注文の多い魔女

「それで、厄介事ってどんなだい。魔女の婆さん」


 出された半透明なカップになみなみと注がれた薄紫の液体を優美に啜るジャック。望月も習ってお茶?を啜る。どくだみのような苦さが口内を満たす。

 それを見て満足いったのか、それとも値踏みが終わったのか。

 先程から硬い表情を絶やさない魔女がようやく口火を切った。


「厄介事と言うのはね、食料を貯蔵する小屋に害獣が入ることだよ」


 そういって、机の上にある髑髏を愛でる様に撫で下ろし、茶を啜る。


 今望月達はバーバ・ヤーガの鶏の足の上にある小屋にお邪魔していた。

 ジャックが依頼を引き受けると言った途端、思案顔の後、望月達を一瞥し、とりあえず家に上がれと言うので上がったのだった。


 内装は見た目のボロい小屋とは違い少し綺麗で、床や卓上によく分からない実験器具の様なものや薬草。薬草を石でコロコロと磨り潰す薬研やげん等がひしめき合っていた。

 いや、ひしめき合っているのは器具ではなく、だった。


 よく見れば家のあちこちに髑髏が置いてあり、この家を照らす燭台も骸骨の口に蝋燭があって、不気味に揺れる薄い緑色が光源だった。


「ちょっと前に気付いたのさ。納屋の壁と床板の間に穴を作ったみたいでね、そこから出入りしてやがったのさ。おかげで燻製にした肉や干し草の半分がパァさね」


 相当頭にきているのだろう。歯ぎしりの音色が隙間風と共に私憤を訴える。

 下手くそなバイオリンのようにさえ聴こえるが、これを曲として捉えることはおこがましいと考えて止めた。


「穴を埋めてやったんだけど、翌日になると新しい穴を開けやがるんだ。腹立たしいことだよ」


 だけどね、魔女は意味ありげに相槌を打つ。


「犯人は分かっているのさ、ほれ、この毛を見てごらん」


 枯れ枝の様な指に摘まれたものが望月達の目の前にかざされる。


 2、3本の毛は灰色じみた色を発していた。


「この毛は?」


「狼の毛さね」


 ジャックの質問にバーバ・ヤーガは答えた。

 しかし望月は、狼と聞いた瞬間フードの少年を連想してしまい、思わず身震いしてしまう。

 それを見逃さなかったバーバ・ヤーガは方眉の皮を吊り上げた。


「そこの小僧、何かあったのかい?」


 バーバ・ヤーガが疑問を訴えた。するとジャックが大袈裟に望月の首に腕を回した。


「ヨホホ! こいつは狼の毛皮が大好きでね! 狼と聞くと武者震いが止まらない質なんでさ~」


 その言い訳が通じたのか否か、バーバ・ヤーガは尖った鼻を鳴らすに留まった。


「まあ良いさ、とりあえず面倒事を自ら請け負う奴を追い払うつもりはないからね」


 魔女はどこか上機嫌にキッヒヒと笑い出す。

 反対に、望月は何か嫌な予感を感じてビクッと痙攣するように肩をすぼめた。


 粘着質な水音共にバーバ・ヤーガは歌うように仕事を話し出した。


「小屋と庭の掃除をしておくれ、夕食の準備もすることだよ、それと、小麦の中から他の穀物が混ざらないようにしっかり分けておくれ、そして最後に狼の駆除だよ。狼の駆除は最低でも3日経つ前におやり、それまでは小屋と庭の掃除、夕食の支度も欠かさずやることだよ」


 望月は絶句した。そんなの1日があっという間に過ぎてしまう。


 御伽世界での時間は外の時間と変わらない。なので1日が経てば当然元の世界でも1日が経つ。


 明日から土、日と休日が続くものの、3日目は学校がある。学校をそっちのけにして作業に取り組んだとしても残る狼を仕留めることが出来るのか。

 かなりの難題に抗議の声を上げようと腰を椅子から浮かせると、ただし! という魔女の張り上げる声を前に停止する。


「どれも出来なければ、小僧、お前を食ってやるからね!」


 望月はふらふらと浮かび上がった腰を落とすように落ち着かせた。


 目の前にいる魔女は近所にいる親切な婆さんとは程遠い存在なのだ。

 杵さばきと魔女の突進は、見た目では計り知れない狂気を孕んでいて、この1秒後に首が飛んでいたって不思議はないのだと、自分の立場を再確認する。


「それで、オレチャンには一言ないのかい?」


 ジャックは、恐怖と理不尽に震える望月を余所にお菓子を配るお婆さんの列に並んだ子供並みに何かを要求していた。


「ふん、煮ても焼いても食えそうにないからね、貴様のランタンを奪ったところでお前がアタシの家に住み着くだけだろう? 厄介事は嫌いなんだよ」


 ふん、と拗ねた子供のようにそっぽを向くバーバ・ヤーガ。

 どうやら脅迫する相手はしっかり選んでいたらしい。


 こうして、望月達は(主に望月が)仕事を押し任される形で雑用と狼退治を任されるのだった。



 □■□■□■



「これでやっと庭の掃除が終わった!」


 持っていた熊の手を放し、ピカピカになった庭を見て望月は愉悦に浸っていた。最初は雑草と落ち葉だらけの庭だったが、こうして綺麗になると込み上げるものがあった。骨で出来た柵もほんのりと光沢を取り戻し、望月はピカピカと輝く骨逹を見て我が子のように撫で回していた。


 ふと腕時計を見る望月、その表情は喜びから悲しみへと叩き落とされる悲劇のお姫様さながらに落胆へと変わった。


「無理だ、小屋の掃除をして夕飯を作り、更に小麦の仕分けをするなんて……出来っこない……」


 猫の手さえ借りたい程に激務に追われる望月。

 最初こそ絶望に暮れていたものの、境地に立たされた際、アドレナリンが分泌したらしくその作用でやる気を燃やして落ち葉をせっせとかき集めていた。


 しかし今は、庭をピカピカにした主の目尻にはうっすらと涙が溜まっていくのみだった。


「俺、何してるんだろう。完結者エピローグを倒すって決めたのに、そのエピローグにこき使われてるし、ジャックさんは納屋にあった狼の痕跡を追うって言っていなくなるし」


 途方に暮れる望月は、登れない小屋を後にとにかく次の仕事へ、と足を伸ばそうとした時だった。


「…………」


 目の前に狐が現れた。

 柔らかそうな毛並みに大きな尻尾、大きな耳の内側は黒くなっていた。


 襲いかかる訳でもなければちょっかいを出す様子も見せない狐は、耳を忙しなく動かした後望月の目をじっと見つめ、何かを決意したかのようにゆっくりと歩き出した。


 その姿は狼と似ていた。だから望月の足はすくむ。

 近付く狐は威嚇もせずに慎重に望月の方へ歩む。その度に望月の目には狐が狼へと変貌する現象を何度も目撃する。


 記憶と現実の混合に酔い潰されそうになる頭を気合いで支える。そして、狐は十分に望月の前へ近づいた。


「……なに、かな」


 絞り出すように声をだした。それに答えるように狐は前足を1つ置き、お辞儀をして見せた。

 その事に驚いていると、狐は何やら口に咥えた物をその場に置き、脱兎の如く森へ疾走して見せた。


 何がどうなっているのか分からず、おもむろに地に置かれた物を拾い上げた。


「……人形?」


狐が置いたのは、手の平に収まるほど小さな、とんがり帽子が印象的な人形だった。

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