幸運と思い出
気付くと、賑わいを見せる有名な大型ショッピングモールにいた。
老若男女問わず出入口を頻繁に人が往来する波は、通学時の学生とはまた違う勢いがあった。
ここまで自分を連行してきた高岩は、案内板を睨み付けて何かを悩んでいる。
「ねぇ、望月君」
「は、はいっ!」
「洋服とゲームと食事、どの順番で回る?」
「は、はいっ?」
そこはどれにする、という選択制ではないのか。
と、突っ込む間もなく腕を引っ張られ、「どうせ全部回るしいっか!」と、意見など聞きません、というように高岩は駆け出す。
店内全てが白色で統一されたアパレルショップにて、望月は高岩のファッションショーを観賞する。
半ば強引に。
試着室のカーテンが軽快な音をたてて開かれる。
「どうかな」
オーバーオールから、Tシャツの上にキャミソールを重ね着し、ホットパンツに着替えた高岩。
高岩はポージングを取りながら何かを期待する目でこちらを見つめる。
元々小柄のため、キャミソール等がよく似合う。また、ホットパンツから覗く足は黒いストッキングで隠されつつも健康的で細く、綺麗。
高岩の活発さが押し出されつつ、全体的に幼く見える。
望月はそれを噛み砕くようにうんと唸って感想を捻り出す。
「何か、女の子って感じ」
「ふ~ん。次に着替えるね」
そういってカーテンを閉めて数分後、高岩が新しいコーデを身に纏う。
「どうかな?」
今度はTシャツにGジャンを羽織り、ゆったりとしたスラックスを履いていた。
全体的に地味な印象だが、前髪に留めたヘアピンと、首もとから下がるアクセサリーがその印象を抑えている。
今度はボーイッシュさを醸し出しつつ可愛さを同居させたような格好だった。
望月はそれをまとめようと噛み砕くようにうんと唸り。
「うん、凄く可愛いよ」
「望月君って、コメント、下手だね……」
ジト目で高岩はカーテンを締めた。
勢い良く締めたせいかカーテンが揺れる。それはファッションの分からない奴は帰りなさい、シッシ、と手で払われているようだった。
「なんか……深く傷付いた」
数分後、望月らはアパレルショップを後にし、今度はゲームセンターに訪れていた。
「わあ! あれやろうよ」
高岩が指差すのは、バスケットボールをゴールに入れてスコアを稼ぐゲーム台。
早速と硬貨を投入し、せき止められていたボールが雪崩のように高岩の前に準備される。
その中のボールを適当に1つ取り、シュートの体制を取って打つ。
「やった! 入ったよ!」
ゲーム台もそれを称賛するようにけたたましい音を鳴らす。続く2投目、3投目、次々とボールがゴールリングに吸い込まれるようにして入り、表示されている得点も最高スコアに差し迫っていた。
「凄い!」
「でしょー! こういうの上手いんだよ……ねっ!」
体育系とは思っていたが、柔軟な腰のバネと精密なシュートにはあっと言わされる迫力がある。
「うおっー! あの子凄いな!」
「あのお姉ちゃん、プロかな」
「え?」
気付くと、家族や恋人らしき組み合わせがこちらを凝視していた。
高岩はゲームに夢中なのか、彼女のスーパープレーに惹き付けられた集団に気付いている様子はなかった。
「良し! あとちょっと……って、え?」
制限時間も残り1分となった瞬間、ゴールリングが左右に移動を始めた。
入れられるものなら入れてみろ、と、ネットをゆらゆらと揺らしながら挑戦者を煽る。
「良し、やってやる!」
対抗心に火が付いたのか、彼女の周りがめらめらと幻の蜃気楼を漂わせる。
高岩は左手をボールに添えて右手で打ち出す構えを取る。
左右に動くゴールは移動速度こそ一定だが、リズムが出来上がった人間に対してそれはノイズになる。
高岩は1度ボールを投げる。
ゴールリングに弾かれ虚しくポケットに収まる。
続けて投げるボールも同様に弾かれる。
1度狂ったリズムは中々戻らないようで、今度は外す事ばかりが多くなる。が、後1投というところまでスコアは獲得した。
高岩は手に持ったボールを投げようとして、躊躇する。
残り10秒。
「高岩さん……」
時が刻むにつれ高岩の表情は固くなる。
残り7秒。
「高岩さん! 今だッ!」
「! えいっッ」
最後の1投が放たれた、それはゴールリングを跨ぐが、何かしらの力が働いてネットに入らず円を描く。
残り3秒。
「いけぇー!」
「え?」
望月は声を上げて吠える。それに高岩は反応し首を少しだけ横に曲げる。
どすん、とボールが落ちる音、それに釣られるように望月と高岩はスコアを見た。
『おめでとう! 新スコア達成!』
ゲーム台から電子音のオーケストラが演奏を開始する。
愉快な音色にはパチパチと暖かい人の拍手も混ざっていて、それに数瞬遅れて高岩がぎこちなくお辞儀をしていた。
「高岩さん凄いよ! 新スコア達成おめでとう!」
「うん、ありがとう! えへへ、何か、恥ずかしいね」
称賛と感動の眼差しに頬を染める高岩を見て、望月は感化されたのか、新スコアが叩き出されたばかりの台に向かい、硬貨を投入した。
「え? 望月君?」
「ちょっと俺もやってみる! こういうの苦手だけど、今なら良いところまで行ける気がするよ!」
そうして、望月は最初の1投を放った。
□■□■□
「あはは! まさかあんな風になるなんてね」
「いけると思ったんだけどな、いててっ」
望月と高岩はレストランに入店していた。高岩の前には生クリームにきらびやかな果物が添えられたパフェ、望月の前にはハムとトマトと卵の色彩豊かなホットサンドが乗った皿が置かれていた。
「弾かれたボールが頭に激突するなんて、ふふ、くっくっく、あはははっ! だめ、こらえ切れない」
笑いを止められないのか、口元を両手で隠すも、限界だったのか手をどかして笑う高岩、それに反し、望月は仏頂面で頭のたんこぶを撫でていた。
周りの人も笑っていたけど、人の失敗を笑うのはどうかと思う。
が、それはやっぱり声にならずして思考の波に流されていった。
「ぷふっ。ところで、望月君はそれで足りるの」
「家で食べるし、変にたくさん食べると大変だから」
「そっか。あ、日記頂戴!」
望月は言われるまま鞄から日記を取り出し、それを渡した。
すると、高岩は隅に置いていた鞄からペンと小瓶を取り出した。
「もしかして、ここで書くの?」
「うん。せっかく良い思い出が出来たんだし、今のうちに書かないと」
そうして高岩が書いてる間、ホットサンドを完食した。
その頃になって、高岩も出来た! と日記を満足げに眺め、小瓶の蓋を開けて中身を取り出した。
「あ、それ」
「うん、四つ葉のクローバー。たまたま見つけたんだ」
鞄から両面テープを取り出して貼り付ける。その後、ふふっ、と鼻を鳴らして何かを書き込んでいた。
大体の予想はつく。
「花言葉?」
「うん。はいこれ、家に帰ってからのお楽しみだよ」
そうして、斜めになりつつある生クリームを、あわただしく匙で掬って頬張る高岩の完食を、名残惜しい気持ちで待った。
□■□■□
「さて、読むか」
望月は寝巻きに着替え、交換日記を開く。
そこには良く知っている内容が、修正がいくつか加えられた文章によって楽しそうに描かれていた。
□■□■□
5月△日、晴れ。
今日は部活の体験入部だったけど、あの悪戯書きのせいで中止になりました。気合いいれて体操着で来たのに、ショックです。
けど、今日は望月君と遊べてラッキーだったな、ボール当たったのはドンマイ!
今日のラッキーはきっとこれのおかげだね。
四つ葉のクローバー。
花言葉は「幸運」
楽しかった! 今度も遊ぼうね!
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