第31話 二人っきりのクリスマス②

 片づけ終わり、ハーブティーを入れて少し落ち着いた。

 部屋を改めてみると、少し物も増えてきて、小さなお化粧品コーナーも出来ていた。

 それに数冊のレシピ本……鏡になにか貼ってある。

 なんだろう、と見てみたら、俺と一緒に野球を見に行った時のチケットだった。


「……取ってあるんだ」

「半券とか記憶の分身みたいで捨てられないの。自分が出たライブのチケットとかも全部あるのよ。見るだけで気持ちを思い出すから」

「すごいな。俺なんて会場に着くまでにチケット紛失したりするのに」

「もう。今度行くときは私が持つね。チケットホルダーも好きなのよ。ほら!」


 そう言ってクリアファイルが三分の一になっているような入れ物を見せてくれた。

 ?? 普通にクリアファイルに入れれば良いのでは……? もしくは財布……。

 まあ頻繁に大切な券を紛失する俺に何も言われたくないだろうと黙った。

 それでも今日はちゃんと準備するのを忘れなかった。

 というか、この一週間、そればかりを考えていたと言っても過言ではない。

 俺は持ってきたカバンから、ラッピングされた袋を出した。


「これ……クリスマスプレゼント。すっごく悩んで……これくらいしか考えつかなかった」

「嬉しい、開けても良い?」


 俺は無言で何度もコクコクと頷いて、袋を渡した。

 永野さんはパリパリと袋を開けて、目を輝かせた。


「これって……」

「そこのトッポくんが来てるパーカーの女性もの。トッポくんとお揃いになるかな……と」

「ありがとう! 着てもいい?」

「もちろん」


 永野さんは着ていた上着を脱いで、プレゼントしたパーカーを着た。

 これはよく行っている店のオリジナル商品で、軽くて着やすいのに細身で気に入っている。

 頭から煙がでるくらい考えたけど、トッポくんとお揃いという結論に至ってみた。

 永野さんはピンク色のパーカーを羽織って俺のほうを見た。


「どう?」

「サイズ……大丈夫そうで良かった」

「ちょっと大きいけど、パーカーが欲しかったの。嬉しい」

「おう」


 実はですね……。

 うちの学校はブレザーの上に彼氏がプレゼントしたパーカーを着る伝統が……あるんです!!

 永野さんは冬に学校に来てないので知らないと思うけど、冬になると彼氏がいる女の子はパーカーを制服の上から着るのだ。

 正直三学期着てほしくて買いました、はい。


「えっとね、私も準備してたの」


 やっぱり。危ない……何も準備してなかったら即死だった。

 永野さんはベッドの下から袋を出してきた。開けると、少し大きめのフリースの上着だった。

 これは……有名メーカーの商品のような気がする。このひし形のマークに見覚えがある。


「これね、えっと……私の部屋でも着てほしいし……家から下に戻る時にも着てほしいし、うちに置いておいたら、良いんじゃないかなって。和泉くんの上着、部屋にないから。私暖房苦手でそんなにつけないから」

「うん、ありがとう。着ます」


 俺はフリースを羽織った。

 外で十分着られる高級品だと思うけど……きっと永野さんは部屋着として、ここに置いてほしいのだろう。

 そんなことしなくても、俺は毎日来るのに。

 顔が熱くて、また水を飲んで、上着を脱いだ。熱い、熱すぎる。

 すると永野さんはパーカーを着たまま、するすると俺の横に座って、耳元で


「……彼氏がいる人は制服の上にパーカーを着るんだって、桐谷さんが言ってた」

「!!」


 俺はクッ……と永野さんを見た。

 知ってたか……!


「これ学校で着たら、和泉くんが彼氏ってバレちゃうね」

「……いや、うん……俺は全然……というか、そう言いたくて、買った所が、大きいかな」


 永野さんは俺にしがみついてきた。

 俺はいつも通り膝の間に永野さんを抱き寄せる。

 小さくて丸くて良い匂い。永野さんを抱っこするのは、いつも幸せな気持ちになる。

 永野さんは俺のほうを向いて、胸と首の間に頭を預けて、下から俺のことを見た。

 そして口を開く。


「……こんばんは。瑛介くんの彼女です」

「っ……どうも……聖空さんの彼氏です……」

 

 お互いに恥ずかしくて、アホらしくて、でもドキドキして、俺たちはオデコをくっつけて笑った。

 永野さん……聖空さんは少し長いパーカーの袖をもじもじ触れながら口を開く。


「……あのね……今日ひとつ大事にしてた質問があって」

「ん?」

 聖空さんの頭を撫でながら答える。

「……前に非常階段で言ってくれた言葉」

「ん……ああ、うん……」

 今思い出すとかなり恥ずかしい言葉を雰囲気に押されて言っていた気がするけど……。

 なにより直後に聖空さんに会えなくなったほうが印象的になってしまった。

 今こうして抱っこできる幸せをかみしめる。

「私のこと、好きになってもいいかなって、聞いてくれた」

「……おう」

 自分で言った言葉だけど人に言われると、鬼のように恥ずかしい。

「それで私、世界で一番好きになってって答えたよね」

「おう」

 聖空さんは膝をついて、俺の前に立つ。

 視線と視線が絡み合う。


「もう……私のこと、日本で一番くらい、好きになった?」

「っ……、あのさ……」


 俺は目の前で立て膝している聖空さんを引き寄せる。

 そして言葉を探す。

「ちょっと、世界と戦ったことはないんだけど、俺、めちゃくちゃ聖空さんのこと好きだよ」

「じゃあ何で? いつも寝る前に抱っこしてる時に『むー』って難しい顔してるのはなんで?」

 聖空さんが俺の胸元でモゾモゾ暴れる。

 くっそ……いや、それは……俺はクッションに転がってそのままベッドに頭を預ける。

 つまりの所ひっくり返った。

「聖空さんは、事務所から出て……イヤなこともたくさんあって、すごく傷ついてる。眠れないし、心も疲れてる。それなのに……」

「それなのに?」

 聖空さんが俺の太ももの上に乗ってくる。

 だから、そういうのが……

「永野さんをイヤな気持ちにしたくないのに、エッチな気持ちになる自分がイヤなんだ。いつも仮想敵と戦ってる!!!」

「あーはははは!!」

 聖空さんは我慢できなくなったのか、俺の太ももの上から床に転がって「真面目すぎる」と笑った。

 俺はソファーに転がったまま叫ぶ。

「いつも他のことを考えて、なんとか意識を飛ばしてるから……難しい顔をしてるんだ、きっと。ゴメン」

「ああ、良かった」

 聖空さんは体勢を戻して、目元を押さえた。

 笑いすぎて泣く顔なんて初めてみた。

 俺は体勢を戻して水を飲んだ。もうここに来てからずっと顔が熱い。

 聖空さんが口を開く。

「義務で優しくしてるのかも……って少し心配してた」

「そんなわけ、あるわけ無かろうよ」

「あははは!!」

 どこの時代の人だろうという話し方になってしまい、聖空さんが再び爆笑した。

 だって、そんなことあるわけ無かろうよ?!

 俺がどれだけ触れたいか分かってない。



「抱っこ」

 安心したのか、聖空さんはトコトコと移動して、俺の太ももの上に座った。

「……また方南の打線と戦うしかない……」

「……エッチな気持ちって、男の人しかならないと思ってる?」

「方南の一番は足が速くて厄介……えっ?!」

 予想外の言葉に俺は聞き返した。

 俺の膝の間で聖空さんがトン……と頭を預けてくる。

 心臓がバクバクと大きく脈うっているのが自分でも分かる。

 聖空さんは続ける。

「私も……瑛介くんの色んな所に触れたいとか、たくさん思うよ。でもまだ全然夜中に目が覚めて泣いてたりするし、毎日嬉しいし、楽しいけど、やっぱり心の骨はダメなままだと思う。今、瑛介くんが私の中に入ってきたら、きっと気持ちが全部絡みついちゃう」

「うん、分かってる」

 俺は聖空さんの頭を撫でる。

「でもね、前は今日と明日に差がなかったの。ただ毎日一緒の日だったの。でも最近はね」

 聖空さんは俺のほうを見てほほ笑む。

「今日はちゃんとお掃除した、明日は新しい料理を作ってみよう。週末には瑛介くんとどこかに行こうって、毎日違うの。だから、ちょこっとずつだけど、私は新しい私になってるよ。毎日更新中」

「うん、それは見てて思う。毎日すごく新しい」

「でしょ? だからね……」

 聖空さんは俺の身体にグッ……と腕を回して抱き着いて来る。

「……私にも、エッチな気持ちがあるってことは、覚えててほしいの」

「っ……ん」

 正直俺はこれにどう答えるのが正解なのか、全く分からない。

 聖空さんは俺にしがみついたまま、胸元の服を少し引っ張る。

「だってね、今日もちゃんと……見られて良い下着だよ」

「いやいやいやいや」

 俺はブンブンと頭を振った。

 聖空さんは胸元をもう少し引っ張って、自分の胸を見て……俺を見た。

「……見とく?」

 そして小悪魔みたいにほほ笑んだ。

 俺は少し意地悪な気持ちになって

「じゃあ見せて?」

 と言ってみた。

 すると聖空さんは胸元の服をサッと戻して

「瑛介くん、ヘンタイ」

 と言った。なにを言ってるんだ、自分で言ったくせに! と思いながら見る気なんて全くない。

 俺は聖空さんを抱き寄せた。


「……ちゃんと分かってる。聖空さんのことを好きで、大切だよ」

「私も瑛介くんが大好き」


 そう言って聖空さんは俺の頬に柔らかく唇を寄せた。

 ふわりと触れた唇の柔らかさと、甘い香りに酔う。

 どうしよもなく火照る身体を冷ますように俺は帰ることにした。

 すごく寒い夜だったけど、身体が熱くて仕方なかった。

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