依頼達成と……

「ほらよ、婆さん」


 ポン、と狼の牙が入った麻袋を卓上に置くジャック。

 その中身をバーバ・ヤーガは取り出して、確かにと呟いた。


「あたしゃは狼の頭蓋骨の方が好みなんだけどね、なぜ頭蓋骨は取らなかったんだい」


「おいおい、誰しも頭蓋骨愛好家じゃねぇーよ。それに今回はオレっちが仕留めた訳じゃねぇ。な、ツッキー」


「う、うん……」


 飄々とするジャックを見て凄惨な光景を思い出してしまった。




 火の玉となった狼の行方を調べるため落下時点に降り立った望月。

 酷い異臭に満ちたそこに狼はいたものの、先程まで付け狙い追いかけていた狼とは程遠い何かに変わり果てていた。


「ヒィーホォー! やったなツッキー、これで魔女婆さんから解放される」


 振り返ると、ジャックがゆらゆらと揺れて近付いてきた。


「ジャックさん! どこ行ってたんですか、俺心細かったんですよ!」


「まあまあ、結果オーライだぜツッキー。おお、これが問題の狼か、パンプキンパイにも劣らない焼き具合だな。さーてと……」


 ジャックはどこからか取り出した麻袋を望月に投げ渡した。


「牙を抜け。出来なきゃどの牙抜くか決めろ」


「え? 何故ですか……」


「なぜもなにも、仕留めた証持ってこなきゃあの婆さんに延々とこき使われるぜ」


 それは嫌だったので、1番鋭い牙を指差し、それをジャックが抜いてくれたのだ。




 そこから時は戻り、現在に至る。


「これで文句はねえだろ、小屋と庭の掃除もして、婆さんの飯も作った。そして小麦は雑に扱われてたのをより分けて干してる。完璧だぜ」


 その仕事をやったの自分と人形なんだけど、と望月はジト目をジャックに向けた。


 そんな望月と鼻歌を歌うジャックを他所にバーバ・ヤーガは1つため息混じりにぼやいた。


「はぁ……、確かに、あたしの言った仕事は全てこなしていたね。ところで、この仕事は全部あんたらでやったのかい?」


 どこか寂しそうに問うバーバ・ヤーガ。


 その憂いの表情に不思議な気分になる望月。ジャックはうんうんとカボチャ頭を縦に振っていた。


「もちろんだぜ婆さん オレチャン達2人だけで全てこなしたぜ。誰の手も借りずにな。なあツッキー」


 調子の良いカボチャを冷たい視線で見終えたバーバ・ヤーガは、あんたはどうだい、と問いかけた。


「おいおい、答えたんだから良いだろう」


「お前の言葉はお前の存在並みに軽くて信用に値しないんだよ」


 パンプキン! と頬らしきところに両手を添えて驚くジャック。

 この人の信用全く無いんだなと苦笑しつつ望月はバーバ・ヤーガの鋭い瞳に視線を送った。


「俺は、全部の仕事を1人で終わらせられませんでした。1度仕事を投げ出したんです。その時、狐が持ってきた人形に助けられたんです」


 チビ! と今決めた名前を叫ぶ。出てくるか不安があったものの、それは些細な問題だったとすぐに分かった。

 チビと呼ばれた人形は壁に備え付けられた棚から顔を出し、華麗にそこから飛んで望月の肩まで走ってきた。


 その際バーバ・ヤーガの目がカッと見開いた気がしたが、瞬き後、頑固な顔に神妙な表情を浮かべる普段の雰囲気に戻った。


「ほとんどこいつが仕事をやってくれました。俺がやれたのなんて庭の掃除ぐらいなもんで他は手付かずです。チビ、ありがとうな。お前がいなかったら狼なんて退治出来なかったよ」


 そう言うと、チビと呼ばれた人形はのっぺりした表情に照れ臭さを纏わせるように、丸い手をこれまた丸い頭部の裏に回した。


 そうかい、とバーバ・ヤーガは納得したように尖った鼻先をゆっくりと縦に振る。


「ヒホッ!?」


 そして、隣にいたカボチャ頭の頭上に重たそうな杵が振り下ろされていた。


 杵の持ち主を見やると、バーバ・ヤーガは鬼の様な形相を纏っていた。


「お前、あたしの嫌う奴の特徴が何だっか覚えてるかい!」


「ヒホ?  たてつく奴、態度の悪い奴、お喋りな奴」


「それからなんだい」


「え? え~と……」


「嘘を吐く奴だよ!」


「ヒホッ!?」


 ボコスカとカボチャ頭に何度も杵が振り下ろされる。

 その姿と光景はまさに鬼そのもの、肩のチビさえ震え上がってジャージのポケットに隠れてしまった。


「お前の口から出るのはいつも軽い言葉ばかりだね」


「ヒ、ヒホホ! ちょっと待て、オレっちの言った言葉だけが嘘とは限らないだろ」


「限るね」


 振り下ろされる杵が突然止まった。

 バーバ・ヤーガの視線が望月に止まる。


「目を見れば分かる、こいつは真実を訴えてるってね。ただただ年を食ってきた訳じゃないよ、あたしのところの灯りが欲しくて訪ねる奴は何人もいた。嘘を吐いて仕事をごまかしたり、悪態ばかり吐いて怠けたり、お喋りばかりで手を休める奴を何度も見てきた。だから言えるのさ、この子は信用できるってね」


 止んだと思われた杵が唐突に振り下ろされる。


「それと比べてあんたの口からは法螺ばかり、本当に軽い奴だよ貴様は!」


 バーバ・ヤーガは杵を横に構えた。この先の展開が予測出来た望月は瞬間的にその場へしゃがみこみ、横凪ぎに振るわれた杵の餌食はジャックだけが被った。


「ヒィーホォー……」


 玄関から飛び出したカボチャの断末魔は遠く響いた。


 さてと、と杵の柄を地に着けたバーバ・ヤーガは制裁を加えたからか先程よりも清々しい顔付きになっていた。


「文句も言わず嘘も吐かず弱音を吐くこともなかった。こうして害獣も退治したあんたには何かやらないとね」


 そういってバーバ・ヤーガはおもむろに玄関を出た。それにつられて望月も出る。


 外には、あるべきところに埋まったカボチャがいた。


 バーバ・ヤーガは家の瓦代わりに敷き詰めてあった頭蓋骨を箒の下げ緒を使って、骸骨の眼窟へ器用に通して拾い上げ、それを望月の手元に置いた。


「貴重な物だから大切におし」


「あ、ありがとうございます!」


 望月は仕事と人格を褒められた事が嬉しくなり頭を深く下げる。


 顔を上げな、とどこか穏やかな口調でバーバ・ヤーガが促した。


 ゆっくり顔を上げると、バーバ・ヤーガの視線があるところに向いていた。それを辿ると……。


「あっ!」


 そこには、昨日見かけた狐が森から半身を現していた。


 てとてとと一定の距離まで近付いた狐は、望月を見上げる。


『ありがとう』


「えっ?」


 頭に優しく穏やかなな声が響く、それに驚きつつ狐を見ると、また前のように前脚を1つ前に出して頭を深々と下げている。


「あれは……そうかい、そういうことかい」


 キヒヒ、と魔女が笑う、けれどもそこに怒りや思惑の色は混じっていなかった。


 一連の光景の後、前と同じように狐は森へ去っていく。


 いったい何だったんだろう、そう考えていると隣からハッハッハと軽快な笑い声が発せられ、


「ハッハッハ! あんた、物語に好かれてるね。そうかそうか、あの狼はそういうことだったのかい」


 と、1人訳知り顔のバーバ・ヤーガは乗っている臼を器用に半回転させ、望月の手元にある骸骨をヒョイと掴み上げる。


「今日は気分が良い、このまま渡すのが惜しくなったね。そうさねぇ~……おや?」


 皺の寄った枯れ木のような腕が望月の手に伸び、その指にあるものを眺めた。


「ふん、あいつにしてはセンスがあるね。よし……坊主、そこをおどき、今準備してやる」


 望月はサッと道を開けると、臼が浮いてバーバ・ヤーガは手に持った骸骨と共に小屋の中へと消える、その後怪しい呪文のような歌と漂う悪臭が小屋から溢れる。


 そして。


「ほれ小僧、もっておゆき」


 渡されたのは、骸骨の紋章が施された指輪だった。


「これは?」


「あたしゃ気分が良かっただけだよ」


 そういってどこか嬉しそうに明後日の方向を見るバーバ・ヤーガ。

 最初は怖い人だと思っていたが、こんな一面もあったのか。


 望月は手にした指輪を指に嵌め、その場で浮いて地面に降りた。


「お婆さん、ありがとうございました! 大切にします!」


 バーバ・ヤーガは望月が帰るのを見届けると、鼻をならして戸を閉めた。


 新しい指輪の髑髏は、どこか微笑ましい表情を浮かべていた。

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