手を添えて

「くっ……これ、いじょう、は……」


 望月を中心にした重力がのしかかる。円形に体育館の床を沈め、重さは時間が経つにつれ増していく。


 壁として竹を展開してみるが、重力の前では持ち前の生育スピードも抑えられ、奇襲や牽制程の役割は見込めない。

 それでも、悪足搔きと知りながらも織姫は必死に望月を守ろうとその手を握った。


「クックックッ! 君、まだ諦めてないの? もうお終いだって」


「あなたが、決めることじゃ、ない! 少なくとも、私、は……」


 骨が軋む音。踏みつけられた四肢を無理矢理動かした時の痛み。泥の上を這うように織姫は何とか迎撃体制を取っていた。

 無理矢理重力を突破して襲いかかる狼に何とか竹を生やして串刺しにする。逃したら手にしている竹槍を突き出して仕留めた。


 けれど、重力が増すごとにそれらの苦痛は増す一方で、瞬間的な針山は狼の動きを見極める必要が生まれる程に遅くなり、竹槍による突きは、その後身体を床に叩き付けるという流れが発生した。


「そこまで守る必要あるの、ただのお荷物だろ。それに、重力は望月君に近付けば近付くだけ強くなってるし、俺みたいに外側にいれば安全なのにさ。お前、もしかして馬鹿?」


 叩きつけられた上半身を再び持ち上げる。額から赤い血が滴り、床と顔を濡らす。

 けれど、織姫はなおも望月の手を握り続けた。


「馬鹿、なのかも、ね……。けど、こういう馬鹿なら、良いわよ。何度だって、したい、わね」


「おいおい、頭ぶつけ過ぎて本当に馬鹿になったんじゃないの。よっと!」


 くっッ! 高岩が一歩後ろに飛ぶのと同時に織姫が短い悲鳴を上げる。

 今まで2足だったのが手を付くことで3足になり、顔がぐらりと下を向くようになった。


「クックックッ、まるで壊れたお人形だね」


 ごみ箱に入れられるごみでも見るような顔で織姫を見下ろしていた。

 狼は増え続ける。いずれ重力の滝を掻い潜り望月の命を刈り取るだろう。


 しかし、織姫はそんなこと雨露あまつゆ程にも気にせず望月の手を握り続けた。


 チッ、重くなる体感の中響く。


「そういうの大嫌い。そうやって互いを思いやる姿に虫唾が走る。見ていてイライラするッ! ……、ああ、そうだ。良いこと思い付いた」


 怒りに表情を変えたと思ったら、風に吹かれて飛んでいったのか、無表情のまま良いことというのを喋りだした。


「俺、まだ能力を完全には発揮してないんだ。この意味が分かるよね?」


 クックックッ。地が蠢いてるかのような笑声に、掴んだ竹槍を更に強く掴む。


「クックックッ……――狼少年」


 ワオーーーンッッツ!!


 周りから雄叫びがして辺りを一瞥した。


 狼だ。それも、望月が発生させている重力の円を取り囲むだけの群れ。身体の大小以外は全く同じ狼。

 歯噛みする。


 まさか、何で。


「驚いた? ねえ驚いた? そいつの中じゃ俺との思い出はよほど大切だったみたいでさ、びっくりするぐらいストックが出来てたんだ。最後の最後にと思ってたけど……、いや、今まさに最後か」


 大きな瞳の下で、口から歯が覗く。


「バイバイ、お馬鹿さん」


 ピストルが鳴った。


 合図だったかのように狼が突撃を開始する。

 重力の中心部に近付くにつれ嫌な音を鳴らして狼が1匹、また1匹と地に伏せる。

 それを乗り越え新たな狼が先頭に躍り出て牙を剥く。

 繰り返しの特攻の末、織姫の前に強靭な四肢も持った狼が前に現れる。


「くっ! ウッ!!」


 討とうと竹槍を構えた瞬間、織姫は地に伏せた。

 とうとう、身動きが出来ない程に重力が増したのだ。


 視線を何とか上げる。狼は倒れていない。裂けた口を広げ織姫にかかる。


「かぐや姫!!」


 狼が立ち退いだ。迫る瞬間、狼の足元に針の様な先端の竹を生やしたからだ。


「もち、づ、き、くん」


 手を握る。


 初めて会ったあの時も、こうして手を握った。能力に目覚めて学校へ共に訪れた時もこうして手を握った。

 意味なんてない。特別な事なんかじゃない。しかし、けれどしかし、こうすることで何かが変わる気がして堪らない。



 知ってる。君はピンチの時に決断出来る人だって。こんな私の手を信じて掴んでくれた、勇気ある人だって。

 本当は護衛なんて必要無かったのかもしれない。毎日会う必要だって無かったのかもしれない。

 この能力に目覚めて、組織と闘い続けた時もずっと1人だった。ただ心を擦り減らして、ただ毎日を駆けて、組織をいかに潰すかそれだけを考えてきた。

 それが、私の理不尽を壊す方法だと信じて。


 君に会うまでは、そう信じてた。


 君はあの世界を知っても、普段の暖かさで笑っていた。

 もう人じゃないかもしれないのに、私を気遣ってくれた。

 毎日淹れてくれる紅茶が楽しみになっていた。


 世界は広大でちっぽけだ。絵本のようにページを捲るだけで景色が変わる。

 それを君が教えてくれた。


 だから、そんな君だから、私はあなたを信じる。この理不尽の中でさえ君らしくいたあなたを。


「目を覚ましてッ! 友也ッ!」


 ピーターパン!


 握り返された温もりと、宙に浮く感覚に、織姫は眼を見開いた。


「待たせました。灯明さん」


「……待たせすぎよ」


 床が抜け、その下で船と島が見えた。

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