第32話 新年を一緒に

 クリスマスが終わると一気に年末年始商戦になる。

 俺はこの速度が嫌いじゃない。クリスマスの商品を売り切り、ワインよりお酒のほうが出るようになるので商品も切り替える。

 上の喫茶店も忙しくなるので、両方顔を出しながらバイトした。

 厨房を覗くと、聖空さんがエプロンの上にパーカーを着ていてくれて、すごく嬉しい。

 兄貴には何をプレゼントするより素直に感謝の言葉を述べるのが一番良いと経験で知っているので

「シチューの作り方、丁寧にありがとう」

 と伝えた。兄貴は

「いいだろ、あのレシピの書き方。もう間違いようがない」

 とドヤっていた。本当にそう思う。実際永野さんは兄貴の横で毎日料理を勉強してるけど、メモの取り方も変わったようだ。

 切り方、時間、火加減、丁寧にメモしていた。

 楽しそうで、見ている俺も嬉しい。


 食品を扱う店は年末が書き入れ時なので、12月31日までがっつりバイトに入った。

 母さんは海外に行っていたけど、新年の1月1日から3日までは帰ってくる。

 父さんは単身赴任先で自分の両親を介護しているので、帰ってこない。

 結婚前からの取り決めだったらしく、俺はよく知らないけど母さんと父さんは会うとめっちゃラブラブでこっちが照れるくらいなので、そういう夫婦なのだろう。

 母さんはよく言う。

「人生60年結婚して一緒にいるとして、たった20年離れてもあと40年あるからね」と。

 なんかいいなあと思うのだ。



「今年もおつかれさまでしたぁ~~。はい、もう何もしない、うおおお……」


 12月31日の夜、母さんは大量の荷物を全部転がてソファーに転がった。

 そして台所にチョコンと立っている聖空さんに声をかけた。


「あ~~~聖空ちゃん、体調はどう? ごめんね、無理に呼びつけて」


 帰ってくる前から、用事がないなら年末年始うちに来ればいいのよ~、掃除手伝って(はーと)と言っていた。

 うちは正月しか長期の休みがないから、正月に大掃除をする。

 さすがに自宅の大掃除を手伝わせるのは……と俺は思ったけど、どう考えても母さんなりの気遣いだと思う。

 だって週に一度ダスキンに頼んで部屋の清掃をお願いしてるから、それほど悲惨なことにはなってないのだ。

 お正月、聖空さんを一人にしないため、そう言ったんだと思う。

 母さんはそういう人だ。

 聖空さんはトトトと母さんの横に言って口を開いた。


「いえ、本当に毎年何の用事もないので、うれしいです」

「大丈夫? 瑛介が迫ってきてない? グーパンしていいわよ、グーパン」

「おい!」

 俺が叫ぶと、聖空さんは母さんの耳元の顔を寄せて俺に聞こえないようにモゾモゾ話す。

 なんなんだよ!

 母さんはそれを聞いてブハッと笑い

「あーはははは!! ダメだこりゃ、了解」

 とワインを抱えて部屋に消えて行った。母さんは基本的に寝正月なので、部屋で飲んでダラダラして出てこない。

 普段仕事しすぎなのだと思う。



「……お姉ちゃん、いる?」

「いるよーー」


 一階から遊馬くんと兄貴が来た。遊馬くんは何度か上に遊びにきていて、最近聖空さんに少しずつ近づいている。

 遊馬くんがスマホゲームを教えたり、聖空さんとオセロしたりして遊んでいる。

 慣れない空間だし、子どもがいたほうが気楽そうに見える。

 兄貴は店の残り物をどんどん運び、近くの店で買ってきたお寿司も置いた。

 年末はいつもこんな感じだ。もう兄貴は飲み始めてて、たぶん1時間で寝る。

 兄嫁さんも適当に食べていたが「そういえば!!」と一階に戻り、何やら大量の荷物を持ってきた。


「今店でね、簡易に着付けできる着物作ってるの。浴衣と着物の中間みたいな感じで、もっと自由に着てほしくて」


 そう言いながら兄嫁さんは着物を広げた。

 色鮮やかなんだけど、どこかシンプルで美しい着物の数々。

 聖空さんは目を輝かせた。


「日本画みたいで、すてきです」

「柄をオーダーしてるの」

「そんなこと出来るんですか」

「聖空ちゃんに着せていい? メイクしていい? オモチャにしていい?」

「おーーーい」


 俺は食事しながら言ったけど、兄嫁さんと聖空さんはむしろめっちゃ楽しそうだ。 

 これエチベの新作じゃないですか! ちょっとまって、何着るか決めてからにしよ! テーマ、まずはテーマよ! と二人はキャーキャー遊び始めた。

 もう俺の出る幕じゃない……と台所に戻ったら、兄貴が目を細めてみていた。


「永野さん、めっちゃ元気になったな。どうなの、まだ辛そう?」

「俺が部屋でる時には、いつもウトウトしてるし、寝れるようになったみたいだけど……分からないな」

「なんか、ひとりの女の子が元気になってくのを見るのは良いな」

「兄貴さまさまだよ。料理も楽しいみたい」

「いやー、卒業したら調理師免許取って手伝ってくれないかな。めっちゃ才能あるよ」

「夢か……まだ聞くのはつらそうだ」

「瑛介は先生ルート? 体育大学?」

「一応教育学部目指す」

「お~~、がんばれよ~~」

 俺たちはキャッキャッと楽しそうな兄嫁さんと聖空さんを見ながら食事をして、遊馬くんとジェンガした。

 


 風呂に入って出てきたら

「ジャジャジャジャーン」

 と兄嫁さんが客間から出てきた。

 そして後ろから、着物を着て何だか頭に色々乗せまくった聖空さんが出てきた。

 なんだなんか、すげぇ。それにメイクもたっぷりしてあって……ていうか、白すぎる。もう日本人形みたいだ。

「……どう?」

 そう話す聖空さんの口元は、ほんの少しだけ真っ赤に塗ってあって……

「変」

 俺は普通に言った。

 だって、変だろ。

「ぎゃーはははっ!!!!」

 完全に酔っぱらっている兄貴はリビングで笑い転がった。

 目の前で聖空さんはム~~~と口を膨らませて

「英子さん、男にはこの美しさが分からないんです」

「そうよね、聖空ちゃん、もういっちょ頑張りましょう!! ささ、次は花魁風よ」

「その前に今の状態シャメりたいです」

「ほら、瑛介撮って!!!!」

「はい……」

 俺は風呂上りで髪の毛が濡れた状態でスマホを渡されて撮影した。

 二人はすぐに客間に消えて行き、深夜まで声が響いていたので、俺は寝た。

 ちなみに兄貴も遊馬くんもリビングに布団を敷いて爆睡していた。

 




「あけましておめでとうございまーす」

 飲んだわりに兄貴は元気に、おせちとお雑煮を出してくれた。

 新年の挨拶をして食卓についたら、客間から聖空さんが出てきた。


 その姿は昨日とは全く違う上品な紫色の着物で、俺にはよく分からないがきれいな花が咲き乱れている。

 帯は静かな黄色で、聖空さんの華やかさによく合っている。

 髪の毛は、見事にアップにされていて長い首筋がきれいだ。

 そして金色の簪がキラリと揺れた。

 メイクは昨日とは全然違う……控えめだけど、大人っぽくて……完全に見惚れた。

 聖空さんは長い首を少し動かして、俺にほほ笑んだ。


「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう……」


 俺は思わず席を立った。圧倒されながら挨拶して、席を勧める。

 横に座ると陶器のような肌がキラキラと輝いていた。

 聖空さんは俺のほうをチラリとみて


「……今日はどう?」

 と聞いた。俺は何度も頷いて

「……すごくきれいです」

 と答えた。すると客間で見てた兄嫁さんは「うえええい!!」とガッツポーズした。

 朝ごはんを頂いてから、兄嫁さんと兄貴は寝るというので、俺と聖空さんと遊馬くんで近所の小さな神社にお参りに行くことにした。


 着物を着た聖空さんがゆっくりと俺に手を出してきた。

 俺はその小さな手を優しく包む。

 爪先がピンク色にキラキラと塗られていて、可愛い。

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