されているのかのようなデザイン。カチューシャが強引に少年の前髪を掻き上げ留めている。


 こんな派手な奴、さっきまでいたか?


「ジャック」


「おっと!」


 混乱している望月をよそに、織姫はジャックの指輪をかざして火球を放つ。しかし、少年の対応も早い。手を地面に付け側転し、途中腰を捻って着地場所を変える。織姫は2度、3度と火球を放つが、宙返りやジャンプで全て避けられた。


「あなた、何者」


 両足を揃え、誇らしく両手を高く上げる少年。小柄な背丈や顔に残る幼さが語る印象を大きく裏切って、まるで、プロの体操選手のような身軽さを見せつけられた。


「俺は豪徳寺ごうとくじ りょう。あんたら2人をぶっ飛ばしに来たんだ♪!」



 中学1、2年ぐらいの少年が、年相応の笑顔で宣言する。


「じゃあ、本格的にバトっていくぜ♪!」

「ちょっと待って!」


 手をかざしたのは、望月だった。


「君、本当に敵なの? 創作者ストーリーテラーなの?」

「あ? そうだよ。ストーリーテラーだよ。つか、気持ちで分かるだろ」


 望月の言葉の真意が汲み取れなかったのだろうか、豪徳寺と名乗った少年は、あ! と声を上げた。


「もしかして、能力使ってないからストーリーテラーじゃないとか思ったのか? 兄ちゃん、人は見た目で判断にするんじゃないんだぜ。心で分かるものなんだよ♪。つっても、ストーリーテラー同士でバトるのって中々ないしな。それに、ギャフンって言わせるより『豪徳寺 亮のストーリー凄すぎ! ギャフン!』って言わせる方が俺ハンパねぇ! ってなりそうだな。つか、そっちのほうが盛り上がるな!♪」


「何を言ってるんだ……?」


 キラキラ、その表現が目の前の少年が放つ雰囲気にぴったりだと感じた。

 本当に敵なのか。


「よっしゃ! そうなりゃまずは仲間だな♪! 人気少ないけどこんなところでも……、お! きたきた!」


 豪徳寺が歓喜したように吠える。その先を見ると、望月と同じくらいか少し上の男性が3人ほど公園に入ってくる。

「見せてやるぜ♪ 俺の物語!」少年が一度望月を見る。ちゃんと見とけと訴える眼差し。そして、


「望月君構えて!」


 織姫の警告。


「『裸の王様』♪! 『ネイキッド・ハート』!」


 ページの捲られるような音が聞こえ、その先を知ることに、少しだけ指先が震えたように思えた。

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