第41話 聖空さんのお母さん

「これをクリックすればいいの?」

「そうだね、でも番組名を検索したほうが早いかも」


 昼休み、俺たちはゲーム部の部室にお邪魔していた。

 数台のパソコンをつけて向坂が色々検索している。


 今日は聖空さんが応募した番組の放送日だ。

 時間もちょうど昼休みに放送されるので皆で見ることにした。

 放送は日本で見られないし、ネットでも配信していないので、SNSで文字検索するしかない。

 俺たちは海外の習慣的なものが全く分からないので、向坂にやってもらっている。


「アメリカはゲームの大会でもみんなツイートするけど、タグはあんまり付けないんだよね。名前も愛称にするから検索しにくい。なんて名前で応募したの?」

「SEIRA」

「その場合SERAとか、SRとかで書き込まれたりするから難しいけど……あ、この人は毎回番組見ててフォロワーもその関係が多いかな。こういう人を多く見つけると楽かも」

「なるほど」


 俺たちはゲーム部のPCを借りて放送状況を確認する。

 とあるタイミングから『JP』という言葉が書きこまれるようになった。

 どうやら本日の出演者一覧に聖空さんが出たようだ。

 聖空さんは俺の横にモゾモゾくっ付いてきて不安そうに言う。


「……なんか緊張してきちゃった」

「大丈夫。完璧だったよ」


 俺は優しく頭を撫でた。

 向坂は色々な海外のSNSをチェックしてくれている。

 なんというか、今の最前線のゲーマーはみんなアメリカ行くからと言ってたけど、ここまで出来るのか。

 

「あ、勝手に流してる人発見。こっちこっち」

 向坂に呼ばれて画面を見ると、今放送している番組をスマホでネットに流している人を発見した。

「どうやら家族が出演するみたいだね」

 向坂はタタタッと英文を書き込んだ。

「えっと、こちら日本。こっちにもその番組の出演者がいるから、そのまま流してくれないか?……と。まあ違法だけど許してくれ」

 書き込むと『OKOK!』と流れてきた。

 俺たちは「おお~~」と歓声をあげてそのPCの前に着席した。


 番組は中盤に、放送を流してくれている人の家族が出演した。

 そのマジックは映像テクニックを駆使したもので、人の錯覚を利用していて面白かった。

 出演が終わると、スマホの画面に外人さんが映り込んできて「どうだった?」と聞いている。

 俺たちは向坂に聞いて「I enjoyed that!」(楽しかった!)と書き込んだ。

 すると入れ替わりカメラの前で人が跳ねた。陽気すぎる。


 その数人後に、白くて美しい手が画面に映った。

 聖空さんだ。


 陽気なアメリカ人がまたもスマホ画面に映りこんで『これが君かい?』と言っている。

 いやそうだから、画面を見せてくれ。俺は思ったけど、みんなが周りをぴょんぴょん飛んでいるのが面白くて笑ってしまう。

 

「出来るか分からないけど、通訳するぞ」

 向坂は音を上げた。俺は聖空さんの近くに座るように促した。

「えっと……大変面白いチャレンジャーが現れました。この番組でお馴染みのEdelweiss voice schoolと同じ声だし? を歌う女性が現れたのです」

 そういって画面にマイク前で歌う聖空さんの後ろ姿が流れた。

「そして……あはは、めっちゃ美しいだってさ。歌声はまるで天使。おおー、褒めてるね。小さいですが小学生ではありません、高校生です、だって。これは日本弄りの常套句な」

 司会者が一歩引くと、聖空さんが応募した映像と音楽が流れ始めた。


「!!」


 聖空さんが俺の横でクッ……と力を入れる。

 何度も歌いなおした曲……大丈夫、やっぱり何の問題もなく素晴らしいと思う。

 画面の下には審査員たちの顔が小さく見えるが、みんな聞きほれているように見えた。

 伸びやかに広がる声は、ネットで聞いても健在だ。

 やっぱりすごいと思う。

 ひらひらと舞う聖空さんの小さな手と、広がって空間を支配する声。

 ふわりと着地して、歌は終わった。

 会場はシン……としていたが、一気に割れんばかりの拍手に包まれた。

 横で聖空さんは大きく息を吐いて安堵の息を吐いた。

 本当に放送された……!


 向坂は通訳を続ける。

「日本で……歌手をしているそうです。えっと……聖なる力? 癒されますね……だって。おお~~得点もいいじゃん」


 テレビ画面を映してくれていた家族が、今度はスマホの画面に出てきて皆拍手してくれている。

 なんというか、今審査員たちがコメントを言ってるように見えるけど、この家族たちしか見えない。


「あ~~、審査員のコメントはわかんね。いやでも高評価だね」


 そう言って向坂は『見せてくれてありがとう。とっても助かったよ』と言いながら書き込んだ。

 すると家族の一人……年配の女性がスマホの前にたち、何かを言っている。

 向坂は通訳を始めた。


「えっと……ものすごく美しい声で、癒された。もっと聞きたいけど、方法はあるのか? ……だってさ」

 聖空さんは俺のシャツの袖をクッ……と握って顔を上げた。

「YouTubeに歌をUPします。また聞いてくれると、嬉しいです」

 向坂がそう書き込むと、おばあちゃんは場所が出来たら教えてね、と言ってくれた。

 そして家族は入れ替わり立ち代わりジャンプして、向坂と連絡先を交換して別れた。


 聖空さんは「ふう……」と力なく椅子に座りこんだ。

 俺は向坂にお礼を言った。ていうかマジですげぇ。向坂は

「日本でゲームしてても1円にもならないけど、海外行くと1億だからな。今じゃ当たりまえなんだよ。海外の配信みないと勝てないし」

「あの」

 聖空さんは立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございました。本当に助かりました」

「いやあ、役に立ててよかった。うちの和泉をよろしくお願いしますね、あはは」

 そう言って向坂は笑った。

 その言葉、二回目のような気がするけど持つべきものは友すぎる。



 メールが来たのはその数時間後だった。

 帰ろうとしたら向坂が

「番組からメールきてる。連絡取りたい人がいるって。日本人らしいから通訳要らないと思う。永野さんメールアドレス教えてくれ」

「!!」

 俺たちは顔を合わせた。

 聖空さんのお母さんだ……すぐにメールを送った。

 すると数時間後には日本語のメールが届いた。

『聖空なの?! 信じられない』

『お母さん……』

 聖空さんはメールをみて泣き崩れた。





 アメリカはもう朝に近い深夜だったけど、どうしても話したいと言ってくれたので、向坂に教えてもらった顔が映り通話ができるアプリを使うことにした。

 そのアプリはアメリカでは当たり前で、みんなスマホに入れていると教えてくれた。

 自宅でアプリを立ち上げて、メール書かれていたURLをクリックしたら、すぐに繋がった。

 二人っきりのほうが良いと思って帰ろうと思ったけど、聖空さんが居てくれというので台所の隅っこにいることにした。

 聖空さんは緊張気味だったが、画面にお母さんが映ると興奮して叫んだ。


「私に似てる……!」

『聖空、本当に聖空なの?! ああ、顔が見られないけど、聖空なのね……?』

『ああ、間違いない。君の娘だ。すごく美人さんだからすぐに分かった。はじめまして、聖空。俺は早紀さんのパートナー、フィリックだよ』


 通話の向こうにはお母さんとアメリカの旦那さんがいるようだ。

 日本語が話せるようで、お母さんと聖空さんを繋いでくれている。


「はじめまして、永野聖空です。偶然……彼氏があの番組と歌を見つけてくれて……応募したんです……」

 聖空さんは必死に泣かないように話しているが、もう涙がボロボロと流れている。

『早紀さん、娘さんの泣き方、君にそっくりだよ。目を開けたままボロボロ泣いてる』

『聖空……! 私病気で目が見えなくなっちゃったの。だから顔が見られないけど……そこに居るのね……』

「お母さん……」


 カメラの向こうでもお母さんが泣きはじめたのが分かる。

 なるほど、泣き上戸なのはお母さん譲りなのか。

 聖空さんは涙を拭きながら話す。


「あの曲、私ずっと覚えてた。あの曲だけは覚えてたのよ。だからずっと歌ってたの」

『あれは私が聖空に教えた唯一の事よ。嬉しい、まだ覚えててくれたのね。歌手をしてたのね! さっき検索したの』

「みんなの前で歌う歌手はもうやめたの。でも……YouTubeを始めることにしたから、また聞いてね」

『嬉しい……! 何度も転居して連絡取れなくなって……ごめんね、ごめんね……お父さんは元気?』

「お父さんは再婚して、たまに連絡取ってるわ。生活費は貰ってるから大丈夫。ただ……お母さんがどんな人なのか知りたかったの、私」

『お父さんと離婚したのは、私にどうしても好きな人が出来てしまったからよ、私のワガママ。それをお父さんは受け止めてくれた』

「円満離婚だって聞いてる」

『円満かしらね……私のワガママよ。歌手として舞台に立つ夢が諦めきれなかったの。結局作曲家になって、たくさんの人たちが私の代わりに歌っているわ。まさか聖空にも歌ってもらえるなんて思ってなかったけど……ありがとう……』

「ちゃんと覚えてたよ、お母さん」

『聖空……元気で良かった……』

「お母さん……身体に気を付けて……」


 二人は一時間以上、お互いのことを話し続けた。

 連絡先と、また歌うことを約束して、聖空さんは回線を落とした。


「おつかれさま」

 俺はハーブティーを持って聖空さんの横に座った。

 聖空さんは一口飲んで「ほう……」と今までになく蕩けた表情で俺の膝の上に入ってきた。

「……ありがとう。瑛介くんがあの曲を見つけなかったら、ずっと連絡取れなかったし、歌も……きっと歌わなかった。そんな決断出来なかったよ」

「聖空さんの歌がすごいから分かっただけだよ」

「私、チャンネル作る。アメリカのお婆ちゃんがね、すっごく目をキラキラさせて褒めてくれたのが、嬉しかったの。私、大丈夫かも知れない」

「そうだね、歌をUPするだけなら追い回られたりしないんじゃないか?」

「アニメキャラにでもして貰おうかしら」

「そりゃいいアイデアだ」


 俺がいうと聖空さんは身体をクルリと回転させて俺の方をみた。

 そして手を伸ばしてきて頬に触れた。

 小さくて柔らかくて……細い指。 

 その指先が俺の耳を、首を、鎖骨を撫でる。

 くすぐったくて俺はその手を握った。

 すると聖空さんがポスン……と俺の胸に倒れ込んできた。


「……今日から、ちゃんと一人で寝るね。もう、大丈夫。私、もう大丈夫だと思うの」

「そっか。寝顔が見られなくなるのは残念だけど……聖空さんがそういうなら、俺はうれしい」


 初めてちゃんと玄関で手を振って別れた。

 

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