第12話 過去の欠片と未来

 太陽が真上にきて、暑くなってきた午後。

 高城先輩はうな垂れたまま話し始めた。


「俺、筋肉が付きにくいから、駅前のカルチャーセンターで体操始めたんだよ」

「あのソロバンからお絵かきまである巨大スクール」


 真由美は買ってきたお菓子をモグモグ食べながら頷いた。

 俺もそこは知っていた。


 地下一階から地上6階まで全て習い事と大人用のカルチャーセンターが入っている巨大施設だ。

 兄貴の子どもが学童がわりに使っているので、迎えに行ったこともある。

 学校にスクールバスが来て、水泳や習い事をさせて、宿題の面倒まで見てくれるのだ。

 月額それなりの値段がするが、親の送り迎えが不要で、一つの建物で全て完結するので評判良い。


「そこの先生なんだよ、成美なるみさんは。ずっと好きだったのに、いつの間にか親父も通い出して、今日さっき『結婚する』とか言われて……あかん……俺ダメだ……さようなら……」

 

 冷静沈着が売りの高城先輩は見る影もない。

 ベンチに横たわり魂が抜けたようだ。

 真由美はさっき反省したことを一秒で忘れて「え? 好きって思ったキッカケは? だってお父さんと結婚するってことは結構年上なんでしょ? どこがいいって思ったの? 何かキッカケ? どっちから声かけたの? せんぱぁぁぁい~~~聞かせてくださいよおお~~~」と抜け殻を揺さぶっている。

 やめろ、それ以上やると高城先輩の魂が完全に抜ける。


「あの……!」


 ずっと黙っていた永野さんが高城先輩に話しかけた。


「成美さんの苗字は……」

「遠藤だよ、遠藤成美」

「……やっぱり」


 永野さんが顔を上げたのと、堤防の上から女の人が降りてきたのは同時だった。

 女の人は身長が高くショートカットの美人さんで、まっすぐに永野さんに向かって歩いてきた。

 歩きながらお互いに確信を得たのか「お久しぶりです」と言い合いながら近づいて行った。

 そして二人で俺たちのほうにきた。


「初めまして。勇樹くんのお父さんと再婚する遠藤成美えんどうなるみと申します」

「はじめまして」


 俺たちが挨拶する横で高城勇樹先輩が再び倒れそうになっているのは同時だった。

 高城先輩生きて……。


「永野さんは昔の教え子なの。私、ジュニアアイドルの体操のコーチもしてるのよ」

「お久しぶりです」


 永野さんは丁寧に頭をさげた。

 仕事用の対応している永野さんは少し大人で見ていてドキドキしてしまう。

 遠藤さんは永野さんに向かって話しかける。


「突然辞めたって聞いて驚いたわ。でもおつかれさま、大変だったでしょう、センター」

「いえ……」

 永野さんは静かに首を振る。

瑠香るかは元気?」

「もう辞めたので会ってないです」

「そうなの? でも二人の教え子がセンターになってくれて嬉しい」

「ありがとうございます」


 永野さんは学校と同じような冷静な表情でお礼を言った。

 遠藤さんは永野さんの顔を覗き込みながら


「瑠香も一時期荒れてたけど、立ち直ったし、聖空も無理せずね」

 そう言われても永野さんはほんの数センチ頷くだけで、固く表情を崩さない。

 遠藤さんは

「私はいつでも駅前にいるから……あ、勇樹くんのお家にもいるから、連絡してね」

 と言い堤防の上で待っている高城先輩のお父さんの所に戻って行った。


 俺たち四人はその姿を見送った。

 そして大の字になって転がり「家に帰りたくない……」とぐずる高城先輩をなぐさめた。

 永野さんは遠藤さんに会ってから、心ここにあらずで、表情が完全に固まっていたのが俺は気になった。






「次元をはるかにこえてヤバイ……マジで試合に出られない……」

 

 中休み。

 真由美は期末前予備テストの点数が酷すぎたようで、机に突っ伏して倒れこんでいる。

 俺も前は酷かったけど、永野さんと勉強するようになって各段に良くなった。

 というか正直今までで一番よい点数だ。

 トイレに行こうとした俺の服を真由美がグアッと掴んだ。

 そしてゾンビがはい出てくるように机から顔を上げる。


「……瑛介さぁん……最近調子いいじゃないですかぁぁぁ良い先生がおつきですねえ~~~~」


 真由美の目が光っている。

 俺は無言で目を閉じる。そうです、すべて永野さんに教えてもらってるおかげです。

 あれ……でもちょっとまてよ。俺は真由美の前に小さく座って小声で言う。


「(ていうか、真由美も永野さんに習えばいいじゃないか)」

「(うちの鉄の掟知ってるでしょ?! 夜8時は揃って夜ご飯!!)」

「(いや、違うよ、真由美と永野さんは普通に女子同士で何の問題もないだろ)」

「……なるほど!」


 真由美は赤点だらけのテストを抱えて教室を出て行く。

 俺も気になってこっそり後ろをついていき、廊下で見る。

 永野さんは教室のほぼ真ん中あたりの席で、静かに本を読んでいた。

 見かけるといつもそうだ。誰とも話さず一人でぼんやりしている。


「永野さん!」

 真由美が声をあげて入っていくとクラス中が二人のことを見た。

 真由美はマラソン大会以来『唯一永野さんと戦える(?)女子』として認識されている。

 永野さんは本をパタンと閉じて顔を上げた。

 真由美は永野さんの机の上にザラァァァとテストを並べて叫んだ。

「期末まで一週間、昼休み勉強教えてくださいっ!! 補習になると大事な試合に出られないのおおお~~~~」

 遠巻きにみていたクラスメイトは真由美の点数を見て「ああ……」「もうこれは……」と目をそらした。

 永野さんは

「いいですよ」

 と静かに答えた。

 永野さんが教えてくれるの……? 学年一位の……? とクラス中がザワついた。

 それを打ち消すように廊下から平間が駆け込んできて


「先輩、俺もよろしくお願いしますっ!!!」


 と机にテストを並べた。正直真由美と同等ランクのダメっぷりだ。

「夏のイベント出られなくなっちゃうよお~~~、先輩ぁぃ~~~」

 なぜか平間も追加されて、昼休みの勉強タイムが始まった。




 お昼ご飯を食べたあと、四人で図書館に集まった。

 永野さんは弱点を見つけて、丁寧に教えてくれる。


「これは公式の使う場所を間違えてるわ」

「なるほど」

 

 どうせなら……と俺も参加させてもらうことにした

 高みの見物できるほど点数はよくない。


「桐谷さん……このノートは一体……」

「あー、白い? 白めの仕上がり? オールホワイト? みたいな?」

「授業中なにをしてたらこんなノートが出来上がるんですか……?」

「どうやったら先生にバレずに眠れるか戦ってる」


 そう言ってキュピンとウインクしたが、永野さんは完全にドン引きしている。

 真由美はバスケの推薦で入っているので、俺を超える残念ぶりであるのは間違いない。

 横の平間はノートにポエムばかり書いてあって永野さんを絶句させた。


「わかりました。もう期末のためだけに、絶対覚える所だけを最短距離でいきましょう」

「オネシャス!!!!」


 結局二人は期末まで一週間、永野さんに教えてもらう事になった。

 真由美は高学年に混ざって試合に出ることが決まっているらしく、めずらしく真剣に勉強していた。

 たくさんの人たちが先生をしている永野さんを見に来ていたが、そのたびに平間が廊下に飛び出してエアギターかまして追い払っていた。

 平間はどうみても勉強よりエアギターの腕前が上がってきている気がするが……もう俺は知らない。


 そして期末試験を迎えた。

 二人はなんとか赤点から逃げきり、真由美は大会への出場権を、平間はイベントに出る権利を得た。

 俺は過去最高得点を取ってしまい、母さんは喜びでむせび泣いた。

 リトルの頃からずっと応援してくれてたから、甲子園に立つ姿で恩を返したいと思った。

 でもそれ以外でも喜んでもらえて良かった。

 


 テストが終ると夏休みだ。

 俺は永野さんと真由美と平間に声をかけた。


「四人でアイス食べに行かないか。駅ビルの屋上。母さんから臨時のお小遣いが出たから奢るよ」

 気を良くした母さんがバイト料に上乗せしてくれた。

「5個頂きましょう」

 真由美は終わったテストをカバンにねじ込みながら言った。

「ならば俺は10個頂きましょう」

 平間はスマホをポケットに入れてニヤリと笑った。

 永野さんはフワリと顔をあげて、少し嬉しそうに

「……行きたいです」

 と言った。

 その表情は、眉毛が完全に緩んでいて、嬉しさを抑えきれない様子だった。


「てか、先輩アイスとか食べるんスね」

「……当たり前じゃない」

「永野さん、わりと甘いもの好きだよねー」

「そうなんです」


 ずっとひとりだった永野さんが同じ学年の奴らに囲まれて歩いている。

 それだけで俺は嬉しかった。




 昇降口で靴を取り出していたら、永野さんが俺の横にきた。

 そして制服の腕の部分を少しクイと引っ張り、耳に顔を近づけて


「……ありがとう、和泉くん」


 と小さな声で言った。

 驚いて横を見ると、永野さんは真っ黒な瞳をふわりと潤ませていた。

 

「っ……」


 可愛くて持っていた革靴を足の上に落とした。

 不意打ちだし、ズルすぎる。

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