超カワイイ元アイドルが俺の肩で眠った結果、世界一愛し合うようになった話

コイル@委員長彼女③6/7に発売されます

第1話 俺と聖空の出会い

「お、聖空せいらさまのお通りだぞ、拝もうぜ」

 同じ中学出身の向坂さきさかは本気で両手を合わせた。


「横にいる田中と比べると公開処刑だな。足の長さやべぇ」

 久保田は廊下を歩く姿をガン見している。


「いや、永野さんがスタイル良すぎるだけで、田中さんは普通だと思うけどな……」

 俺……和泉瑛介いずみえいすけはそれを聞いて苦笑した。


 桜が散って、生徒たちのテンションも少し落ち着いた五月あたま。

 明桜めいらん高校一年一組の教室内で、今日も俺たちは『学校の有名人』を見てコソコソと盛り上がっていた。

 取り巻きを連れて廊下を優雅に歩いている女の子、それは隣のクラス一年二組にいる永野聖空ながのせいらさんだ。


 身長164cm(向坂情報)、小さな頭にセミロングで真っ黒な髪の毛はサラサラと美しく、何よりまつ毛が恐ろしく長い。

 そして腰の位置が驚くほど上にあり、足が嘘みたいに細くて長い。

 普通に見ると二度見するほど足が長い。


 スタイルが良いから有名人なのではなく、永野さんは二か月前まで有名なアイドルグループのセンターで歌っていた。

 ただのアイドルではない。

 天使のような歌声で人々を癒し、握手会で触れた人の病気が治ったとか、名前に「聖」が入っていることもあり、アイドル界の聖女と呼ばれていた。

 しかし突然そのグループを脱退して活動休止。

 普通にこの高校に通い始めた。

 次に出すシングル曲のセンターも決まっていたのに、突然だった。

 テレビはそれ一色になった。

 ちょうど春休みだったので同中おなちゅう向坂さきさかはテレビの取材を受けたと今も自慢げに語る。


「マジで北中きたちゅうの聖女だから、聖空さまは。一日二回見るとご利益がある、これはガチ」

 向坂はまだ祈りを捧げている。

「偶然なんじゃね……?」

 俺がいうと、向坂はキッとふり向いて

「俺、聖空さまに触れたあとに宝くじ買ったら当ったからな」

 と睨んだ。

 だから偶然なのでは……?


「ただ細いだけじゃなくて、出てる所は出てるのが、またいい」

 久保田は我慢できずに机からノートを取り出してサラサラと書き始めた。

 漫研に所属していて、暇さえあれば永野さんをスケッチしている。

「ここが、こうなって、こう!!」

「バランスさすがにおかしくね?」

 足が長すぎて紙からはみ出している。


 まあ15才の男子が三人集まったらそんな会話にしかならない。

 俺も永野さんのことは入学式でひとめ見た時から

「ものすごく足が長くて頭が小さい人だな」&「本当に存在してたんだ」というイメージだ。

 テレビでチラリと見た事あったが、芸能人を生で見たのは初めてだった。

 でもなにより気になるのが、学校が始まって二か月、一度も笑顔を見たことがない所だ。


「マジでニコリともしないな。中学校の時は笑ってたの?」

 俺が聞くと

「ファンです! とかいうと営業的なスマイルは返してくれる感じだったけど、今はそれもないな」

 と、向坂はポッキーを食べながら答えた。

 ポッキーの箱に手を伸ばした久保田は

「いやもう、あのクールな感じが興奮する」

 と完全に変態宣言しながら、更に筆を進めた。




「また永野さんの話してるの? 男子は単純だな~~」

「お、嫁がきたぞ和泉いずみ。嫁が不機嫌だぞ」


 向坂と久保田はスススと逃げていった。

 目の前の席に勝手に座った幼馴染の桐谷真由美きりやまゆみが睨んでいる。

 嫁とかみんな適当なことを言うけど、別に付き合ってもなくて、母親同士が親友で、なにかと一緒にいるだけの幼馴染だ。

 真由美はショートカットの髪の毛を耳にかけながら口を開く。


「和泉も永野さんのことが気になるの?」

「いや、普通に美人だとは思うけど」

「もうすっごい噂ばっかり流れてくるから、絶対近づかないほうがいいよ。何もいいことないもん!! すっごい黒いの!!」


 真由美は「すっごいの、すっごい」と何度も首を振りながらいう。

 永野さんはアイドルをしていた間はスキャンダルゼロだったけど、引退した途端に黒い噂が出てきた。

 闇の組織と繋がってるとか、ヤバいグループに投票券を買ってもらってたとか、関連グループの男たちを家に入れてたとか……一番言われているのは会社の社長と黒い関係にあって、そのおかげでセンターを長く続けていた……とか。


 なによりイメージを落としたのは会社の社長とふたりで車にのってホテルに入って行ったところを写真に撮られたことだ。

 俺もネットで見たが『社長と所属タレント』よりは近い距離感に見えた。


 聖女と持ち上げられていたからこそ、落ち方はエグかった。


 噂は途切れることなく、学校内で永野さんを隠し撮りする人も多い。

 俺は単純に自分がされたらイヤなので、絶対にしないし、噂なんてすぐに消えるから興味もない。






 学校が始まって二か月。

 向坂はゲーム部、久保田は漫研に入り、楽しそうだ。

 俺はずっと野球をしてたけど、右ひじを怪我して諦めた。


 物心ついた頃から野球をしていて、シニアリーグの強豪チームで頑張っていたので怪我さえなければ甲子園を目指せる高校に入りたかったけど……仕方ない。

 何もする気になれなくて高校は野球部がない所を選んだ。

 自宅が輸入品の食品を販売している店をしているので、それを手伝いながら何かしたいことを探すつもりだ。

 店の二階では兄貴夫婦が喫茶店をしている。

 そこも最近バイトさんがやめて大変らしく、たまにヘルプを頼まれるし、暇は潰せる。

 ずっと野球をして、それだけを考えて生きてきた。

 だから今は完全に抜け殻だ。

 

「……眠い」


 ぼんやりスマホを見てたら、降りる駅になり、電車から降りた。

 すると横から降りてきた子どもが転んでしまい、お菓子……たぶんPEZ(ラムネ菓子)をホームにぶちまけた。

 ……これはもう食べられないな。

 俺はなんとなくそれを拾う。

 子どもは「ふええ……」と座り込んで泣きはじめてしまった。

 お母さんは「ちゃんとポケットに入れてって言ったでしょ!」と立たせようとしているが、子どもは泣いてしまって動けない。

 もうすぐ電車がホームから動くから、ここは危ない。

 俺はお母さんと子どもに声をかけて抱っこして、ベンチに座らせた。

 リトルチームと関わりも深いので、子どもの扱いには慣れている。

 足を確認すると怪我はないようだ。

 靴が脱げてしまったようなので、手に持って履かせる。

 それに電車で有名なキャラクターが描かれていたので

「かっこいいね」

 と言ったら、少し泣き止んだ。

 良かった。


 視界の横……細い手が、スッ……と入ってきた。

 その手にはPEZが入ったオモチャ。

 そのオモチャに入ってるとPEZは一個ずつ出てきてこぼれないのだ。

 

「これ、あげる。これがあるとグチャーッってこぼれないよ」

「え……?」


 泣いていた男の子が顔を上げた。

 俺も横を見る。

 そこには制服を着た女の子……なんと永野聖空だった。

 

「?!」


 俺は驚いて一歩逃げてしまう。

 永野さんは気にせず、そのオモチャごと子どもの手に渡した。


「すいません、頂いちゃっていいんですか?」


 お母さんが言う。

 永野さんは


「二つ持ってるんです。だからお一つどうぞ。そんなに高い物でもないですから」


 と子どもに渡した。

 子どもは「いいの?」という雰囲気だったが、永野さんが頷くとそれを受け取り、にっこりほほえんだ。

 お母さんと子どもは何度もお礼を言いながら改札に消えて行った。

 永野さんはその二人を見送った。

 俺はチラリと横をみる。

 

 永野さんの表情は学校とは全くちがい、力の抜けた雰囲気だった。

 微笑といえるほど笑ってもいない、普通の人ならただの真顔レベル。


 でも学校では見せない気の抜けた表情に、正直心を奪われていた。


 学校でみるツンとして人を睨みつける表情の数千倍『人間味があって』……見惚れた。

 二人が駅のホームから出て行くと、スッ……と表情をいつも通りに戻して、俺を一瞥した。

 そしてPEZを取り出すためにベンチに置いていたカバンを持った瞬間……チャックが開いていたみたいで中身をホームにぶちまけた。


「?!」


 今度は驚いた表情をしていて、少し笑ってしまう。

 なにが聖女だ、めっちゃ人間じゃねーか。

 拾い始めたので、俺も手伝う。名前が書かれた教科書……永野聖空……本当に永野さんだわ。

 俺から教科書類を受け取った永野さんは俺のほうをチラリと見て


「……何年?」


 と言った。

 当たり前だけど、制服から同じ学校だと認識できたけど、何年生かも知られてないのか。

 俺は


「一年一組。隣のクラス」

「……そ。助かった」


 そう言って永野さんはホームから出て行った。

 その表情は学校で見る通りのクールさで……あの一瞬だけ見えた素顔が幻のように感じた。

 いつもあの表情してたらめっちゃ可愛いのにな。

 それに全てぶちまけたカバンの中にもうひとつPEZは入ってなかった。

 優しい嘘つき。

 俺は思った。

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