第38話 クラゲと君と

 遠足当日。

 朝まで雨が残っていたが、出発時間にはなんとかやんだ。


 聖空さんは一週間くらい前からものすごくウキウキしていた。

 バイトの休憩時間に一階に降りてきては「これ焼いたら美味しくないかな?!」と見せてくる。

 水族館を見学したあと、お昼に浜辺でバーベキューをするのだが、その時に色々焼きたいらしい。

 火をおこすなら缶詰置いても美味しくない? と俺たちは数個購入してカバンに入れてきた。


「あー、日焼け止め塗ってくる時間無かった。ま、曇りだから平気かなー」

 乗り込んだバスの中で真由美がボヤく。

 通路挟んで隣にいる聖空さんが、カバンからゴソゴソと日焼け止めを出して真由美に渡した。

「五月の曇りって紫外線すごいのよ。これ使って。すっごく良いから」

「え、何これ、全然知らないブランド。借りて良いの?」

 真由美がべちゃぁ……と顔に塗り始めたのを見て、聖空さんは通路ごしに手を伸ばして真由美に塗ってあげていた。

 それを見て他の女の子たちが

「え、それどこの? いいの?」

 と椅子ごしに見ている。聖空さんは

「安くないけど、朝と夕方に塗るだけで全然崩れないの」

 と説明した。バスの中はさながらメイク教室。最近はいつもこの流れだ。

 俺は聖空さんの隣に座って、一緒にたべるお菓子まで準備してたのに追い出された。

 辛みが深い。でも……聖空さんがみんなと楽しそうに話してるのを見るのは、本当に好きなんだ。





「瑛介どう?」

「おお……全然ちがう。マジで違う。カワイイです、はい」

 

 サービスエリアで休憩していると、聖空さんが仕上がった真由美を連れてきた。

 真由美は普通の部活少女から可愛い部活少女くらいにランクアップしてた。

 

「真由美さんは肌がしっとりしてるから、メイクが乗りやすかった。オレンジ系のパウダー使うだけで顔色良くなると思う」

「ええー、ちょっと聖空、私テンションぶち上がりなんだけど~~」

 

 真由美の仕上がりに、クラスの女子たちも「ええー、いいなあ~~」と目を輝かせている。

 今度は横に座っていた飯田さんが聖空さんに近づいて顔を見せる。


「永野さん、私はどういうのが似合うかな?」

「飯田さんは眉毛を細くしすぎてるから、もっとあっても良いと思う。前髪とバランスがあるのよ」

「え? やりすぎ? なんか限界が分からなくて気が付いたら極細に」

「顔のバランスに対して……これくらいはあっていいのよ」


 聖空さんは持っていた旅のしおりに顔の絵を書いて眉毛を書くが……忘れていたが聖空さんの絵は下手である。


「……麻呂?」

 真由美が眉をひそめる。

「その前に人間……? なにこれ……?」

 飯田さんの顔にもハテナマークが浮かんでいる。

「人よ、顔の絵。え? 書けてるでしょ?」

 と聖空さんはもう一度書き直したが真由美も飯田さんも静かに首を振っている。周りの生徒たちも生暖かい目で見ている。

 聖空さんは「むー」と不満げに口を膨らませて、もう一度書き始めたが……まあ、変わらない。

 絵に関しては……うん……諦めたほうがいいと思うんだ?


 聖空さんは「勉強もしないで、みんな同じようなメイクするの間違ってると思う」とよく言っている。

 皮脂が多いならこういうルート、顔のコンプレックスを隠したいなら……って、色々あるの! と目を輝かせていた。

 確かに女子は一つ流行ると、みんな同じ顔になる気がする。

 今日も8割の女子の口紅は真っ赤で、正直同じ顔に見える……まあ怒られるから言わないけど。


「飯田さんには赤系の口紅よりピンク系のがいいわよ」

「えー? つけてみたことないー!」


 クラスで地味枠だと思われる飯田さんもメイクをすると、すごく可愛くなっていく。

 それを見て聖空さんは満足げにほほ笑んだ。

「キレイはパワー」本当にその通りなのだと思う。





 水族館に到着すると、もう海の匂いがして少しテンションが上がる。

 班行動で水族館の中を移動して行く。

 俺たちはまっすぐにこの水族館で一番力を入れているというクラゲのトンネルに向かった。


「天井も、足元も、全部クラゲよ」


 聖空さんは目を輝かせた。

 真っ暗な室内に巨大なトンネル……そこを跨ぐようにたくさんのクラゲたちがふわふわと泳いでいる。

 まさにクラゲのトンネル。真ん中に立っていると自分がクラゲになった気持ちになる。

「桐谷さん、クラゲが光った時に写メってください」

「難しくないそれ?」

 平間と真由美は少し離れた所にあるライトアップされたクラゲを上手に写メろうと水槽の前で大騒ぎしている。

 

「天使の羽みたいね」

 

 トンネルの真ん中で聖空さんはつぶやいた。

 室内は暗く、真っ白なクラゲだけがフワフワと漂っている。

 頭上をスウ……と舞うように移動していくクラゲを、俺と聖空さんはボンヤリみていた。

 聖空さんは、水族館や学校の人たちに迷惑をかけたくない……ということで、今日は完全に変装をしている。

 うちの学校は女生徒にスラックスの着用が認められていて、今日はそっちを着ている。

 だから一見すらりとした男の人に見える。

 顔はいつもしている赤いメガネとマスク。髪の毛も縛って帽子に入れていて、正直顔は全く見えない。

 でも目がキラキラと輝いているのは分かる。

 水族館が好きなんだな。今度もっと空いている時に、変装なしでゆっくり見られたら良いと思った。 

「今度は福島の水族館も行ってみたいんだ」

「あ、三角の穴が開いている所でしょ? 私も行ってみたい。そうね、今度行きましょう」

 聖空さんと未来の約束をするのは少し嬉しい。

 ずっとこうして横にいたいと素直に思う。





「……あれ? あれ平間くんじゃない?」

「あーー、平間くんだ。応援してます、わー、写真とらせてー!」


 通路を四人で歩いていたら、平間が他校の生徒に声をかけられた。

 平間はまったく変装してなかったし、最近鼻から牛乳動画で有名になってきたのもあるだろう。

 

「あー、ごめんね。制服着てる所の写真はNGなんだ」

 平間は丁寧に謝った。

 私服は良いけど制服の写真がNGなのは当たり前だと思う。

 ええー、そうなの? 固くないー? と女の子たちは平間を取り囲む。

「ネットにアップしないから~。撮るだけ~」

 女の子たちは平間に食い下がる。

 平間もそこまで言われたら断りにくそうで、困っている。

 俺は、目の前の女の子のスマホ画面が録画になっていることに気が付いた。

 というか……これは現在進行形で勝手にインスタライブに流しているようだ。


「勝手にライブに流すのはダメだ。今すぐ止めて」


 俺は後ろからその女の子に声をかけた。

 突然声をかけられて、女の子は驚いて俺の方を見る。

 今までだったら見て見ぬふりをしたかもしれない。

 でも聖空さんは、いつもネットに勝手にあげられる写真に傷ついていた。

 それに盗撮事件もあったし、無視できなかった。

 俺は続ける。


「制服の動画とかUPされたら、平間の生活が晒されて大変なんだ。プライベートと活動は分けて理解してやってくれ。それで苦しむ人もいる」


 女の子たちは「クソ真面目かよ」と俺をバカにして笑いながらその場から逃げていった。

 良かった……と思ったその瞬間、真由美が俺の横を走り抜けていって、女の子たちの背中を掴む。


「動画消してないでしょ? ここから離れたあとにUPするでしょ? 目の前で消して」

「ウザ」

「あと瑛介は真面目な所がイケてるの。クソじゃないの。貴女みたいな女がクソなの」

「しらねーよ!!」


 女の子たちは叫びながら渋々要求に従っていた。

 真由美は戻ってきて、さっき買っていたクラゲが山盛り乗っている変な帽子を平間にガッとかぶせた。

「撮られてダメなら隠しなさい、バカね!!」

 平間は俺と真由美に向かって

「……ごめん」

 と頭をさげた。同時にクラゲがモソモソと動いて光った。

 なんだその変な帽子は。俺たちは笑った。 



 歩き始めた横、聖空さんがスッ……と近づいてきた。

 俺は謝る。

「ごめんな、俺が前に出たら聖空さんが見つかっちゃうかも……と思ったけど、我慢できなかった」

 聖空さんは俺の制服をキュッ……と握って小さな声で言った。

「……昔私も、断れなくて、つらかった。いつも耐えて撮られるしかないって思ってた。でも……その時の自分を助けてもらったみたいで嬉しかった。ありがとう」

 その時から横にいたら、守れたのに。

 俺は小さく思った。

「瑛介カッコ良かった~~~」

 真由美が俺の腕にしがみついて来ようとするのを、聖空さんが普通にブロックしてにっこり微笑んだ。


「あら、居たの?」

「居たのじゃねーし! 10年前から居たし! 新参者め!!」

 

 二人は結局競歩のような速度で歩いてペンギン館に消えて行った。

 俺は横でションボリしている平間の背中を軽く叩いた。

 するとやっぱり帽子のクラゲがピカピカ光った。

 逆に目立つんじゃね? この帽子……。

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