フォールスⅡ
嘘?
低くなる声、嘘がバレたと聞こえた。
嘘、一体何の……。
「これで、あなたの能力が何か分かったわ」
腹部を押さえて、織姫がしたりと笑う。
「そっか、分かっちゃったか」
「狼は嘘を具現化したもの、今の様子を見るに見抜いたら1匹ずつ消えるようね」
体制を立て直した織姫が淡々と狼の性質を語る。その場で竹を生やし、折って尖った先端を再度少年に向ける。
「となると、私はあなたにあと2つ騙されてると言う訳ね。1つは心当たりがあるけれど、もう1つは――」
「やれッ!」
2匹の狼が織姫に襲いかかる。鋭利な爪と牙が迫る中、瞬時に竹槍を2匹の狼に向け、片方の狼を刺し、もう一方を振り払う動作で顔面を殴打する。
狼達はその場でぐったりとこと切れ消失した。
「君って動物嫌いな訳? 動物愛護団体に通報するレベルにえぐいことするね」
「焦ってるわね」
「焦る、俺が? そんなわけないじゃん」
来い。
その言葉で2匹の狼が闇から這い出てくる。
発砲もせずに出現した狼に驚く。
少年はその場でしゃがむと、冷たい表情の狼に抱きつき、全身を撫で始めた。
「こいつらは強いんだ。1匹減ったからって焦る程じゃない」
その様子をまじまじと観察する望月は、撫でつけるその手が撫でるという行為に対して必要以上に力が入ってるのを見た。
指先が硬く力んでいて、撫でるというより引っ掻くようで、まるでもがき苦しんでるように見える。
酸素を失いつつあるダイバー、または母に必死に縋る赤ん坊の様な。
クックック。
「ねぇ、そういえばさ。人質がどこにいるか気になってたよね」
望月が竹林からはみ出る頭を伸ばして、狼少年の言葉に注目した。
「喋る気になったの」
「クックック、喋らないとやってられないからね」
ゆらりと立ち上がって、織姫と望月を交互に見やった。
「春野、だっけ? はこの体育館にいるよ」
「春野さんが!?」
肩を震わすフードの少年。「まあ聞けよ」と望月を宥める。
「人質は確かにここにいる。彼女、どういう訳か捕まえた時から衰弱してたんだよね。まるで、酷い事に巻き込まれたみたいな、さ」
「それはお前のせいだろッ!」
望月が吠える。
まあまあ、と何ともない風に少年が話しを続けた。
「それでさ、こっちも元気の無い人質を世話するのって大変な訳。だからここで1つ提案したいんだ。つまり、人質を返す変わりに今日は引いて欲しいんだよね」
人質を、返す?
その言葉に驚いていると、「もう一人は」と織姫が尋ねた。
「もう一人? あーあのうるさい子か」
「その子は、どこにいるの」
ニヤリ、と狼少年が笑った。
急に背筋に寒気が走った。
まるで体育館の周りを氷山で囲んだみたいに、身体が震える。
知りたい?
ええ。
望月の恐怖を置き去りにして、二人の会話が進む。
聞いちゃ駄目だ、という
両者は
「あっちだよ、御伽世界さ」
「え、え……」
御伽世界って、
「どういうつもり」
織姫が語気を強めて問う。
「あなたは人質の安全を保証したはず――」
「生きてはいるって言ったんだ。人質なんて生きていればそれで良いだろ」
少年が続ける。
「必死に抵抗するもんだから俺がどれだけ怖いか教えてやろうと思ってさ、それで御伽世界に放り込んだ。ついさっきだからまだ生きてるんじゃない? もっとも――」
今どんな状況かは知らないけどね。
うそ、だろ……、
高岩さん……が、
いや、
まだ、分からない。
まだ!
「高岩さんはどこだッ!」
「待って望月君」
「待ってる場合じゃない! 早く高岩さんを――」
「彼が嘘を吐いてたらどうするの!」
嘘。
「嘘って」
「場所や人質の安否、彼が1つでも嘘を吐いてたら不利になるのは私達」
「流石に冷静だね」
少年が、狼に守られながら話に割り込む。
「彼女に見破られたけどさ、俺の
狼に手を置き、撫でる。
「こいつらは君らが俺に感じた疑いから生まれるんだよ。例えばさっきの銃、運動会とかに使われるスターターピストルって言うんだけど、知り合いに頼んでより銃らしくしたわけ。で、君らに出会った時に撃ってみせただろ、その時、君達が走り出して距離ができた、遠くからこれを見たら銃にしか見えないだろ」
そう言って、手に銃を持って見せる。
銃に詳しくないが、確かにスターターピストルっぽさがどことなく残っている。
「つまり、さっきそこの彼女に殺された狼は、『この銃は殺傷可能かどうか』の疑念から生まれた狼だったんだ。そして、当然今いる狼達も、君らが俺の嘘によって騙され生まれた狼な訳」
そこまで聞いて、望月は織姫が警戒するものに気付いて凍りついた。
「お? 気付いた。つまりさ、彼女が警戒してるのは……」
「人質の話しが、本当か、嘘か」
「クックック、正解」
狼少年の話しを鵜呑みにするか、しないか、選択が迫られる。
信じたとして、春野さんか高岩さんどちらかを選ばなきゃいけない。
しかし、本当だったとしたら、春野さんは今日の出来事で相当弱っている。高岩さんは御伽世界に迷い込んで
人質が1人解放されたからって、もう1人の命が危険に晒されているんじゃ選びようがない。
どうすれば!
「……」
「あれ? 黙っちゃって良いの。人質が大切じゃないわけ」
「大切に、決まってる」
「なら早く決めなよ、どっちの命が大切か、さ」
クックック。
少年の乾いた冷笑が、ドライアイスの冷気のように頭の内側へ入り込む。
春野さんか、
高岩さんか、
そんなの。
そんなの、選べるはずないじゃないかッ!
胸の奥で、何かが蠢く気がして、右手で必死にそれを押さえつけた。
「望月君! 落ち着いて」
「灯明さん……」
「彼はこうやって私達の気力を削いでるの、気をしっかり持って!」
「そう言われたって……」
話しを信じて春野さんを救出しても、高岩さんがどこから向こうへ行ったか分からないから助けられない。
高岩さんを助けに向かったとして、その間に春野さんと一緒に逃げられたら助けられない。
「望月君!」
淀んだ意識の中で声が響く。
「俺は、俺はどうしたら良いんだ」
「隙きあり!」
空気の炸裂する音。同時に狼が目の前に迫ってくる。
気付いて竹の中へ引っ込もうとしたが、時すでに遅く、俄然に迫っていた。
「望月君ッ!」
目の前に、華奢な背丈の人物が映り込んだ。
「きゃあッ!」
「と、灯明さんッ!」
コマ送りに倒れる織姫に手を伸ばす。けれど竹が邪魔して届かない。
誰でも良いんだ、誰か、
誰か、助けてくれ!
「フヒヒ、しょうがねぇーな」
「え?」
右手から怪しく揺らめく炎が放たれ、織姫に向かう。
炎は織姫の身体に纏わりつき、打ち付けるはずだった頭をそっと受け止め、どこかで見た姿へと変わっていく。
「お前、誰」
「ヒヒヒ、ヒホホ。オレっちかい? 暗い世界で孤高に燃ゆる、魅力が詰まったカボチャのジャックだぜ!」
目の前に、ジャックが現れた。
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