それは果たして自分の意志か

「ちょ、それはつまり、そういう……」


 (24時間護衛をするってことは、つまり自分の周りに灯明さんが付かず離れずの距離でいるわけで、つまり女の子と一緒にいるってことだよな)


 望月の頭は思春期の青少年にふさわしい煩悩に満たされ、理性の水槽から煩悩が零れ出しそうな程に挙動不審に陥っていた。


 けれどそれは、織姫の次の言葉で打ち切られる。


「24時間といっても、あなたの生活に支障が出ない範囲よ。それに、いざとなった時に駆け付けるとは限らないし、あなたの本、ピーターパンの能力を最低限使えるようにしなくちゃね」


 あー、そういうことね。


 望月はパンパンに膨れた風船がしぼむように先ほどの興奮をそよ風に流したようだった。


「それと、ジャック、あれを望月君に渡してちょうだい」


 ヘイ、お嬢、と快活の良い返事をすると、ジャックは自分の手から指輪を1つ取ると無造作に望月へと投げた。


「おっと!」


「こら、ジャック。手渡しでしょ」


 ヒホホ、とカボチャ頭は反省する様子を見せなかった。


 最初こそお嬢様と執事のような関係かと思ったが、しばらく様子を見てみると、そのやり取りはどちらかというとしっかり者のお姉さんと悪戯好きな弟(カボチャ頭の)のように見えた。


「えと、これは?」


 なにやら不適な笑みを浮かべたカボチャの指輪を手にした。

 プレゼントととしてはあまり貰いたくないデザインだ。


「それはジャックを呼び出せる指輪よ。暗い所限定だけど、身に付けておくと良いわ」


 言われるがままその指輪を身に付ける。どこか人を小馬鹿にしてるようなカボチャ頭が目に入った。


 できるだけ見ないようにしよう。


「そういえば、ジャックさんも創作者なんですよね? 宙に浮いたり火を撃ったりと使いこなしてるようですけど、コツってあるんですか?」


 いうや否や、場の空気が重くなるのを感じた。


 正しくは織姫の周りだけだが、知りたいかい? とジャックは話す気満々で、それに相反するように空気はより重くなった。


「オレっちは、創作者ストーリーテラーじゃない。むしろお前らの中にある本に近い存在だ」


「本に近い存在? それってどういう意味ですか?」


「それはだな……いててっ! お嬢が怒っちまったから今度な」


 ジャックは織姫からゆらゆらと離れていった。


「とりあえず望月君、ここも長居して良い場所じゃあないから、そろそろ出ましょう」


 こうして、望月達は御伽世界から元の世界へと帰った。



 □■□■□


 元の世界に帰ると、織姫が連絡先の交換を要求した。特に物語ストーリーに気を付けろと、御伽世界の行き方と帰り方まで教えてもらった。


 といっても、御伽世界に間違えて訪れないためにだが。


 念のため、というより彼女が申し出た護衛としての任務を実行し、望月の家まで織姫は付いてきてくれたのだ。


「ありがとう灯明さん、流石に家まではあいつもちょっかい出してこないよね」


「変に安心するのはよした方が良いわ。敵はいつどこから狙ってくるか分からないもの」


 キョロキョロと辺りを見渡す織姫は、まるで縄張りの見張りをする猫の様に用心深く注意していた。


 ちょっと怖いくらいに。


「あの、そんなに気を詰めなくても」


「あいつらは神出鬼没なの、むしろ足りないくらいよ」


 その台詞には、過去、織姫が狼少年と名乗る少年の他に渡り合ってきたことが伺えた。


 一体どのくらいの規模の組織なのか望月には測りようがない。けれど、自分を心配してくれる人間が常に警戒し続けるというのも見ていて心地良いものではない。


 だから、望月はそっと織姫の肩に手を置いた。


「望月君……?」


 ビクッ、と肩を一瞬震わせた織姫は、問いかける様な声音で望月の名を発し、その目を見た。


 望月は照れ臭そうに鼻梁びりょうを右手の人差し指で擦った。


「色々あったけど、灯明さんって俺からしたら命の恩人だから、変に根を詰めてるとかえって不安になっちゃうよ。だからお礼をさせて、コーヒーとかお茶ならすぐに出せるから、ちょっと待ってて」


 望月は玄関を開けるとそのまま台所へと向かった。

 織姫は1人その場で惚けたように直立していたが、望月の「どうぞ、上がって」という言葉に反応しておずおずと玄関をくぐった。


「あれは、まだ彼の意志なのよね」


 紅くなった耳を手櫛で隠す織姫は、どこか神妙な面持ちだった。



 □■□■□


 その日の一部通学路は警察の調査によって一時往来が出来なくなっていた。


 近隣住民からの報告で発砲音のような音がした、という通報が何件か入ったからだ。


 慣れた通学路に警察がいるというだけで何かを感じ取った学生の集団は、やれ殺人だの、やれ強盗だのとあらぬ噂を立てて楽しむ者、そうでない者とに分かれた。



「なるほど、あいつはあそこに通ってるのか」


 少年はフードを深くかぶり直し、視線で今朝あった青年と同じ学生服を着た集団をさかのぼり、ある学校に目を付けた。


 夕焼けで一部の窓ガラスを光らせて、まるで帰っていく学生に手を振るかわりに、てかてかと光りを反射させる校舎をじっと見つめた。


「さて、次は何を仕掛けようか」


「ちょっとそこの君、話しを聞きたいんだが良いかい?」


 隣から声がした。見ると警官の制服を着こんだ中年の男性が立派なお腹を揺らしながら寄ってきた。


「君、ここら辺で発砲音を聞いたという人が何人かいるのだが、心当たりはないかい?」


 あー、それは俺です。といったらこの男はどんな顔をするのか少年は興味があった。

 言ってやろうかと思ったが、それが後々面倒になることを今までの場数で知っていた少年はいいえと答えた。


「そうか、ご協力感謝するよ」


 そういうと、中年の男性は短い足を上げてまた聞き込みに向かった。


 ご苦労な事だな。


 そういって少年は目標の通う学校を背に拠点とする場所へ向かった。


「ねぇ、来週うちら1年生のクラスに転校生が来るんだって、それも2人!」


「え、本当に!?」


少年は耳をそばだて、女の集団から付かず離れずの歩幅で会話を盗み聞いた。


「しかも、そのうち1人は男子!」


「え~! カッコいいと良いな、てかうちのクラスに来い!」



 キャハハハ、という笑い声の中にクツクツという不気味な笑声が混じっていることに誰も気が付かなかった。

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