第44話 旅行②

「足がフニャフニャになっちゃった」

「30分くらいここにいたからな」


 聖空さんが落ち着いてから、足湯を出た。

 もう足は指がふやけていて、喉も乾いていたので自販機で温泉サイダーを買った。

 キンキンに冷たくて、半分聖空さんにあげるつもりだったのに一気飲みしてしまい、追加で買った。

 汗をかいていたのもあるけど、初めてのキスに緊張して喉が渇いていた。

 聖空さんもグーッと炭酸を飲んでトンと机に置いた。


「んん~~! 美味しい。さ、戻りましょう? 温泉プールに入りたいの」

「やっぱり山登りしてからプールだよなあ、うん」


 そう言って階段を降りながら、聖空さんの水着姿を初めて見るな……と思った。

 俺の妙な表情変化に気が付いたのか、聖空さんは俺の手をぐっと握って顔を近づけて

「可愛い水着なの。飯田さんと買いに行ったのよ」

 と言った。ぐぬぅ……気持ちが素直な言葉になってあふれ出す。

「……めっちゃ見たい……」

 聖空さんは「でしょう?」と俺の腕にくっ付いてきた。

 俺たちは風に吹かれながら気持ちよく階段を降りてホテルに戻った。



 ホテルはエステからアスレチック、ゴルフにパラグライダーと多種多様な遊びが揃っていて、温泉プールもその一つだ。

 景色も最高で、温度もぬるいので、何時間も居てしまう。

 宿泊者しか使えないので混んでないし、部屋で水着に着替えてホテル内を歩くことも出来て気楽だ。

 先に行っていてほしいと言われて、俺はプールで待つことにした。

 汗を流してジャグジーに向かったら、丁度兄貴たちは出る所だった。

 俺は興奮しながら飛び込む。


「聖空さんが! 水着で! 来る!!」


 兄貴は俺の必死な表情を見てゲラゲラ笑った。

 うちの学校にはプールの授業がないから、興奮して当然だろ!

 ジャグジーで身を潜めて待っていたら数分後……青のギンガムチェックで上下別れた水着を着た聖空さんが出てきた。

 背中にリボンが付いていて、めっちゃ可愛い……。髪の毛は高い場所に二つにお団子にしていて、耳に真っ赤で大きなイヤリングをしている。

 他の男たちが聖空さん「おお」と見ているので、俺は速攻ジャグジーから出て聖空さんの近くに行った。

 聖空さんは耳のイヤリングに触れながら


「……どうかな」


 と言った。


「いや、もう、めっちゃくちゃ可愛い……」


 俺は正直直視できない。可愛いしか言えない、可愛い。

 知らない奴らが見ているのが気になって、ジャグジーにさそった。


「きゃあああ聖空ちゃん、可愛い、すごい、やだイヤリングさくらんぼなの?」

 兄嫁さんは聖空さんをみて叫んだ。

「水着をシンプルにして、こういうイヤリングしたら可愛いかなって」

「めっちゃ可愛い~~! うしろリボンなんだ。レトロ!」

「英子さんもその水着可愛いですー! 洋服みたい!!」

「そうなの、でもこれちゃんと水着なの、いいでしょー?!」

 二人はキャッキャッと楽しそうだ。

 やがて遊馬くんがお腹すいた! と言い始めて部屋に戻って行った。


 聖空さんはジャグジーで俺の腕にしがみついてきた。

 髪の毛が高い場所に二つに縛ってあって、そこにもさくらんぼのアクセサリーが付いていた。

 うう、可愛い……。

 聖空さんは少し離れた場所にある流れるプールを指さして言った。


「どんぶらこって流れたいの!」

「行こうか」


 俺たちは手を繋いで流れるプールで景色がよい所までドンブラ流れて、小さなスライダーを何度も滑って遊んだ。

 全身をマッサージしてくれるお風呂は気持ちよくて二人でキャーキャー叫んでしまった。

 カラフルなボールが沢山あるプールがあったので、それをかき集めたり、もはや遊びの内容は小学生だ。

 聖空さんはメチャクチャ楽しそうに遊んでいて、これが素顔なんだなあと改めて思った。



 一日遊び疲れてたくさんの夕食を食べた。

 そして俺たちはホテル内にある星空ロッジに向かった。

 星空ロッジはこのホテルの名物で、本格的な天体観測ができる天体望遠鏡がある部屋だ。

 聖空さんは絶対喜ぶと思って、ホテルの予約をした時に同時に取ってもらった。

 ホテルの敷地内、一番奥にある灯台のような建物に天体望遠鏡がある。

 やはり男子な俺は、巨大な望遠鏡に興奮してしまう。メカ感がすごい!

 その建物では星のプロの人が、望遠鏡を見ながら星を教えてくれる。

 正直天気が微妙かと思ったけど素晴らしく晴れていて、月のクレーターや木星がはっきり見えた。

 星空案内人さんは

「ここでしか見られない星を楽しんでいってくださいね」

 と俺たちにほほ笑んだ。

 勉強した星を、俺たちは外を散歩しながら

「こと座のベガ、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル……」

 と言いながら手を繋いで歩いた。

 月がほほ笑み星が降る夜。聖空さんは夜空に向かって話しかけるように歌い始めた。

 声が星に飲み込まれて消えて行く。

 空気はもう冬みたいに澄んでて、でも寒くなくて、繋いだ手は温かかった。




 一度解散して、個々お風呂に入った。

 一日の疲れもあり、部屋で寛いでいたらLINEが入った。

 聖空さんがお風呂から出てきたようだ。

『お話したいな』

 という言葉に引き寄せられて、俺は隣の部屋に向かった。


「露天風呂、すっごく気持ちよかった!」

「サウナが広いんだよな。それにここのサウナは息苦しくない」

「え、入らなかった。明日入る!」


 聖空さんはお風呂上りのサラサラとした髪の毛を揺らしながらほほ笑んだ。

 パジャマは、一番最初に家に来た時、兄嫁さんがくれた薄紫のものだ。

 どうやら気に入ったらしくて、家でも着てるし、持ってきたようだ。

 手首に大きなリボンがついたシュシュをつけていて、本当に可愛い……。

 どうしようなく触れたくて、俺は大きなソファーに聖空さんを引き寄せた。

 おふろ上がりの良い香りと、パジャマの薄さと、柔らかさ。 

 正直触れてるだけで気持ちが良い。それに……

 

「今日はめっちゃ楽しかった」

 俺は素直に言う。聖空さんは俺にしがみついて顔を上げて口を開く。

「私もこんなに心が楽なのは久しぶり。ずっと色々ダメだったけど……今は本当に何もないの。心に棘がない」

 そういって柔らかくほほ笑んだ。

 愛しさは募るばかりで、どうしようもなく触れたい気持ちと、どうしようもなく大切にしたい気持ちが一緒にある。

 サラサラの髪の毛に触れて、オデコを出してキスをした。


「もう」

 聖空さんは小さくむくれる。

「好きなんだ、本当に」


 俺は強く抱きしめた。プールで聖空さんは他の男たちの視線の的で、正直「もう水着は着なくていいです!」と思った。

 聖空さんは少し離れて、人差し指と親指で空間を作って俺に見せた。

 

「……あのね、私。幸せの気持ち箱みたいなのがあるんだけど。今この箱が一杯よ。満タン!」

 

 そう言ってにっこりとほほ笑んだ。

 俺はその手を掴んで唇を落とした。

 可愛くて可愛くて、仕方ない。


「俺なんて聖空さんが家に来た時から幸せ貯金箱破裂してるよ」

「うれしい。瑛介くん、抱っこ。抱っこがいいの」


 聖空さんは小さくなって俺の胸元にグイグイと丸まって入ってきた。

 ずっとこの体勢だ、好きなんだな。

 聖空さんは耳を俺の心臓付近に置いて気持ち良さそうに目を閉じた。


 ……今がチャンスかな。


 俺はポケットに入れていたものを出して、聖空さんの首にかけた。

 自分の首になにかかけられたのに気がついて、聖空さんが顔を上げた。

 そしてそれが何か理解した。


「……ネックレス」

「もうすぐ誕生日だろ。聖空さんの誕生日は八月だから……8ってなってるネックレスにした。これほら……横にすると……∞だから……永遠かなって」

「……うええん……」

 

 聖空さんが思いっきり泣きはじめた。

 想定内だ!

 俺は準備しておいたタオルで涙を拭いた。

 拭いても拭いても聖空さんは泣き止まない。これも想定内。

 俺は優しくずっと抱っこしていた。背中をトントン……としていると、聖空さんはやがて泣き止んだ。

 そして顔を上げて、俺の頬にキスしてくれた。


「……ありがとう。大切にする」


 そう言ってネックレスにふれてじっと見た。

 指先で触れて大切そうに両手で包む。

 気に入ってもらえてよかった。毎回のことだけど、どうしたらよいのか分からなくて頭から煙があがるほど考えた。

 パーカーをずっと着てもらえてうれしいから、やっぱり身に着けるものにしたかったんだ。

 俺は聖空さんの髪の毛に頭を埋めながら素直に言う。


「店で1時間以上悩んじゃって……もうシンプルなのにした」

「悩んでくれた時間も、選んでくれた理由も、ぜんぶ嬉しい。全部ここに詰まってる」

「繋がっていいなと思ったんだ、物理的に。明日も明後日もずっと大切だって伝えて、こうずっと繋がっていたくて」

「うん、うん」


 聖空さんは何度も頷いた。そのたびに目から大粒の涙がホロホロと落ちていく。

 目が大きいから、きっと涙も大きいんだ。そして悲しいことも沢山あったはず。

 一緒にいたい。

 俺は聖空さんの零れ落ちた涙にキスをして、小さな耳に触れる。

 聖空さんがピクリ……と身体を揺らす。俺は耳元に口を寄せて聞く。


「たくさん触れてもいい?」

「うん……」


 俺はそのままゆっくりと聖空さんを抱いたまま横にした。

 心臓が大きく脈打っている胸を聖空さんに押し付ける。

 すると聖空さんがクルリとこっちを向いて、俺の手を自分の胸の上に持って行った。

 聖空さんの心臓も、大きく脈うっていた。

 俺は聖空さんの心臓を、聖空さんは俺の心臓を、服の上から温めるように触れ合った。

 聖空さんが俺の心臓の音が落ち着く……と言っていたのが分かる。

 同じ気持ちだと言葉にしなくても分かるからなんだ。

 今俺たちは同じように好きで、お互いを大切に思ってる。


 目を閉じていた聖空さんが長いまつ毛を持ち上げて、まっすぐに俺を見る。

 真っ黒で潤んだ瞳、いつも泣いてるから、きっとこんなにキラキラしてるんだ。

 俺は目元に優しく唇を落とした。柔らかく瞳を閉じて、ほほ笑んだ。

 その唇は薄くて艶々している。

 指先で確かめるように優しく触れていると、聖空さんが俺の服を引っ張って引き寄せてきた。


 俺たちは今までにないくらい、深く、抱きしめあった。


 聖空さんはこれからもずっと、一緒にいたい大切な人。


 

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