緩やかな親交

 転校生が訪れて2日程たったある日、放課後のこと、高岩から校舎裏に呼び出された。


 人気など当然無く、あるのは破れた包装紙とポリバケツ、ひっそりと佇む大きくて細い木ぐらいだ。

 校舎によって日差しが遮られ暗がりが増していた。


 その木の元に、彼女、高岩 晶は朗らかな表情を湛えて立っていた。


「あ、望月君来たね。良かった~! バックレられたらどうしようと思っちゃった」


 そのどうしようの結末をネガティブチックに想像した望月は、呼び出しに使われたであろう手紙を握りしめてやって来た。




 よし帰るかと、意気揚々に息巻いてると、机の中の教科書を引っ張り出すのと同時にひらりと1枚の紙が舞った。

 何気なく拾ったのは手紙で、その宛名は望月になっていた。


 机の中にあったのだから当然か、と思いつつ封を切ると、綺麗に折り畳まれた紙が1枚入っていた。

 それを広げると、放課後、校舎裏の木の前で待ってます。という一文が綴られていた。


 望月は、最初送り主に狼少年を浮かべた。その理由は彼に狙われているからだ。


 けれど、狼少年に名乗った覚えなどないので個人名を書けるはずもなく除外、次に浮かべたのが春野だった。

 だが、その春野はテニス部の活動で忙しいはず、試しにテニスコートの見える校舎に移動すると案の定、春野さんがいた。


 では、この手紙の送り主は誰なのか、少し考えるとちょっかいを掛ける人物など1人しかいないことに気付いた。

 望月は待たせて機嫌を悪くさせないうちにと廊下を駆けて下駄箱へ向かう。




「フフッ、なんだか告白の叶う伝説の木みたいだよね」


 ここにある松の木にそんな伝説は絶対残らないとだろうと望月はぼんやり思った。

 告白をマツの木ノ下で行うということは、返事を待たれるな、という安直な妄想をしていた。


「ところで、望月君は何で呼ばれたと思う」


「え~と、友達になってほしい、とか?」


 適当な言葉が浮かばなかったので、自分と疎遠な言葉を選択する。

 とりあえず、彼女が何か反応を欲しがっていることは分かっていたので、そっと相槌を打つ。


 すると、高岩は正解! と満面の笑みを浮かべる。望月はその笑顔に不意を突かれたように頬を紅く染めた。


「そう、アタシ望月君と友達になりたいんだ。だからこれ、一緒にやってくれる?」


 高岩は鞄から1冊のノートを取り出し、それを望月に差し出した。

 ノートの表紙には『交換日記』と書かれている。


 良く分からない望月は1度高岩の顔を見つめ、なにこれ、と指を差した。


「だから、交換日記! アタシね、これで色んな人と友達になれたんだよ」


「本当に?」


「うん、そして次は望月君と友達になりたいなって、だめ……かな?」


 突然、高岩は捨てられた子猫の様な表情をし出し、望月を見上げた。


 体格さもあって、見下げると高岩の潤んだ瞳が目にはいる。睫毛も長く、本当に猫のようだった。

 笑ってほしい、という感情か、守ってあげたい、という保護欲からか、望月はうんうんと首を何度も縦に振る。


「分かった、分かったよ!」


「やったー! じゃあ今日からね、という事で君の当番。じゃあね!」


 駆け出す高岩の横顔は嬉しそうだった。


 望月は、手元にあるノートを見てどうするかと首を傾げつつ鞄にしまう。




 □■□■□



「それで、その子がどうしたのかしら」


 マグの取っ手をつまみ、気品を感じる動作で湯気の上がる液体をすする織姫。


 ここは望月の家のリビング。放課後、織姫は望月に護衛の報告を兼ねて家に上がるようになっていた。

 そのお礼として、望月は紅茶やらコーヒーやらを振る舞うことにしていた。その際淹れ方の作法やらを度々指摘され、今ではマグを温めてから紅茶なんかを淹れるようにしている。


 と、テーブルの上にマグを置いた織姫は望月の話しを聞くように上半身を少しだけ乗り出す。


「え~と、友達になりたいとかでこんなのもらっちゃって」


 鞄から取り出したのは『交換日記』、それをテーブルの上に置き、望月は織姫を見上げた。


 織姫は1度目を瞑り、腕を組む。何か考えているのだろうか。少し待つことにして手を膝の上に乗せる。


「……」


「……」


「……ん?」


「え?」


「いえ、望月君の言葉を待っていたのだけれど……」


 何故か気まずい雰囲気になってしまった。


 しかしよくよく考えれば話題を振ったのは自分。慣れない言葉のやり取りに悪戦苦闘し、要約すると交換日記に何を書けば良いか、という話を表に引きずり出すことに成功した。


 織姫はしばし思案顔の後、1つの結論を提案する。


「普通に書けば良いんじゃないかしら」


 ……、うん、そうなんだけど。


「そうだけど、こう、人が見るわけで、変な事書いて引かれないかなって」


「変な事ってどんなことよ」


 織姫はジト目でこちらを睨んだ。


 今の発言で何か勘違いされたことに気付き、慌てて弁明するも、時すでに遅し、受け付けてはくれなかった。


「望月君の意見はともかく、その子は望月君のありのままの姿を知りたいのよね? だから日記を選んだんじゃないかしら」


 ごちそうさま、と話を切り上げ、織姫は立ち上がり玄関へと向かった。それを慌てて止めようとすると、気を付けなさい、と言葉が飛ぶ。


「あなたは今、あの少年に狙われているの。こうして青春を謳歌している間にも、あいつらは裏で何かを仕掛けているに違いない」


 その目はどこか遠くを見つめ、織姫の顔を強張らせる。


 忘れてなんかいない。というと、そう、と素っ気ない言葉を残し家を去っていった。



 □■□■□


 宿題や家事を終わらせ、自室の椅子に座る望月は、宿題とは違う物に頭を悩ませていた。


「結局、どうすれば良いんだ……」


 真っ白な紙にペン先を何度も近づけては、でもな~と手をノートから離す。


 人に見られるという前提がある日記とはこうも書きづらいのか。


 うんうん唸る望月は、ふと、窓の外を見やった。

 ぼんやりした夜景は、黒い和紙を隙間無く張り付けたようにぼんやりしていて、星の光も豆電球程の光しか発していなかった。


 切れかかっている電球を見るようなぼんやりした瞳にそれらが浮かぶ。


「……そうだ」


 望月は、重かったペンを取り、どこか楽しそうに書き連ねていく。



 □■□■□


 5月の○日。晴れ。


 これ、高岩さんも見るんだよね。ちょっと緊張して書けなかったけど、今日の夜空を見て思ったことがあって、それを書きたいと思う。


 今日見たいなぼんやりした夜に、先週綺麗な流れ星がたくさん見れたんだ。凄く驚いた。人生であんなに流れ星を、それも部屋で見れると思わなかったから。


 高岩さんは流れ星は好き? 僕は好き……いや、好きになった、かな。

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