小さな働き者

 紐の腕に丸い筒の様な木の体。平たい鼻と筆で書かれたであろう微笑ましい表情。体の所々に擦り傷や汚れが浮かび、相当な年季を感じさせる。

 特に特筆する必要がないほどただの古い人形だった。


「あの狐、俺にこれを渡して何がしたかったんだろう……」


 明らかにあの狐は望月にこの人形を渡す意思を表明していた。一拍のお辞儀の後に、目の前に人形を置かれて自分が関係無いとは思いにくかった。


 けれど、所詮は人形。特に変哲もないためジャージのポケットにしまって石畳を軽く踏み鳴らして納屋へと向かった。


 □■□■□


「さてと……」


 納屋には干された肉や草がザルの様な器に山盛りで積まれており、高いところの壁から壁に伸びる縄にぶら下がった光沢を残す草は、ちょっとずつ腰を曲げていた。

 剥き出しの梁はいいように使われている様で、これまた見慣れない変わった色の植物をその体に細い糸でくくりつけザルをぶら下げて貯蔵している。厳しい調教を乗り越えて来たようで、欠けた箇所や縛った後なども散見できる。


 中を見回すと目当ての麦束をすぐに発見した。小麦は雑に扱われているらしく黄金色の麦束に別の穀物や雑草何かが混入していてその輝きをいまいちなものにしている。


 バーバ・ヤーガの注文は、小麦の中から他の穀物が混ざらないようにしっかり分けておくこと。初々しい植物の青臭さと穂先の湿り気は乾燥さえまだであることを語っていた。


 とりあえずとボロボロな布を見つけ、それを広げて床に引く、麦束の近くに座り込み、麦束から更に小さい束を両手で掴み布の上に広げた。

 変色や虫に喰われた穂は除外し、黄金色の束を再び織り上げる。そんな作業を黙々と続ける。


 だが、作業は一向に終わりを告げてはくれない。むしろバーバ・ヤーガに食べられる運命を小麦の穂先がゆらゆらと揺れて嘲笑っているように見えた。


「……くそっ!」


 望月は手にしていた小麦を放り投げる。


 だってそうだろ? こんな重労働を1人の力で終わらせるなんて無理だ。

 庭こそ綺麗にしたものの、成果を上げれたのはたったのそれだけだ。


 悔しさに涙を滲ませていると、ふいに肩に重みが加わる。

 ジャックさん? 振り向くと、そこには小人がいた。


「……」


 小人は小さい腕を振って挨拶をすると、望月の腕を滑り台のようにサッと駆け降りる。

 麦束の前に立つやいなや、小人はヒョイと黄褐色の麦をいくつか手に取り、慣れた手つきで麦束をより分ける。


「……っ!」


 驚くべきことに、小人は瞬く間に1つの麦束から雑草や穀物を分けて見せた。

 そうして終わらせた麦束を近くにある物干し竿のようなものに架け始める。


 もう一度言うが小人である。自分から見れば山であろう束をか細い腕で担ぎ上げ、それを干し竿に向かって投げた後、支え木を伝って登り、小躍りするようにステップを踏んで馴らしていた。


「君は一体……」


 干し竿の上で両手を広げて愛想良く手を振る小人。

 正体は誰が告げずとも理解した。


「さっきの人形!」


 同じ目線になったことで、小人を良く観察できた。そのおかげで人形の唯一の特徴である赤いとんがり帽子が目に入ったのだ。

 望月はつかさず人形を入れていたポケットに手を突っ込む。けれど肝心なものは手の中に収まらない。


「君、さっきの人形?」


 言葉を話せない人形は、えっへんと小さな胸を張ってみせる。

 その仕草は親や先生に褒められた子供のように可愛らしい仕草だ。


 人形は再び麦束へ顔を向け、竿から飛び降りる。呆然とする望月の前を通りすぎ、またも一瞬にして混じり気のない麦束を編んで干し竿に架ける。


 働き者の人形は、こうしていくつもあった麦束から雑草や穀物を取り除いた。かけた時間は望月が庭の掃除をしていた時よりもはるかに短い。



「凄い……」


 感嘆とする望月に、小人は両手を下げてしゃがむよう合図を送る、そうしてしゃがんだ望月の手から腕へと伝って肩に到着する。



「君、凄いんだね」


 家の雑用を任せたら、一体どのくらいで終わるのだろうか。

 料理以外の家事が苦手な望月は人形が洗濯に取り掛かるところから想定し始める。


 ツッキー! 耳に馴染み始めたあだ名が聞こえ納屋の外を見ると、そこには想定した人物が扉の前で浮かんでいた。


「遅くなっちまった。実は狼の痕跡以外で探し物しててよ、それが中々見つからなくて……。この辺にあると思ったんだが、森や野原、ついでに川なんかも調べ尽くしてみたが見つからなくてよ。すまんなツッキー、後の雑用はオレっちに任せて良いからツッキーは元の世界に……んん?」


 開口一番にして機関銃の様にまくし立てるカボチャは、空っぽの目にクエスチョンマークを浮かべて肩の存在に着目した。


 そろりそろりと近付くジャックは幽霊のようで、それが怖かったのか小人は首筋に隠れてとんがり帽子と顔を覗かせる。


 ジャックのがらんどうとした目は怯える小人を数秒間見つめ続け、突然「ヒャッホー!」という奇声を張り上げた。


「こいつだよこいつ、オレチャンずっとこのおちびを探していたのさ!」


「ジャックは知ってるの?」


 顔の大半を覆うカボチャマスクの額に手を当てて、知ってるもなにもと言葉を続ける。


「そいつはな、『ワシリーサの人形』だ、かつてそいつの持ち主だったワシリーサも偏屈な婆さんに無理難題を押し付けられたんだ。だがその人形は愛するワシリーサのために身を粉にして全ての雑用を終わらせたんだぜ」


 そういって何故か胸を張るジャック。それに釣られてか、はたは過去の栄光譚を聞けて満足してるのか、人形もえへんと胸を張っていた。


「まあなんにせよ、探し物が見つかったんだ。そのおちびがいれば小屋の掃除も庭の手入れもしなくて良いぜ」


 庭を完璧に掃除した望月は、目に輝きを灯し、先程の的確な作業を披露して見せた人形を思わず手に取って小さな体を抱き締めた。


 これで落ち葉を集めたり、雑草を抜いたり、水やりや骨で出来た気味の悪い柵を拭く必要はないのか!


 望月の目尻からポロリと透明な雫が一滴垂れる。

 それは苦難を乗り越えた戦士の見せる1面さながらだった。



「それでだ。肝心の痕跡だが、婆さんの言うとおりこの納屋へ頻繁に訪れてるみたいだぜ。不自然に出来た獣道が森からここへいくつもあった。そして……」


 ジャックは懐から細いものを取り出す。


「狼の毛、婆さんが見せた毛とそっくりなものが木の樹皮に引っ掛かってやがったぜ」


 ヒホホ、と歓喜するカボチャ頭はこれから悪戯する子供のように声を屈めた。


「3日どころか、1日で終わらせてやるぜ」


 カボチャの面が、より一層笑顔を深めたように見えた。

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