狼少年と目覚め
狼少年?
キザっぽく仁王立ちする少年が望月を見下ろしながらそういった。
灰色のモザイクみたいなパーカーに足の細さを強調するようなピッタリしたジーンズ。
そして、猫みたいな3角形の耳が着いたフードを目深く被っている
顔はフードによって隠され良く見えないけれど、ちらりと覗く瞳はどこかおかしそうに、笑ってるように見えた。
少年はあ~あとため息を吐きながらポケットに手を忍ばせた。
「君、
ストーリーテラー? 聞き慣れない単語にはてなを浮かべていると、少年はつまらないと言う風に尻餅を着く望月に視線を合わせるようにその場へしゃがみこんだ。
「そう、創作者。持ってるんでしょ、本」
本、思い当たりこそあれど望月にはそれのありどころ、そもそも存在の否応すら説明出来ない。
流れ星と共にやって来た本があって、読んだら消えました、なんて夢オチを。
……いや、その前になんで本って分かるんだ?
「なんで本だって知ってるんだよ」
「……やっぱり、持ってるんだ」
背筋に悪寒が走った。まだ日が沈んでいないのにも関わらず、辺り一帯が変に暗く感じた。
少年はゆっくり立ち上がると、右手で口を押さえながらクツクツと笑いだす。
「ほんと、今日は良い日だよ。こんな簡単にストーリーテラーが見つかって、しかもまだ能力に気が付いてないなんて、最高だな」
少年は、まるで宝くじに当たったような様相で望月を見つめた。
なんだ、こいつ。
何かが変わった。少年を含めた全てが。見慣れた通学路がどこか酷く乾いて見える。
晴天は霞み、青い葉は黄ばみ、空気は薄くなっていく。
望月はのっそりと立ち上がり、得たいの知れないフードの人物を凝視した。
何か危険だ、肌が
けれど少年は右手で口を押さえながら、今も笑っているだけだった。その笑い方は吹きなれない管楽器のようなもので、不規則に聞こえるその音が、かえって少年の不気味さを際立てている。
「あ、そうだ」
背負っていたリュックを下ろし、その場でごそごそと何かを探り出す少年。
走りだそうと足を転回させたその時、「あった」という声がして、ついそちらに視線をやってしまった。
だから、それを見てしまった。
「それはっ!?」
「やっぱりそうなんだ。まあ、ちょっと違うと思うけど」
少年が手にしていたのは、夢で見た本だった。
正確には夢で見た本にかなり似た別の、本。
表紙は土を払ったような薄い茶色、タイトルは、
「……狼少年」
少年がニヤリと目を吊り上げたように見えた。
「そう、俺の
少年は焦らすように間を開けて、ポケットに手を突っ込んだ。
危険?
「そう、具体的には言えないけど、とにかく危険なんだ。君もそれはよく知ってるだろ?」
俺は今までの出来事を思い出した。確かに、突然隕石が降ってきたり、宙に浮いたり。
何かがおかしい。
そしてそれは決まって本に関係することだった。
しかも、この少年の言っていることが正しいのならこれから先も奇妙な体験をすることになる。
「……どうすればいいんだ?」
望月はぼそっと尋ねた。
すると、少年はまあまあと左手をかざした。
「ゆっくりで良いんだ。本にあった出来事や、本の内容とか、分かることから喋ってくれれば、俺が何とかしてあげれるよ」
望月はゆっくりと少年の方へ向き直った。今になって少年が自分よりも一回り小さく華奢な体格なのに気が付く。
何かあったとしても、逃げ切れるかも知れない。
足に自信は無いけれど、体力の方では何とかなるかもしれない。
そう思った望月はそっと悩みを打ち明けた。
「――俺の本は」
「だめっ! それ以上は言っちゃだめ」
突然横から叫び声が聞こえた。見ると望月と変わらないぐらいの少女が凄味のある表情で叫んでいた。
「物語を教えてはだめ! 教えたら利用されるわよ」
突然の事にどうすれば良いか分からない。
「あ~あ」とがっかりした声音で少年が少女を睨んでいた。
「君か、僕らの邪魔をする奴は」
「ええ、そうよ」
たった二言のやりとり、なのに2人を包む空気は張り詰めたものへと変わった。
「俺たちはただ、不慣れな能力に困っている人々を助けてるだけだよ。現にその人も今俺に悩みを打ち明けるところだったんだ」
「それは失礼したわ、でも、それなら本の内容を知る必要なんてないでしょう」
「それは人によるだろ」
「なら、あなたの
なにか確信を得ているような物言いだ。
言われた少年は数秒の沈黙の後、フッと肩を下げてみせた。
「確かに、本の内容までは教えられないね。そんなことしたら殺されちゃう」
望月は目を見張った。
今、何て? 殺される? 何で……。
状況が掴めない中、ふと腕を掴まれた。見やると少女がいた。
「走って、何かされないうちに」
途端腕を引っ張られる、少女の走る方角へ駆け出した。
だが、
「逃がさないよ」
離れていく少年の目は、まるで、獲物を見つけた獣のように獰猛だった。
パンッ! 突然背後で空気の破裂するような音がして振り向いた。
見ると、少年の手に白い煙を吹く拳銃のような物が握られていて、空に向かって撃ったらしく天へ向けていた。
そして、それを、
俺たちに向けた。
「あいつ、本当に殺す気なんだ!」
悪寒の正体が実体となって現れた。少年の喉を鳴らすような笑いが遠く聞こえてきた気がする。
「よそ見しないで、とにかく走って!」
「でもあいつ、銃を持ってるぞ!」
最初から怪しいとは思ってたけど、まさか、銃を出してくるなんて。
本てなんだ?
何で銃を向けるんだ。
深い混乱の中、銃による恐怖と少年の態度が噛み合わなかった。
殺すならなぜすぐ殺さなかったのか、何で自分の話しを聞こうとしたのか。そんな疑問に直面すると、ワォーンという遠吠えが
え?
それはよく知ってるようで知らない生き物の声。
少年の仕業なのか、再び後ろを見た。
「……嘘だろ」
これはあり得ない状況だ。こんなこと絶対に起きるはずがない。
頭で必死に否定する、だけど、少女の腕を引っ張る力に揺さぶられて、それが果てしなく現実なんだと突きつけられる。
だって変だろ、こんな……、
「なんで、オオカミがいるんだよっ!」
それは、灰色の毛皮を纏った狼だった。
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