第45話 未来へ

 あの夏のキスから、俺たちは本格的に動き出した。


 俺は体育教師になると決めて、教育学部を受験した。

 そこは遠藤先生が薦めてくれた所で、幼児教育に力を入れていた。

 俺の学力ではギリギリで、聖空に勉強を教えてもらい、なんとか合格。


 聖空は昼はメイクの勉強、夜は美容学校に通うと決めた。

 相変わらず歌のUPは続けていて、そこの利益だけで十分生活費は賄えると言っていた。

 顔出しを完全にやめたので、町で「あ、アイドルの……?」と言われることも減ってきて良かった。


 でもひとつ問題があって。

 俺が決めた大学は自宅から2時間掛かるので、家を出る必要があった。 


 聖空の学校は前に住んでいた場所からも通える場所だったし、俺と二人で住むより兄貴や母さんがいる場所のほうが安心なのでは……と何度も思った。

 でも俺はどうしても一緒にいたくて


「出来れば一緒に住みたい」


 と母さんと聖空に言った。

 母さんは家事を丸任せにしないこと、妊娠するのは結婚後と約束をして(念書を書かされた!)許可してくれた。

 聖空は、実は俺が言ってくれるのをずっと待ってたみたいで、泣きながら抱き着いてきた。

 良かった……これは俺のワガママだけど、ずっと一緒に居たかったんだ。

 やっぱり離れて暮らすイメージが掴めなかった。


 

 今日はその引っ越しの日だ。

 さっき新居に荷物を運び入れた。

 聖空は窓を開けて空気に入れ替えをしながら叫んだ。


「景色が最高に気持ちいい」

「さすが最上階。朝とか気持ち良さそうだな」

「朝弱いのに?」

「聖空が早起きすぎるんだ」


 苦笑すると、聖空は俺の横に立ってギュッと腕にしがみついてきた。

 外からほんの少しだけ春の香りがする。

 見るとマンションの敷地に桜の木が見えた。

 咲いたらこの部屋から綺麗に見えるだろうと思った。


「よし、頑張ろう!」


 引っ越し作業のため、ポニーテールにまとめられた髪の毛をピョコンと揺らして聖空は動き始めた。

 入ってすぐの台所には、さっき運び入れてもらった段ボールが山積みになっている。


「まずは雑巾がけね」

「おっけ。じゃあ俺はこっちの部屋からやるわ」

「バケツってどの箱に入れた?」

「ああ……うん……分からない……」

「もおーー!」


 聖空は「台所用品じゃなくて、お風呂関係かしら……?」と段ボールの山を崩していく。

 そして段ボールの山から叫びが聞こえてくる。

 

「なんでバケツが『瑛介の鞄』って書いてある段ボールから出てくるの?」

「……わからないです」

「しかもこの段ボール、鞄入ってないわよ?」

「書いた覚えもないです」

「もおーー!」


 聖空は段ボールの封に使っていたガムテープを紐状にして、俺をピシピシ叩いてきた。

 引っ越しのために荷物を詰めたのは初めてで「とにかく段ボールに詰めれば良かろう」と入れてきたのだが、聖空は俺の段ボールを開けては叫んでいる。

 だって全部開けるからいいじゃん、ダメ……?

 朝一番から引っ越しで疲れてしまった。

 届いたばかりのセミダブルのベッドに横になる。


「もう瑛介!」

「ちょっと休もう。聖空」


 俺が横になると聖空も「もうー」と言いながら笑顔でトコトコ来て、横になった。

 首に巻いていたタオルで顔を拭くと、えへへ……と目を細めて抱き着いてきた。

 恋人になって何百回も抱きしめてきたけど……今も毎日愛おしくて大切だ。

 

「……汗臭くない?」

「ううん、好きなの、むしろ。ずっと……ずっとよ、ずっと瑛介の匂いが好きで、隣にいたら落ち着いた」

「うん」

「はじめて隣で眠った時から、ずっと……ずうっと瑛介の匂いが好き。ここに、ずっと居たいの。だから一緒に住もうって言われてすごく嬉しかった」


 そう言って胸元から聖空はピョコリと顔を上げた。 

 真っ黒で真ん丸な瞳が、俺を見て、ふんわりとほほ笑んだ。

 俺は抱き寄せて可愛い唇にキスをした。

 まだ段ボールが転がっただけのカーテンもない部屋に、チュ……と甘い音が響いた。

 聖空はゆっくりと目を開いて


「……この部屋でする最初のキスね」


 とほほ笑んだ。

 高二の夏に初めてキスしてから、聖空が住んでいた部屋で初めてキスした時もそう言ったことを思い出した。

 聖空の胸元には今もあの時俺が贈ったネックレスが光っている。

 片時も外さないのにいつもキラキラと光っているのは、月に一度お手入れに持って行ってるからだと兄嫁さんが教えてくれた。

 愛しくて抱き寄せる。もう一度深くキスをしようとしたら


「はい続きは部屋を片付けてからです~~」


 と逃げられた。

 うう……この部屋を? 二人分の段ボールで足の踏み場もないのに?

 俺は流れ着いた棒きれのようにベッドに転がった。 

 すると、横に再び来てくれた聖空が俺の頬にキスをした。


「……はやく片づけないと、続きできないよ」

「片づけましょう」


 俺はムクリと立ち上がって背伸びをした。

 

 俺がこの町に住みたいな……と思った理由は、前に住んでいた場所のように商店街があるところだ。

 借りると決めた時に聖空と見て回ったけど、小さな豆腐屋、お肉屋、そして八百屋。

 良い香りがするコーヒーショップに、少し離れた場所にある川。

 心が馴染んで、聖空と「良い所だね」と笑った。

 またここで二人で始めようと決めたんだ。

 ここ二年で聖空はものすごく家事能力が上がって、ご飯も掃除もすごい。

 俺は……受験勉強で忙しかったから、仕方ない。

 これから聖空の荷物にならないように、色々覚えようと思っている。

 しかし聖空は段ボールを開けてまた叫んでいる。


「ええええ……マジックリンとゴマ油が同じ段ボールから出てきたんだけど、瑛介?」

「どっちも新品だし? ほら、雑巾出てきた」

「なんで洋服入れから出てくるの? もうーー」


 聖空はムウとふくれた。

 この表情は何年も変わらない、一番好きな顔だ。

 俺はふくらんだ頬を指でツンとする。するとふにゃあと柔らかい表情になった。

 毎日ほんとうに可愛い。


 雑巾がけをして、段ボールを数個開けて荷物を片付けた。

 聖空はあまり荷物が多く無くて、元々ワンルームにあったものを、そのまま移動させた感じだ。

 俺はよく分からなくて、持ってき過ぎた気がする。

 喉が渇いて冷蔵庫を開いたら……当然だけど空っぽで、二人で一番近くのコンビニに行こうと立ち上がった。

 外に出ると、もう夕方の空気で俺たちは伸びをして、聖空の手を握った。

 するとギュッ……と握り返して近づいてきた。

 夕日が頬を照らして、春の風が聖空さんの髪を揺らす。

 俺はどうしても伝えたくて口を開いた。


「聖空、好きだよ」

「!!」


 聖空は顔を真っ赤にして俺の腕にしがみついてきた。

 そしてモゾリ……と腕から伏し目がちに俺を見て


「……ずっとね一緒ね。約束なんだから」


 と言った。

 俺は今でもあの日の告白を思い出す。

 あれから三年……俺たちはここまで来たんだな。

 俺はグッ……と抱き寄せて言う。


「世界で一番好きだよ。自信をもって言える」


 聖空はとびきりの笑顔で微笑んだ。

 単純なことなんだ、きっと。

 これからずっと聖空と一緒にいたい。

 それだけなんだ。







 終わり



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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


楽しんで頂けたか気になるので、評価して頂けると嬉しいです。感想もお待ちしております。





また聖空視点の短編をkindleにアップしました。

タイトルは「サイレントな聖女の愛し方」です。


時系列としては最終話の少し前、一緒に住みたいけど言い出せない聖空さんの話になります。

R15相当でイチャイチャで甘々な初夜18,000文字。

聖空さんが瑛介にメロメロに惚れてて、瑛介がわりと男の人してます。

読み放題に入っていると無料で読めます。

こちらも読んで頂けると嬉しいです。



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