求める者達のラプソディ

とある深海の物語

「この薬をお飲み人魚姫、飲めばあんたの夢が叶う。声は出せなくなるけどね」


 魔女は調合したばかりの薬を瓶に注いで姫に渡すと、きらりと輝く刃物の柄を静かに手に取りました。

 人魚姫は瓶を見つめました。尾びれを脚に変える魔法の薬、陸に住む王子に再び会うことを叶える魔法の薬を。

 人魚姫はそっと瓶を口に近付けます。それを見ている魔女はその様子をまじまじと見つめていました。


「……」


「どうしたんだい」


 瓶の口が姫の唇に触れる寸前、姫が躊躇うように飲むのを止めました。


「契約の内容は、私の声を代償にあなたが力を貸してくれる、よね?」


「ああ、そうだとも」


「本当に、これで王子様に気付いてもらえるの? 声も出せないし、鋭い痛みに耐え続けなくてはいけないのでしょう」


「そこはあんたの頑張りさ、あんたの美貌なら王子だって目を付けるだろう。機会なんていくらでもある」


「他にもあるの、毎日陸を訪れる姉様達に気付かれて連れ戻されないか、人間に人魚だって知られていじめられないか、声が出せないせいで見向きされないか、とても不安なの……」


 僅かに瓶が離れるのを見て、魔女は強く言いました。


「あたしの魔法は完璧さ! あんたの夢はあたしの全てを持って叶えさせてあげるよ」


「全て?」


「そう全て。この薬はあんたの望みを全て叶え、不安を取り除く、だから飲みなさい」


「……」


 瓶の中身が姫の喉を通っていきました。魔女は柄を握り直すと、人魚姫に空いた手を伸ばしました。


「その声を代償として貰うよ」


「構いません。取れるならね」


「なっ!? なにっ!」


 魔女が悲鳴を上げると同時に、魔女の身体から小さな泡がぶくぶくと湧いて人魚姫に向かいます。


「なぜ、何をしたんだいッ!」


「ふふっ、忘れたんですか、契約の内容」


 集まった泡は割れることなく姫を包み、最後の泡が付くと全てが弾けた。


「人魚姫の声を引き換えに、あなたは私の夢を叶えるまで全てを捧げる。ありがとうね。おばさん」


 力を奪われた魔女は恨めしそうに姫を睨むが、姫は陸を見上げていました。


「待っていてください、王子様」


 海の魔女となった姫から声は奪えません。魔女は姫の夢が叶うまで、深海の砂の上を這いずることしか出来ませんでした。

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