鶏の足の上に建つ小屋に住まう魔女
「イヒヒ、ちゃんと付いてきてるか」
「うん、大丈夫」
鬱蒼とした森を通るのは、腕輪の明かりで闇を払うジャックと、その後ろを歩いていく望月。
2人はバーバ・ヤーガと呼ばれる魔女の元へと向かう最中だった。
森には様々な気配があり、その何匹かは1度望月達の前へ姿を現すことがあった。けれど、それは兎だったり猫だったりと小動物ばかり、大きくても中型犬程が最大だった。
森に入るならもう少しまともな格好にしとけば良かったと望月は羽虫を払いながらに思う。
「なあツッキー、お前どうしてそんなに強くなりたいんだ?」
えらく唐突にジャックが聞いてきた。
少し困惑気味な望月だったが、立ち直って答えた。
「それは、あいつに襲われても大丈夫なように――」
「だからって、勝つ必要まであるか?」
カボチャ頭は振り向かない。代わりに意味深な言葉が投げ掛けられる。
「オレっち、ちょっと気になってるんだよね。襲われたから身を守りたいのは分かるぜ、でも襲われたから次は勝ちます、ってのは勝負事みたいに聞こえるんよ」
カボチャ頭はなおも投げ掛ける。
「ツッキー、お前の本当の気持ちはどうなんだい? あの狼野郎を倒すっていうならそれもありだと思うぜ。だが、お前ら人間っていうのは複雑何だろ。お前にある気持ちが狼野郎を倒せと命じているなら仕方ない。でもそれが、別の感情からであるのなら、1度立ち止まって足元照らすぐらいはやった方が良いぜ」
「ジャックさん、優しいんですね」
ただのカボチャさ、と言って話しは打ち切られた。
ジャックの真意は分からないけれど、少なくとも、あの狼少年を何とかしたいという自分は存在してる。
確かめるように胸を打ち、そっと細い息を吐いた。
そんな時だ。「あった」というジャックの声が聞こえたのは。
ジャックの背中から覗くように望月はそれを見やった。
何だあれ……。
鶏の足の上に建つ小屋があった。
正確には鶏の足のような形をした根っこの木があり、そんな木が規則性のある間隔で並んでいる。その上に小屋があるという様な光景だ。
魔女の家と言われなくても、小屋の趣は正に魔女が住みそうなそれだった。
望月達はそっと身を森から出し、玄関らしき扉を見つめていた。
「これ、どうやって訪ねれば良いんですか?」
「ヒヒヒ、んなの、登るか飛ぶかの2つに1つだろ」
まあ、そりゃあそうなんだけど。
望月は苦笑しつつ訪ねる方法を考えている。すると、ジャックはおもむろに飛び上がって玄関の前に立ち止まった。
そういえばジャックは常に宙を浮いている。こんな高低差彼には関係ないのか。と手の平をゆらゆら揺らすジャックを見詰めながらに思った望月は、ふと思い付いた。
「ジャックさん! 俺の事そこまで運んでくれませんか」
「おう、別に良いぜ。だがその前に魔女婆さんへの注意をいくつか伝えておく」
そういってジャックは指を3本立てた。
「1つ、バーバ・ヤーガの婆さんは頑固ものだから変にたてつくと自慢の杵で一発喰らわされる」
指を1つ折る。
「2つ、態度の悪い奴にも自慢の杵で一発喰らわされる」
指を1つ折る。
「3つ、魔女婆さんはうるさいのが嫌いだ。そんな奴にもやはり自慢の杵で一発くらわされ――」
「うるさいんだよっ!!」
バァンッッ、と小屋の扉が勢いよく開け放たれて、ジャックが扉の餌食になった。その奥から何か重たい物を引きずる音と同時に影が姿を表した。
しわくちゃの皺を顔中に深く刻み、長い髪は枯れ木を連想させる程ボサボサで白髪。そして両手には杵と箒を携えている。けれど、一番注目すべきはそれらではなく。お婆さんが乗る臼そのものだろう。
お婆さんがカァッ、と眼を見開き眼下にいる望月を猛禽類を思わせる鋭い眼光で睨み上げる。
ブウッン、と風切り音。お婆さんが持っている杵がいつの間にかこちらに向けられていた。
「あんたかい!? 小うるさいのは!」
お婆さんの顔には皺とは別の深い怒りの色が濃く表れていて、気のせいか白髪が逆立って見える。
不味い、これは不味い!
望月は粟立つ身体をなだめるように拳を作って握る。けれど、魔女の怒りは刻一刻と深まるばかりで、まるでそれは燃え上がる篝火のそれ。大気にさえ怒りが伝播したかのようにゆらゆらと陽炎じみたものが見えた。
「人の質問に答えられない輩には死をもって償ってもらうよ!」
瞬間、魔女は解き放った己の小屋から飛び立った。一瞬の事に呆気を取られていると、目の前に烏の嘴を思わせるような尖った鼻が映る。
何で!?
そんな疑問の余地さえ与えてくれない程に魔女の一連の行動は早く、そして重い。数秒の遅れのち、臼の重さがようやく地に伝わってその場限りの揺れを発生させる。
そのお陰か、望月は力の入らない腰を支える術はなく、揺れと共に崩れ去りその場へ倒れ込む。
ズウッン、その瞬間だった。婆さんの持つ杵が風を凪いだのは。
杵は望月の頭上にあり、魔女が杵で突いたことが遅れて理解した。
望月はまたも魔女に見下される形となったが、どこか魔女はしたり顔で放たれた杵を手元に戻す。
「今度は外しようがないね」
キッヒヒヒ、魔女の黒板を引っ掻く様な嫌な笑い声、杵を腰まで引き、その矛先が望月の頭へと向けられる。
もう助からない! どうすれば。
魔女の放つ槍さながらの突きの先端は、黒い皮手袋の手中に収まった。
「おいおい婆さん、久しぶりのお客さんにこのおもてなしは無いんじゃないかい?」
「ジャック! ……なるほど。小うるさいのは貴様か!」
自由を奪われた杵を振りほどいて解放し、その余力で横に凪ぎ払う。
けれど、捉えるはずだったジャックは軽業師を思わせる身のこなしで後ろへ飛んで回避する。
「よう魔女の婆さん、ごきげんよう。今宵の夜は月が綺麗ですな~」
「胡散臭い挨拶はよしな! 用件はなんだい! あたしゃは今とても機嫌が悪いんだ」
ほう? とカボチャ頭が少し傾いた。
魔女は距離を取ったジャックに向けて地を杵で思い切り突き上げる。その様はロボットのホバー移動を連想させ、刃物の代わりに平たい杵の先端がジャックへ向かう。
「婆さん、オレっちからおかしな提案をしてやるよ」
臼と地面が擦りあって摩擦を生み、魔女の突撃後砂が舞い上がる。
望月の逃げてという悲痛な叫びが聞こえているのかいないのか、作られた笑顔は応答しない。
「婆さんの持つ厄介な問題、オレチャン達が引き受ける」
杵の先端はカボチャの笑う仮面寸前で止まった。
「……それは本当かい?」
魔女は思案顔で杵を手元に収めた。
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