フォールスⅢ

「ジャック? いや、それよりも君……完結者エピローグかい?」


「フヒヒ、だったらなんだ」


 少年は一瞬顎を上げ、フードから眼を覗かせて目の前のカボチャを食い入るように観察する。


「ふーん」


 顎を引き、白い歯を覗かせながらいつもの笑声を細く吐いた。


「カボチャ頭に名前がジャック……ジャック・オ・ランタンか」


 人気者は辛いぜ、と呟きながら竹で出来た壁にそっと織姫をもたれかけるように寄せ、ふわりと立ち上がる。


「知ってるかい、御伽世界から完結者エピローグは出られない。出そうと組織が試みたんだけど、どういう訳か扉の先に踏み込めないみたいなんだよね。君、どうやって出てきたの」


 世間話でもするようにジャックへ質問を投げかける。

 その話しに一瞬驚くも、狼少年が発したというのもあり望月は気にしないようにする。

 ジャックが答えた。


「フヒヒ、確かにオレっち達、完結者エピローグはあの世界から脱することは出来ない、ま、


 普通?


 首を傾げる望月にそっと目の炎を旗の様になびかせるジャックは、どこか落ち着いている。


「……君は特別、ってことかい」


「そうだとも、オレチャンのファンならオレっちの物語は知ってるだろう」


 望月は昔読んだジャック・オ・ランタンの記憶を探った。


 とある村でジャックという名の農夫がいた。ジャックはずる賢く、悪魔との契約を悪知恵で放棄し、生前の悪事も相まって天国にも地獄にも行けず、行き場のない彼は現世をさまよう、というお話。


「……まさかッ」


 少年が何かに気付いたように声を上げ、フードの奥にある眼をジャックへ送った。


「ヒホ、気付いたか。オレっちは罪深いカボチャなのさ。罪深さのあまり天国にも地獄にも行けず、現世に縛られている」


 皮の手袋に覆われた右手を天井に掲げ、望月が身に付けている指輪と同じカボチャの装飾が施された腕輪が淡く光った。

 それによって鮮やかなオレンジのカボチャ頭が照らし出される。だけど、不思議と目は身体を縫い止める様な影に注目してしまう。


「まあ、昔の話しはこのくらいにしてだな……、つまり、オレチャンがこうして出てこれるのは、オレっちの物語によるものってことさ」


「天国にも地獄にも行けない君が?」


「そこは別にいいだろ。ここは現世なんだ。オレチャンのアイデンティティーは覆ってないぜ」


「アイデンティティー、か……」


「……?」


 吟味するように呟く狼少年。


 アイデンティティーがどうしたって言うんだろう。



「とりあえず、君が出てこられた理由は分かった。じゃ、さっさと遊ぼうよ」


「いいねぇ〜、ノリが良い奴は嫌いじゃないぜ」


 狼達が身を低くして戦闘態勢に入る。ジャックも両手を広げて派手好きな手品師のように身構える。


 まただ……、


 また守られている。


 俺はどうすれば。


 春野と高岩を人質に取られ、少年の言葉に嘘があれば狼が増える。

 こうして迷っていれば織姫のように傷付く人が出てしまう。


 自分の無力さが嫌になる。


 望月はそっと傷付き竹に背もたれる織姫の元へと這い出て顔を覗き込む。


「灯明さん、ごめんッ……!」


『おいおい、謝るのは早いぜツッキー』


 脳内に響く悪戯っ子みたいな声。右手の指に嵌めた指輪を見た。


『お嬢はまだ意識がある』


『何で分かるんですか』


『竹が今も残ってるからだ』


 言われて周りを見渡すと、竹が月の光を浴びて立っていた。


『良いか、お嬢はまだ戦ってる。お前のためにな。だからここでめそめそしてるんじゃねぇぜ』


『でも、俺は、何も出来ない』


『空が飛べるだろ』


『空が飛べたらどうなるんですか!』


『人質を助けられる』


『えっ……』


 まさか、本当にここにいるのか。


『どこですかっ!?』


『落ち着け、詳しい場所は分からねぇけど、さっきからあの野郎の動き方がおかしいんだよな』


『おかしい?』


 言われて狼少年の動きに注目する。


 ジャックの腕輪から放たれる火球をステップを踏んで避け、2匹の狼がその間にジャックへと迫る。

 爪と牙が繰り出されるが浮かんでいるジャックには届かず空気を掠める程度で済む。

 しかし、ジャックは動くたびにゆらゆらと降りて、また、クラゲの様にふわりと浮かぶ。


 どうやら浮かび続けるのは難しいようだ。


「……?」


 ジャックの脚に狼が噛み付き、火球を食らわせ吹き飛ばすその瞬間、少年が気にするような素振りを見せ、舞台のとある一部を注視した。

 吹き飛んだ狼は舞台下のパイプ椅子が収納されている引き出し部分に当たる。


 その時だ、少年がジャックから視線を外してそちらを見たのは。


『ジャックさん分かりました! 人質がいる場所!』


『どこだ』


 狼少年が舞台下の収納ケースを気にしてる事を伝えると、「ヒホホ」という声が返ってくる。


『やるじゃんかツッキー』


 ゆらゆらと今も攻撃を掻い潜り、少年の隙きを見つけては火球を放つジャック。


 少しでも役に立てて良かった。ホッと役に立ったことに安堵する。


『よし、囮としてもうひと頑張りしようかね、ヒホ!』


『えっ、ジャックさんが助けに行かないんですか!?』


『オレっちがかっこよくて頼りになるのは分かってるぜ、けどな、相手がオレっちを見逃してくれそうにないんだ』


『そんな……』


 諦めんな、という声が指輪のカボチャから流れる。


『ツッキーの『ピーターパン』でなら、あの狼達よりも早く動ける。オレチャンが気を引いてる内に調べろ』


『でもッ!』


『良いからやれ! お前にしか出来ないんだ!』


「でも……」


 ジャックが大きく移動して舞台側にいる少年に迫る。低く飛ぶジャックに狼少年は首を傾げるも、やれ、と銃を指揮棒の様に振って狼に指示を出す。


 自分に出来るのか。


 1匹がジャックの腕に噛みつく、続いて2匹目がカボチャ頭にしがみつく。

 どんどん傷だらけになり、カボチャが欠けて中の炎が飛び出す。


 しかし、速度が落ちなかった。


「ツッキー! やれぇぇぇえ!」


「なぁ!?」


 まとわりつく狼ごとジャックが狼少年に肉薄する。



 ジャックは、本気なんだ。


 だったら!


「うおおおっ!」


 飛んだ。



 舞台下の一部目がけて。



「春野さん! 高岩さん!」


「させないっッ!」


 狼が正面に現れる。


 だめなのかッ!


「かぐや姫!」


 突然、目の前に竹が隙間なく生えた。


「灯明さん!」


「行きなさい!」


 その言葉だけを背に受け、望月は竹の横を通る、狼が望月を見つけ、再び爪を下ろすが、またも出現した竹に阻まれる。



 そして、そこに辿り着いた。

 すぐさま引いた。中を確認するため


 だが、


『やあ、こんばんは』


 望月がいる箇所の舞台上に、銃を突き付ける狼少年がいた。

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