フォールスⅣ

「なんで……」


 なんでここにいるんだ。


「ククッ、出番あったね。良かったじゃん」


 声がする方、ジャックが身を挺して動きを封じてる存在。

 狼少年が先程の位置でジャックに抑えられていた。


 じゃあ、こいつは一体誰なんだ……。


「行け」


 ガウッ! 吠えて迫るのはジャックにしがみつく2匹とは別の狼。

 目の前の人物が持つ銃口から眼を離して確認出来たのはそれだけだ。


「はあっ!」


 キャインッ、闇に朽ちていく狼。腹に風穴を残していた。

 視界の左側から緑で光沢のある長い棒状のものが伸びる、それを辿ると、織姫が立っていた。


 おもむろに手を伸ばすと、横からカチャ、と部品の噛み合うような音がして、奴が持ってるのは音がでかいだけの銃、なんて思っていると左に視界が一気にスクロールした。


 バンッ!


 風が裂く音が右からして、見ると、竹があった。

 その内一本に黒い煤が円状に広がっていた。黒い円の中央に、光る物。


 弾、だった。


「なんで……、はっ!」


 不味い!


 そう思って身構える。


 ジャックが抑えつける狼少年の近くで新たな狼が闇より現れ、飛びかかる。


 はずだった。


「あ~あ、こりゃ失敗だね」


 新たに出てきた狼は、そこだけ時間が異なるかのように動きが鈍くなって、そして、漆黒の毛が白く染まり、静かに崩れて塵になる。


 どういうことだ。


「あなた、知ってるわよ」


 望月を背に隠すようにして織姫が舞台上の狼少年を見つめる。


「私がこの学校へ調査に来たとき会ったわね。あの時は暗闇でよく分からなかったけれど、今ならはっきり分かる。あなたは狼少年じゃない、よ」


「にせもの?」


 望月はさっきの話しを聞いて、この間の夜、織姫がこの学校で狼少年に襲われた出来事を思い出した。

 けど、偽物ってどういうことだ。


「クックック、バレちゃったか……おい」


 びくっ、っと舞台上に立つ狼少年の偽物が肩を震わした。

 怯えている……?


 拘束された狼少年が「取れ」と指示したことで明らかになる素顔。

 長身の、フードの奥にある顔に見覚えがあった。


「葛城君ッ!?」


「……」


 眼を隠す様な前髪に整った顔、背が高く無口な転校生。

 でも、なぜ……。


「驚いたかい、そう! こいつが今まで俺に協力してくれてたんだ。落書きも、春野って奴の席をめちゃくちゃにしたのも、それを君のせいにしたのも、全部ね!」


 いつの間にか、狼少年が舞台にいる葛城の側に近付いていた。

 ジャックの方を見ると、先程消失したのとは別の狼と2匹がジャックの身体を抑え込んでいる。


 意味が分からない。

 望月は新たに加えられた情報に頭を抱えた。考えれば疑問が浮かび、意識しないようにすれば隙きを狙って狼が襲ってくる。


 気が狂いそうだ。


「葛城君、というのね。あなたも何かされたようだけど、質問に答えてもらうわ。彼が話した内容は本当なの」


 織姫はなお冷静で、話しの真偽を確かめようとする。

 コクリ、と葛城が首を縦に振る。


「灯明さん何してるんですか! こんなことしても意味がない――」


「意味なんて作れば良いのよ。それに、狼少年の彼が能力を発動するタイミングは彼自身の嘘。彼は対象に入らないわ」


 視線だけこちらに寄越して言い切ると、葛城の方へ向き直る。


「あなたと初めて会った時、廊下にいたわね。それも落書きが起こった日の夜。それに、わざわざ狼少年のふりをして私に接触してきた」


「……」


 葛城は答えない。ただ沈鬱に銃をこちらに向けるだけ。

 狼少年は見物客のように舞台上に腰を下ろす、ニヤニヤと嫌な笑音を放って様子を窺っていた。


「暗くて、遠くにいたから分からなかったけれど、さっきの声で分かった。あなたは、私に狼少年と遭遇した、そういう記憶を植え付けようとしたのね。

 スマートフォンか何かで録音した声を流して本人であることを印象付ける、廊下は反響するから、音質を気にする必要はあまり無いもの。それに、闇に隠れてしまえば、身長に差があっても分からない。よく考えてる」


「お喋りは終わった? そろそろ飽きたんだけど」


 欠伸をする。本当につまらなそうで、手にしているピストルを手の中で弄んでいた。

 その様子を見て織姫が1度思案顔になり、何かを決めて葛城に放った。


「最後に聞くわ、あなたは利用されてるの? それともあなた自身の意思で協力してるの?」


 返事は、すぐには返らない。


 葛城が、泣いた。


 実弾の入った銃はそのままこちらに向けて、嗚咽と共に銃がブレる。

 葛藤でもしてるのか、何度も腕が浮き沈みを繰り返す中、聞こえる。


「助け、てほしいッ……!」



 望月にはそれが、協力する者の涙には見えなかった。


「決まりね、倒すべきはあなただけ」


「ククッ! こいつに演技させてるかもでしょう、何せ俺、殺ろうと思えばいつでもやれるんだから、ほら」


 舞台裏から真っ黒な毛皮の狼が、月明かりの元出てきて葛城に体をすり寄せる。

 懐いているペットがするそれではない、仕留めた獲物を強調するそれに近い。

 狼の吐息や毛が足に当たる度、泣き顔に恐怖の色が割って入るようだった。


「どうする? ここからは選択だよ。ここにいる人質を助けるか、あの世界に放りこんだ子を助けるか」


 キヒッ、とひび割れた嘲笑。


「それとも、こいつを助けるか」


「簡単ね、全員助ける」


 はぁ?


 誰が言ったのか、それとも織姫以外全員が言ったのか、耳と頭に残響する。


「とうとうおかしくなった? 後ろに隠れてる彼氏にこいつ、更に人質もだって? クックック。そんな欲張りが通用するわけないじゃん。もう分かってるんだ。君の能力は自分を中心とした位置から竹を生やすこと、しかも、竹は君から離れていくにつれどんどん生育のスピードが落ちる。

 君が彼氏を守れても、こいつや人質までには届かない。君が距離を縮めようとするなら、こいつの持つ銃か、狼がすぐに襲いかかる。もっとも、助けようとしたこいつに手を噛まれる可能性があるけどね!

 どう考えてもゲームオーバー、さ」


「それは、あなたにツキがあった場合よね」


 織姫が一歩、足を前に出した。


「私にはある、ツキが」


 狼少年が、ぷつり、と笑いを止め、周りを見始める。

 体育館は竹で茂っていた。どことなく神秘的で、月明かりに照らされた竹は天の川のような模様を幹に浮かび上がらせている。


「何が言いたいの」


「私の能力はあなたが言った通りよ、けど、竹の生育スピードは変えることが出来る、ある条件下でね」


「条件?」


「ええ」


 織姫が、笑った。


 勝利を確信して。


「私の竹は、によって育ちが違う」


「月明かり……、あ、あアアッ!」


 狼少年がふと体育館の窓辺から差さる光を眼で追い、そこに、自分の足元と、葛城が入ってる事に気付いた。


「かぐや姫ッ!」


 掛け声と共に竹が望月達の空間を区切るように伸びた。


「くそっ! でも! こいつとお前達が身を守れたからって、人質は守れないだろ!」


「オレっちの存在を忘れてるぜ!」


「ジャックさん!? うおっ!」


「ヒホ、中々なリアクションだな」


 ジャックの声がして、姿を見ようとして近付いた竹が光だした。

 あまりの眩しさに眼を顰め、ちょっとずつ開くと、光は、おちゃらけた表情を浮かべたカボチャの顔をしていた。


「ジャックさん! でも、なんで……」


「おいおい忘れたのか、オレっちはとうに死んでるんだぜ。キュートなカボチャを依り代に、オレっちは人の形をしていただけだ」


 ヒホホ! と笑い叫ぶジャック。


「だがよ、オレっちのアイデンティティーは残念ながらカボチャじゃなくて、明かりだから、こうして竹に宿ることも出来る。そして、竹に宿る時、大抵お決まりがあんのよ、なあ! お嬢!」


「ええ! 行くわよ、ジャックっ!」


 星色に輝く竹に織姫が両の手を掲げ、高々と叫んだ。


「かぐや姫、燈火物語ッ!」


「トゥ、ジャック・ズ・ナイトッ!」


 竹の外で、けたたましい爆音が響いた。

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