平凡な少年の、星降る話。

「おはよッー! 元気してた?」「元気元気! てかそのピアスなに? チョーかわいいんだけど……」

「よう! おはよう」「うわっ!? ビックリさせんなよ、あーほらイヤホン外れたじゃん……」


 和気あいあいとするいくつかのグループを縫うように望月 友也もちづき ゆうやは空気の鎧を纏って通学路を進んだ。

 学校が近くになるにつれ同じ高校の学生の波が合流し、校門をくぐる頃には制服の紺色が一種の高波を思わせる巨大な自然現象となって玄関を覆い尽くした。


 5月の上旬。

 桜は枯れども草木は茂り青い葉が風になびく季節。

 平凡な学生はこの時期になるとすでに友達がいて、授業での愚痴を溢し合い、出来上がったグループの親睦を深め合う。


 そうだよ、それが普通の高校生。


 自分の席に着いた望月はそっと流し目で平凡なグループを目に納めた。

 多いか少ないかの違いしかないその光景は皆同じように楽しそうだった。

 風に吹かれて僅かに揺れる野花の群生のように。

 けど、それが羨ましかったり……。


 いや、静かに何事も無いまま卒業さえ出来ればそれで良いんだ。

 机の脇に掛かったバックから文庫本を取り出して、孤独行きチケット見たいな栞を切るように取り出してページを開いた。


 主人公がクールな幼馴染に英語を聞いている。が、その幼馴染はブレーキというものを取り付け忘れた自動車並みに正論を突きつけていて、英語の出来ない主人公はぐうの音も出ないらしく圧倒されていて、それを読んでいた望月も主人公に乗り移ったように疲労していた。


 いや、動詞なのどうのって言われてもな~。


「なに読んでるの?」


「はひっ!?」


 我ながら変態見たいな声を上げてしまったと思いながら、望月はそっと首だけを回して相手を見た。


「おはよう! 望月君」


 横からそっと顔を出して微笑んでいたのは、クラスの人気者、春野 咲はるのさきさんだった。

 背中に手を回し人懐っこそうな表情を浮かべ、水のように澄んだ大きな瞳で望月を覗いていた。


 艶のある髪は肩にかかるぐらいまであり、一部三つ編みにした髪をカチューシャのようにして留めている。

 クラスの、いや学校の一部の人間は彼女を女神様と呼んで讃えている。

 それもそのはず、孤独主義の望月でさえこんな至近距離でありながら嫌悪ではなく幸福を感じているのだ。暖かい日差しを浴びて美味い水を飲み干した後のような澄んだ気持ちに。


「ねえねえ、望月君は何読んでるの? 良かったら教えて」


 春野さんはなぜ自分なんかに問いかけているのだろう。

 そんな疑問を抱えながらに恐る恐る、且つ慎重に答える。


「……ラノベだよ、小説を漫画に近付けたみたいなやつ」


「へぇ~そうなんだ、それって面白いの?」


「少なくとも、俺は」


「そうなんだ、望月君は小説が好きなんだね」


 キンコーン、とホームルームを告げるチャイムが鳴り響く。ハッとしたように春野は時計を見てからサッと自分の席に向かった。


「また聞かせてね」


 そんな言葉を残して。



 □■□■□■□



 学校が終わって、家事の手伝いや勉強を終わらせて寝間着に着替えた後、ふと朝の出来事が過った。


「なんで春野さんは俺なんかに声を掛けたんだろ……」


 気になってた? 興味があった? いやいや、ラブコメじゃないんだから。

 そう自分に言い聞かせるが、あの会話の時に感じた感覚が望月にとって凄く懐かしく思ったのだ。


 望月には高校で友達と呼べる存在がいない。挨拶をされたら挨拶を返すが、それだけだ。別に壁を作っていた訳ではないけれど、気付いたら1人ぼっちになっていた。

 本当は1匹狼なんて気取るつもりはなかった、けれど、気付いたらその役を演じ続けなければならないと思って、今こうしている。


 でも、もし許されるなら。


「春野さんと、友達になりたい……」


 そう呟いたとき、部屋の窓からキラッと夜空で星が輝いた。


 流れ星……!


 手を組んでそこに額をそっと乗せ、3回唱えた。

 春野さんと友達になれますように。


 流れ星はその後も幾つか流れ、その間に願いを言い終えた。

 もし叶ったなら、たくさん会話したいなと思い、夜空に残る流れ星の軌跡をじっと見つめた。


「さて、もう寝るか」


 程よい眠気に誘われるようにベッドへ足を向けた。しかし、


「ん?」


 視界の端に光輝く何かが見えて立ち止まる、さっと首を回すと、光の玉がこの部屋目掛けて降って来たのだ。


「はあっ!?」


 最初、見間違えかと思ったが、光の玉は間違いなくこの家、さらに正確に言うと望月の部屋目掛けて降りてこようとしている。


 どうしようか、まず家から離れる? その前に母さん達を起こして、でも間に合うのか!?


 そうこうしているうちに隕石は空気の摩擦が聞こえるほどに近付いていた。

 望月はとっさに机の下に隠れた。

 隕石が家の頭上を通りすぎるのを祈りながら。


 頼むたのむタノムッ!!


 そして、想定するその瞬間が迫った時、歯を食いしばった。


「ッ!!」


 机の下が果たして隕石に通用するのか不安を残していた望月は、その後の違和感に目を開けた。


「隕石が、来ない?」


 確かに来ていた隕石が、何故か直撃せずに済んでいる。部屋も机の下から見ても分かるぐらい無傷で、何より、あの空気の摩擦音が止んでいた。

 不思議に思った望月はそっと机から顔をだし、窓の外を見た。


 隕石が消えている。


 流れ星だけは珍しくまだ降っていたが、確かに迫る隕石だけが消えていた。

 事の状況に頭の処理速度が追い付かず、かぶりを振って部屋に視線を戻すと、机の上で光るものがあった。


「これは……?」


 自分は夢でも見ているのだろうか? その本は隕石の纏っていた光源とそっくりで、しかもその光りは暗い部屋を十分明るく出来るほどあった。


 そして、何より気になったのがそのタイトル。


「ピーターパン?」


 永遠に大人にならない少年の名が記されていた。


「隕石が降ってきたんじゃなくて、童話が降ってきた、ってことか?」


 もう夢で良いかも知れない、窓ガラスも無傷なのだから、きっと夢の中で覚醒したのだ。そう明晰夢というやつに違いない。

 そう思った途端、光る本に対して好奇心が湧き、夢の中であれば安心だと思ってピーターパンのタイトルが記された本を開いた。


 書かれていたのは、絵と一文。左のページには、青い服を着た少年が流れ星の中を両手を広げて飛ぶ姿。そして右には。


「やあ、ピーターパン……?」


 そう口にした時、本がより一層激しく光だし、思わず本を持つ手を、光りを遮るために目元にやった。


「うっ……」


 そして、数分もしないうちに光は収まった。


「あれ、 本は?」


 突然のことに呆気をとられ、つい投げ出したそれを拾おうとしたのだが、それは床どころか部屋のどこにもなかった。

 結局、自分は酷い幻覚を見たんだと言い聞かせ、その日はベッドの中でぐっすり寝たのだった。

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