竹林と竹の槍

 クツクツと乾いた様な笑い声。だらりと垂れ下がる足を気怠げに舞台の上に戻すと、その場で立ち上がった。


「こんばんは。来てくれて嬉しいよ、俺のこと覚えてるかい」


 覚えているに決まってる。


 銃声に狼の唸り声、ケタケタと笑う少年の狂った笑声。

 忘れたくても忘れられない。



「あなたは、なぜ今になって姿を表したの」


 ゆっくりと息を飲む望月に反して、急かすように問いかける織姫。

 狼少年はクツクツと口を抑えながらもう片手を仰々しく広げる。



「準備ができたからさ。これで、君達を殺す事が出来る。そのために色々と面倒くさいことをやったけど、このあとの事を思えば些細なことだよね」


「このあとのこと?」


 ふと口ずさむ。


 フードから晒されている口元が愉快そうに歪む。


「決まってるだろ。君達の物語ストーリー回収だよ」



 舞台から端にある階段へ移動し、確認せずに1段ずつ足を下ろす。

 胸と顔は常に望月達へ向き、乾燥した空気に微笑を含めながら降りる狼少年は、舞台俳優を連想させる。



「俺達は君達の物語ストーリーが必要なんだ。だからこうして君達を呼び出した。頃合いだと思ってね」


 頃合い?


 望月は眉をしかめ、その意味を考える。



「あなた達組織の事情なんて知らないわ。それよりも、人質は無事何でしょうね」


 すっと狼少年が背筋を伸ばしたのが見えた。相変わらず表情は見えないのに、笑っていることだけが分かる。


「無事……って言ったら当然君達は安心するんだろうね。ここまで来た訳だし」


 意味深に狼少年はそう言って、自身の右手を弄びながら眺め確認する。


「人質の安全が確認出来なければあなたの命は無いわよ」


「おぉ怖い怖い。ちょっとした冗談だよ。無事さ、生きてなきゃ人質の意味が無いしね」


「なら、ここにいるのね」



 静寂。


 残るのは愉快そうに鳴る喉の音。


「そこまで親切に教えてちゃ、せっかく揃えたカードの意味が無くなるでしょう。

 カードはね、ここぞって時に切るものだよ。大富豪やったことある? 8切りや革命、ジョーカー、スペードの3だって、使うタイミングってものがあるでしょ。俺はただ、温存してるだ〜け」



「お前!」


 2人の命をおもちゃか何かとでも思ってるのか! 

 怒気を強め短く吠える。

 こいつが何したいのかなんて分からない。自分の中にある本の事さえ分からない。

 分からない事ばかりだ。


 ピーターパン、君がどこへ飛びどこへ降り立つのかそれさえも、分からない。


 けど、もし叶うなら1つだけ、お願いだ。



 「おっ!」と呑気な声、「望月君ッ!」と心配混じりの鋭い声。


 望月は、スッと一歩前に出た。


「お前を倒して、春野さんと高岩さんの居場所を教えてもらう!」


「クックック、いいねぇ! 準備したかいがあったよ」


 懐に手を突っ込んだ狼少年は、手に銃を持ってそれをこちらに向ける。


「死ぬまでの間、俺を笑わせてくれよ!」



 パアァァン!


 破裂音。


 先に仕掛けられ身動き1つ取れなかった。咄嗟に目をつぶったため、何が起きたか分からない。


 けれど、1つだけはっきりしていることがある。


 目の前にが生えている。


「え?」


「望月君、あんな風に啖呵を切っておいて牽制されるなんて格好が悪いわよ。せめて避けるぐらいしなさい」


 駄目な生徒を諭すような口調。なのに不快感はなく、むしろ心地良ささえ感じる声は、ハァっと幾分の幸せを逃しそうな大きな溜息と共に望月の前へ出る。


「君は慣れるまで私の援護に回って、もう夜、ジャックの指輪が本領を発揮する時間よ」


 ジャック、そう言われて右手に嵌めた指輪を見る。

 かぼちゃの装飾が、無い胸を張って笑っているみたいだった。



「あなた、この学校で色々と悪さを働いていたようだけど、そろそろお縄につく時がきたみたいね」


 生えてる竹の根本に勢い良く蹴りを入れる織姫、蹴られた竹は切れ味の良い刀に切られた様な断面を残す。

 手にした竹の先端を狼少年へ向けて、端麗たんれいな顔に険しい表情を浮かべてキッと睨む。


「覚悟なさいッ!」


 透き通る鈴の音、そこに力強さを乗せて織姫が吠える。


「クッ、竹ってことはかぐや姫? 有名な悪女と対戦出来て感激だな――っと!」




 狼少年がよろりと避ける。


 真っ直ぐに放たれた竹槍は敵のいる横へと振るわれる。手にした銃の背で防いで見せる狼少年、しかし、その気を逃さないと言わんばかりに穂先を再び叩き込む。


 2度3度、鉄と竹の衝突音が響く。


 穂先が下がるやいなや織姫が素早く持ち替え竹の石突にあたる部位を少年の腹へめがけて打ち込む。


 狼少年が怯んで後退し、追撃する。


「ガウッ!」


「くっ!」


 突然、狼が現れ横から竹槍へと噛みつく。槍の主導権を取り戻そうと織姫が懸命に竹を振るうが、狼がそれを許さない。

 織姫は竹槍を放棄すると後方へと下がり、きつく少年を見る。


「あなた、狼の召喚タイミングを自由に選べるのね」


「まあね」


 底なしの闇を小さな瞳に宿す狼。織姫から奪った竹槍を振るって弄ぶと、興味を無くしたのかポイッと床へと放る。

 狼少年が腹を抑えながらくの字に曲がった身体を正す。


「なるほどね。かぐや姫の能力で竹を生やして防御、竹槍で相手と一定の間合いを確保しながら攻める。堅実だけど効果的だね」


「あなた程褒められて嬉しくない人はいないわ」


「あ~あ、本当に釣れないな。そこの彼氏君に嫌われるよ」


「かぐや姫!」


 清らかな声の元、主の周りを守護するように現れる竹。それを先日と同じく足でへし折り2本投擲する。


 1本目はかわされるものの、2本目は見事狼に的中。

 苦しげな声を上げながら闇へと解けて消え去る。


「ヒュー、そういう使い方もあるのか。これじゃ組織が手間取るのもうなずいちゃうな」


「そろそろ自分の身の心配をしたらどう」


 初撃を再び銃で受け流される。素早く槍を持ち替えるタイミングで発砲音が鳴り、どこからともなく狼が現れる。


「くっ!」


「さっきの台詞、そのまま返そうか」


「大きなお世話よ!」


 穂先に噛みつかれ、見て分かるぐらいに織姫がよろめく。狼と織姫の縄引きが数秒行われ、織姫が横へと倒れた。


「灯明さんッ!」


 狼が獲物目掛けて飛び掛かる。しかし――。


「かぐや姫、舟囲い!」


 キャイン! 狼の断末魔と共に織姫の周りを囲むように剣山めいた竹槍が生えていた。


 織姫は立ち直ると、折って竹槍を手にした。


「君、いつになったら俺に負けてくれるのかな」


「負けない。望月君の脅威が去るまで、ずっと」



 再び竹槍と牙が交える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る