転校生
バーバ・ヤーガの依頼を達成して2日過ぎたとある月曜日。
望月は相変わらず空気となって同級生の間を縫うように登校していた。
そして、それを織姫がどこからか見張るという異常ながらに日常となった時間が流れる。
前日、望月は織姫に連絡を取った。
前2つに関しては事務的に応答するのみで、感動に欠けたものだった。けれど、最後の反省に関しては予想とは異なる返答が送られた。
『望月君、何故謝るの?』
『え?』
『君は、結局のところ約束を守ったの。約束を守ったのに、ごめんなさいなんて分からないわ。それに
という、棘の感じるような、どこかうら寂しい様な、形容しがたい台詞が昨日交わされた。
校門が迫るなか、望月はちらりと手に嵌めていたカボチャの指輪を外す。
今日はカボチャの表情も、どこか同情するように笑いかけているように見えた。
□■□■□
「さて、ホームルームを始める前に、このクラスの新しい仲間を紹介したいと思います」
少し鼻息の荒い担任が口火を切った。応えるように一斉にクラスの皆が担任を見つめる。
転校生? と望月は場違いなすっとんきょうな声を上げて開かれた戸を見つめる。
担任に招かれるようにして現れたのは、背の高い男子と背の低い女子。
2人は担任に言われてチョークを手に取り、かつかつと小気味良い音をたてながら自分の名前を書き上げる。
書き終えると、2人はチョークを置きパタパタと手を払う。振り返り、担任の側にいた男子生徒が名乗りを上げた。
「
しりすぼみに声が小さくなり、最後にはモゴモゴと声にならない音を発して自己紹介が終わる。
けれど、クラスの女子から黄色い声がわずかに上がる。
葛城と名乗る男子生徒は、前髪を目の辺りまで伸ばし、シャツの第1ボタンは外している。顔は前髪で良く見えないものの時折覗き込むことが出来て、それを見た女子はまたも歓声を上げる。
見ると、整った顔立ちにスッーと通った鼻筋、目は二重でスッと筆で細く書いたような美しい
それらをまとめると、和風イケメンの部類に入るだろう。
男として何かに負けた望月はがっくりと項垂れる。
元々カッコいい方ではないものの、にわかにカッコいい方だと信じて疑わなかった。
けれど、転校生の顔はモデルさながらの美形で、嫌でも比較してしまう。
他の男子生徒も自分と比較したのか、時折歯ぎしりめいた音が耳に飛び込む。
女子には分からない嵐が通り終えると、「おはようございます!」という鈴を鳴らした様な可愛らしい声が響く。
見ると、転校生の女子生徒がはにかみながら身を乗り出す。
「アタシ、
クラスの野郎共が黄色い声をあげた。先程と違うのは、女子生徒の声も混じっていることだろうか。
高岩と名乗る女子生徒。
髪は耳まであり、前髪を黄色い果物を模したヘアピンで留めている。
目尻はキュッと上がり、瞳は大きく、顔も小さい。
全体的な印象はとにかく小さいという言葉に限る。
けれど、彼女の醸し出す雰囲気は人懐っこい猫を思わせ、その動きもどこか小動物っぽさを思わせる。
猫耳を付けてあげれば本当に猫に化けるんじゃないかと思うほど。
先程の葛城と反応が違うのは、その人懐っこい雰囲気にあるのだろう、接しやすい人柄に定評があるのは春野が立証済みである。
こうして、自己紹介や質問コーナーを一通り終えると、担任が2人を空いている席に座るよう促す。
葛城は前側の席に座った。見ると春野との距離が近い位置にいる。
それに対して望月は表情を曇らせる。
そしてもう1人は。
「おはよう、これからよろしくね! 教科書まだ無いから今日はちょっと見せてね」
と、照れ臭そうに微笑む高岩。
望月は隣の席が空いていた事に今さら気付き、高岩と話しかけられている自分が注目されていることに気付き素早く顔を俯かせる。
自分は孤独主義なんだ、と心で唱え、俯く顔を限界まで隠してホームルームを終えた。
□■□■□
4限は国語で、とある小説のテーマやその言葉の言い回しなどを考える授業だった。
配られたプリントに教師が提示する答えを写して黙々と授業は進む。
4限にもなると椅子と背骨がくっついたような錯覚を感じ、手と足が独立して歩きたい衝動を訴える。
けれど、机と椅子が望月を拘束したように尻の感覚だけを奪い、立ち方を忘れさせる。人によれば眠気に負けて机がその生徒の頭を受け止めて枕となる。だが、その後に迎える目覚めは決して良いものではない。
ボッーっと黒板に羅列する文章をノートに写していくと、フフッと可愛らしい声が耳を掠めた。
高岩がこちらを見て笑っていた。
それに気付いた望月は優しい眠気から解き放たれ、黙々と写し書きに徹する。
人に注目されるのが嫌な望月は、人の視線が集まったら死ぬとさえ思っている人種だ。だからこそちょっかいに対し機敏に反応し、それをとことん嫌う。
なので、望月は共有する教科書以外ではあまり高岩を意識しないようにしている。のだが、
「ねえ、望月君って言うの? よろしくね」
と、授業にでも飽きたのか顔を少しだけこちらに向け、今朝のホームルームと同じ笑顔を向ける。
「この授業、あんまり面白くないね、アタシ文章より数学とか英語が好きだな。あれは自分の頭で考えるから眠くなることもあまりないし」
ね、と同意を求められた。どちらも苦手な望月は返答に困った。
そんな望月の反応が面白いのか、高岩は声を潜めてもう一度問いかける。
「ね、ね。望月君はどの授業が好き?」
「俺は、全体的にぼちぼちかな。得意な科目とかないし」
「出た! 得意な科目あると好きになる人。アタシそういうのはどうかと思うな~」
「じゃあ、高岩さんは数学と英語は得意じゃないの?」
「めっちゃ得意!」
と、口の端を猫みたいに吊り上げ満足そうに胸を張る高岩。
無駄に高岩の調子を良くしてしまった望月はため息を吐いた。偏見ではないが、こういったタイプの女子は調子に乗らせると良く喋る。
女友達0の望月は何とかお喋りを止めようと曖昧な返事を返すが、それがかえって高岩の舌を饒舌にさせていた。
キンコーン、と授業の終わりを告げるチャイムが響いた。
もうこんな時間か、と真正面に立て掛けてある時計を見る。
すっかり重くなった身体を起こし、軽く捻るとポキポキと骨が鳴った。
さてと、弁当べんとう……。
と、手をバックに伸ばすと、横からはい、っと国語の教科書が視界に映った。
高岩からだった。けれど、高岩の後ろには彼女に興味を持った男女のグループがひしめきあっていて、半ば苦笑を浮かべる高岩はポリポリと頬を掻いていた。
「また、話そうね。名前覚えたから!」
そう言い残し、グループの輪に溶けるようにして飛び込み去っていった。
望月は思った。これからが大変だと。
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