狼VS海賊
体育館の床が展開した。眼下に島と船があった。そこに向け落ちる狼達は空を掻いて地へ、海へと衝突し黒煙となり霧散していく。
高岩は島に向けて落下していった。直撃か、と思った刹那、地に向けて発砲し、そこを起点にするかのように狼の群れが現れ肉と毛皮が積み重なり山となった。
ドスンッ!! 重たい物が落ちる。狼達が各々悲鳴を上げる中、痛いな〜と呑気な声がし、むくりと山のてっぺんで人影が起き上がる。
「望月君! アタシを落下死させるつもり!! 怒っちゃうよ! ……とか言ってみたけど、もう効かないか」
白い浜にそっと足を降ろす望月達。先程まで絶望に暮れていた人間とは思えないほど眼に強い意志を称えて高岩を見つめていた。
「何か変わったよね。ここってどう見てもピーターパンに出てくるネバーランドだし、あの大きな扉も見たことないし……。お前、進んだんだろ。それもピュアの方面で」
警戒の色を滲ませながら狼の山を降り、にやりと上がった広角はそのままに望月を見据えている。
「高岩さん、もう止めよう。俺は、高岩さんとこんなことしたくない」
カチャ、とピストルが静止と共に鳴る。
「俺が何のためにお前なんかと友達ごっこしたと思う? お前を殺して奪うためだよその本を」
狼少年。
静かな呼びかけに狼達が呼応して高岩の背後に現れる。
呼び出した者の前から一歩も前に出ないが、何かの拍子に飛び掛かってきそうなほど冷たい眼をしている。
「分かってたけどさ、立ち直った今も俺のこと信用してるんだね。狼が1匹も減ってない。お人好しもここまで来ると馬鹿だよね。クックック」
「高岩さん。もう止めよう」
「うるさいなッ!」
少年っぽい強い叫び、少女っぽい響く声。性別を置き去りにした主はキッと双眼を射抜くように己の敵を見ていた。
「甘えるな哀れむな近るよなッ!! 俺は頼まれたんだ! 物語を回収しろってあの人にッ!! そのために、色々準備したんだ。あの使えない奴の妹を拉致ったり、お前と仲良しごっこしたりさ!」
「そんな事までしていたの」
葛城が高岩に協力している理由が判明した。
悲痛の裏側にそういった事情があったのか。
「そうだよ! 俺の
パンッ! 高岩が持つピストルが本来の役を全うし、狼達がスタートラインを駆け出す。
白い砂浜は一瞬にして黒と灰の色に染まり、乾いた呻き声と共に襲いかかる。
織姫がさっと身を前に躍り出る。先程のダメージが残っているようで足取りがおぼつかないのか、ガクンと肩が落ちる。
「灯明さん大丈夫、俺に任せて下さい」
「あなたを守るのは私の役目なの、だから――」
「俺だって守れます。ですから、見ていて下さい」
「望月君っ!? 無茶よ!!」
望月が代わりに前に出た。飢えたる狼達の中で遠吠えが木霊する。
そこへ、望月は駆け出した。
「ピーターパンッ!! フック
中指に嵌めた髑髏の指輪を掲げながら、飛ぶでもなく突進する。
無謀な背中に織姫が支援しようとした刹那、不気味な輪唱と男の雄叫びが背後から響いた。
「ヨーホー!! 早速使ったか! 野郎共、あいつの指示に従え! 前方の犬っころに大好きな玉をぶっ放せ!」
鋭い金属音にも負けず劣らずの声が上がる。見ると、海に浮かんでいた船がこちらに近づき、黒い照りのある大砲をこれでもかと狼達にむけていた。
「ちっ、海賊と手を結ぶとか君らしくないな。ピーター」
「俺は望月 友也だ! そして、君とも手を取り合いたい!」
「皮肉をイラつく言葉で返すな! でもさ、もう終わりなんだよ! かかれ!」
望月の付近にいた狼達が一斉に飛びかかる。
爆音が挟む、瞬間、宙を踊る狼達が消え失せていた。
「おいおい、死に際には早いだろ、それといい加減出番を寄越しやがれ!」
「ああ、そうだな」
すっと右手を上げ、迫る来る敵を払うように手が振り下ろされた。
「砲撃開始!」
うおおっーー!!
その後、狼の波が赤い炎の迸りと共に吹き飛ぶ、落雷が落ちたかのような轟音と悲鳴の中、望月は向かった。高岩の元へ。
「忘れたのか! 狼なんていくらでも湧くんだよ! 狼少年!!」
白い砂が黒く変色し盛り上がる。狼の成形が終わるやいなや主の敵へと馳せる。
望月はカボチャ頭の名を呼ぶことで火の玉を放ち狼の猛攻を掻い潜る。それを砂を巻き上げながら高岩は歯噛みして見ていた。
「くそがっ!」
望月と高岩の距離は縮み、あと少しというところで、高岩は笑った。
「狼少年、真っ赤な
突然地鳴りが起き、足を止めて現象を見つめた。
高岩の前で黒い狼達が生まれるなり一箇所に集まっていく。
やがて、それは大きな四肢を、胴体を、尻尾を、頭を形成していった。
真っ赤な眼をした巨大な狼が誕生した。
「アッハハハッ! 凄い、凄いよ! 嘘も積もれば山となるって訳か。さあ狼よ! あいつをやっつけろ!」
深紅の眼がギラリと輝き、発達した前足が望月を踏み潰さんと振り落とされる。
しかし、それを宙を舞うことで回避。牙に爪、死と背中合わせながらもギリギリで避ける。合間に火の玉を撃つも気に留める様子も見せない。
「さっさと君自身の疑念にやられちゃいな」
「やられない! 俺は、高岩さんと話したいんだ!」
「何で俺にこだわるんだ、何で俺に固執するんだ! 気持ち悪いんだよッ! やれッ! 狼少年!」
高岩の想いが注ぎ込まれたのか、先程よりも俊敏な動きを見せ望月の動きに付いてくる。
前足と牙の猛攻を潜った時、それはやってきた。鞭のようにしなった尻尾が望月を叩き落としたのだ。
ザクッ、と砂を踏みしめる音。混濁する視界に高岩の顔が映った。
「残念だったね。あと少しだったのに」
「話したいことがあるんだ。高岩さんと」
「じゃあ生きてたら聞くよ。今度こそバイバーイ」
狼の牙が迫り、むせ返る異臭が濃くなる。
高岩さんと話したい。嘘のためだとしても、俺を殺すためだったとしても、あの笑顔は本物だったから、だから話したい。
高岩さんの本音を、聞きたいんだ。
だから、だから!
「くっ! バーバ・ヤーガッ!」
捕食者の口に向け、それは放たれた。
青い炎。それを狼が飲み込み、燃え上がった。
しかしそれだけじゃない。炎は何かを燃焼しているようで、今までの狼達と違って白い煙を上げて消えていく。それを、破顔した顔で高岩が驚愕していた。
「嘘だろっ! 嘘が……嘘が消えていく、何でっ!?」
「高岩さんッ!」
え? 溢れたピストルに変わって、手を握りしめた。
世界が脱色したように白くなる。世界の中央で、灰色の本が置かれていた。
本のタイトルは「狼少年」
望月は、そっと表紙を開いた。
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